レジェンド・折茂武彦が引退を語る(前編) 27年の現役生活に幕を下ろしたバスケ界のレジェンド・折茂武彦(レバンガ北海道)…
レジェンド・折茂武彦が引退を語る(前編)
27年の現役生活に幕を下ろしたバスケ界のレジェンド・折茂武彦(レバンガ北海道)。前編では、突如ピリオドを打たれた今シーズンについて振り返ってもらった--。
5月3日にオンラインで行なわれた引退会見から8日後、モニターの向こうの折茂武彦の表情は終始リラックスしていた。

今シーズンが始まる前に引退することを発表していた折茂武彦
「正直、引退したという実感が湧いてこないんですよね。シーズン最終戦で、応援してくださったブースターの皆さんの前で引退スピーチのようなものができれば、実感が湧いてきたんでしょうけど」
今の心境を折茂は、例年のオフに似ていると言う。
「現役時代、シーズンが終わったらトレーニングを何もやらない期間を設けていました。今は、それに近い感覚というか。毎年夏にトレーニングを再開して最初に走り込む。毎年”いつまでこんなキツイことやるんだ”って思っていました。今年からやらなくていいのはうれしいですけど、なんとなく寂しさもありますね。”もうやらなくていいんだ”みたいな」
神様は意地悪だ。
折茂の27年に及ぶ現役生活が、どれだけバスケ界に貢献したかは計り知れない。そんなレジェンドのラストシーズン、用意されていたのは花道ではなく突然のピリオドだった。
3月27日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、Bリーグ大河正明チェアマン(当時)はレギュラーシーズンの残り試合、年間王者を争うチャンピオンシップなど、全試合の中止を発表。この瞬間、現役生活に終止符が打たれた。
折茂はシュートタッチの確認のために、右手中指の爪を他の爪よりも4〜5ミリ伸ばしている。毎年、シーズン最終戦を終えると、ロッカールームでその爪を切ることを恒例としていた。
「区切りをつけるため、シーズンが終わった時点で爪を切るのが儀式のようになっていました。ただ、今季はチェアマンの発表があってもしばらくは、なんとなく爪を切れませんでしたね。不思議です。4月に入ってしばらくして、ようやく切ることができました」
折茂の現役最終年にかける想いは強かった。
オフの間にチームの補強にも成功し、シーズン開幕直前の10月1日、折茂は会見を開き、2019-20シーズンを最後に現役引退することを発表している。それには、こんな理由があった。
「シーズンが始まってから”まだできるじゃん”と一瞬でも思ったら辞められなくなる。何より応援してくれる方々に”ラストシーズン”という気持ちで一緒に戦ってもらいたかった」
レバンガ北海道は、開幕4連勝を含む最初の10試合を6勝4敗と上々の滑り出しを見せる。しかし、年が明け2020年に突入すると、少しずつチームの歯車が噛み合わなくなっていくのを折茂は感じていた。
「一人ひとりが別の方向を向いてしまった」
チームの歯車を狂わせた要因のひとつがコロナ禍だった。
「北海道は、かなり早い時期からピリピリした緊張感に包まれていました。特に外国籍選手は、タイミング次第では家族を残す母国に帰国できなくなるのではないかと練習どころではなかった。それが、チームが全員でいい方向を向けなかった理由の一つです。もちろん全国のどのチームでも同じことが言えますが、北海道は影響を受けるのがより早かった」
チームだけでなく、折茂自身も困難な状況に陥っていた。今季、折茂はオフェンス時にコーナーに立ち3Pシュートを狙う役割を主に担ったが、出場時間は平均7.17分、平均1.5点にとどまっていた。引退会見でも「初めて自信がなくなった。体力的な問題ではなく役割を含めて、プロと呼べるパフォーマンスを見せられなかった」と語っている。
シーズン中、折茂は幾度となく戦友である佐古賢一に相談し、「チームに必要とされていないと感じる」と胸の内を吐露している。すると、佐古は言った。
「そんなことない。ファンの人もチームメイトも、お前をみんな見てる。それよりも、折茂が試合中ベンチにいる時、指定席みたいに一番端っこに座っているのはどうなのって思うよ。折茂がベンチの真ん中に座って、チームメイトのナイスプレーに立ち上がって喜んだら、それだけでチームも客席も勢いづく。それがチームってものじゃないのか。俺はどんな時もベンチの真ん中に座ってたよ」
佐古のアドバイスに折茂は、「そうだな。でも、いきなりは不自然だから、一席ずつずれて真ん中に座るようにしてみるよ」と応えた。しかし、同時にすべてを受け入れることはできなかった。現役時代、良きライバルとしてしのぎを削り、日本代表では戦友だった2人のスターは、太陽と月の関係に似ている。「2人の役割は微妙に違う」と折茂は語る。
「佐古はPG、司令塔の役割。チームを勝たせることが何よりも優先される。PGの優劣は残した数字以上にチームの勝敗によるところが大きい。でも、俺はスコアラー。スコアラーはチームを勝たせるだけでは評価されない。自分が点を取ってチームを勝利に導いて初めて評価される」
だからこそ、折茂はコーナースリーを打つだけの今季の役割に満足できなかった。
「もちろん、より重い役割を任せてもらえなかったのは自分の力の足りなさが原因。ただ僕は27年間、コートに立ったら必ず勝負をしてきた。マークマンと駆け引きしてシュートチャンスを作って点を取ってきた。それが僕のスタイル。
そして、それが応援してくださる人が僕に求めてきたことでもある。コーナーで待つのが自分の役割なのか。そうじゃないんじゃないか。スクリーンをひとつかけてもらえれば勝負できる。そこでシュートを外してベンチに下げられるならば納得もできる。ただ、勝負する機会を与えられないのは、チームから必要とされていないと感じてしまうこともあった」
折茂は、コーナースリーに価値がないと言っているのではない。シューターがコーナーにポジションを取り、ディフェンスを引きつけチームメイトのためにスペースを生む。それこそまさに数字には現れない貢献の仕方だ。それでも--。
「僕が僕であり続けるためには、それじゃダメなんです」
そして、折茂が少しずつ席をずらしベンチ中央にたどり着く直前、無情にもラストシーズンにピリオドが打たれる。
予期せぬシーズン終了に、多くのブースターだけでなく、多くの近しい人物が「もう1年やったほうがいい」「こんな終わり方はダメだ」「体力的な問題じゃないんだろ? まだできるよ」と引退撤回の説得を試みた。
「正直、(5月3日の)引退会見のギリギリ、最後の最後まで悩みました。もう一度、降ろした荷物を背負ってみようとも試みたんです。ただ、これまで背負ってきた荷物は重い。ずっと足を震わせながら限界を超えて背負っているような状態でした。どんな役割も厭わないのであれば、あと数年できたと思う。ただ、僕はずっと数字を残すこと、応援してくれる人の期待に応えることにこだわってきた。”そのふたつをこだわり続ける覚悟はあるのか?”と自分に問うた時、”ある”と即答はできなかった」
折茂は折茂武彦であり続けるために、ユニフォームを脱ぐ決断を覆さなかった。
(つづく)