あのブラジル人Jリーガーはいま第4回フッキ(後編)>>前編を読む J2で得点王となり、東京ヴェルディの1部昇格の立役者となったフッキ。だがその後、川崎フロンターレに戻ると、関塚隆監督と意見が合わず、苦労することになる。監督は彼をサイドアタッ…

あのブラジル人Jリーガーはいま
第4回フッキ(後編)>>前編を読む

 J2で得点王となり、東京ヴェルディの1部昇格の立役者となったフッキ。だがその後、川崎フロンターレに戻ると、関塚隆監督と意見が合わず、苦労することになる。監督は彼をサイドアタッカーとして起用したかったが、本人はCFとしてプレーしたかった。その頃、フッキのもとにはバイエルンからのオファーも来ていたが、古巣の東京Vも彼に興味深いオファーを用意していた。

 フッキは迷った。自分がよく知るチームでヒーローになるか、それともすべてのリスクを冒してドイツのビッグクラブに行くか。フッキは日本に残るほうを選んだ。



現在は上海上港(中国)でプレーしているフッキ photo by Yamazoe Toshio

 こうしてフッキはまた東京Vに戻った。その未来はずっと日本にあるように思えた。しかし、戻ったヴェルディではチームメイトのレアンドロと諍いを起こし、柱谷哲二監督ともうまくいかなかった。

 次第にフッキは練習に来ないようになり、浦和レッズ戦で交代させられたことに不満を爆発させると、ついにはブラジルに帰ってしまった。チームはフッキが息子の誕生のために祖国に戻ったと発表したが、彼はもう二度とヴェルディに戻ることはなかった。

 実はこの時、すでにパリ・サンジェルマンへの移籍の準備が整っていたのだ。だが、契約一歩手前のところで、フッキはまたも考えを変え、結局は昔から憧れていたポルトへと移籍した。

 誰もがフッキは東京Vからポルトに移籍したと思っているだろう。当時、世界中のメディアもそう伝えている。しかし、UEFAに残されている文章では、その間になぜかウルグアイのチームが入っている。CAレンティスタスという小さなチームで、公式には彼はここからポルトに移籍したことになっている。

 もちろん、フッキはこのチームで1秒たりともプレーしていないし、たぶん足を踏み入れたことさえないだろう。この問題については、UEFAだけでなく、FIFAまでも巻き込んで調査が行なわれたが、結局、フッキも代理人も処罰されることはなかった。ただし、全容は明確にされていない。

 ポルトに移籍したフッキは、当初こそ馴染めずにいたものの、しだいに活躍の場を得て、2009年にはブラジル代表にも選ばれた。彼はその後セレソンで48試合に出場し、11ゴールを決めているが、実はブラジル以外の代表チームに入るチャンスもあったことを、後に彼自身が明かしている。ポルトガル代表、そして日本代表だ。

 フッキはポルトガルのパスポートも持っているので、ポルトガル代表入りの話が舞い込んできたという。ただしポルトガルサッカー協会は、「そんな話は聞いたことがなく、すべては根も葉もない噂だ」と言っている。また日本代表については、日本サッカー協会から、日本国籍を取得し、代表としてプレーしてくれと打診されたと言っている。

 いずれにせよ、これらの誘いにフッキはきっぱり「ノー」と答えたという。「俺の国はブラジルだ。ブラジル代表以外ではプレーしようとは思わない」と。

 フッキはポルトのリーグ戦3連覇に貢献し、ヨーロッパの多くのビッグクラブが彼に注目していた。年齢も26歳と脂がのり、誰もがこれからより大きな舞台で活躍するのだと思っていた。実際、チェルシー、ビジャレアル、ナポリ、ドルトムントなどが獲得に動いた。しかし、彼が選んだのはロシアのゼニト、そして中国の上海上港だった。それぞれの移籍金と報酬は莫大だ。

 ヨーロッパの多くのメディアは、彼のことを無責任で、不誠実で、「金のことしか考えていない」と非難した。だからヨーロッパのビッグチームで腰を落ち着けてプレーしようとしないのだ、と。

 しかし、それは考え方の違いだろう。より簡単なリーグで、より多くの金をもらい、他にスターのいないチームで王様のように振る舞う。これがフッキの選んだ道で、ある意味、賢いストラテジーだ。チェルシーに移籍したとしたら、レギュラーの座も確約されず、ケガの可能性も高く、ハードで、それでいて給料はロシアや中国よりも少ないのだ。

 貧しいブラジルのパライーバから、近代的な日本へ。その後は伝統的なポルトガルの街のクラブ、そしてロシアの金持ちチームを経て、今、彼は中国の上海にいる。上海で一番高く、世界では二番目に高い高層マンションに住んでいる。 

 フッキは女性に人気がある。そのフレンドリーなところが多くの女性をひきつけるのだろう。彼の女性ファンは「フッケッテス」と呼ばれている。10人ほどのフッケッテスは2009年から常に彼を追いかけていて、ブラジルでもヨーロッパでも、彼の行くところ、どこにでもついていく。

 だが最近、フッキは女性問題で非難されている。

 12年間連れ添い、3人の子供をもうけた妻と別れたのだが、その後、新たな伴侶に選んだのが、元妻の姪っ子だったのだ。つまり、子供たちのいとこだ。もちろん、別に法を犯しているわけではないのだが、これもまたフッキの物差しが他人と違うところなのだろうか。ちなみに、妻と別れるには約1億ドル(約105億円)が必要だった。彼女はフッキの全財産の半分を要求した。

 まさに超人。フッキは我々の常識を超えているのだ。

フッキ
本名ジヴァニウド・ヴィエイラ・ジ・ソウザ。1986年7月25日生まれ。ヴィトーリアでデビュー後、2005年に来日。川崎フロンターレ、コンサドーレ札幌、東京ヴェルディでプレー。2008年、ポルトに移籍。ゼニトを経て、現在は上海上港所属。ブラジル代表として2014年ブラジルW杯に出場。