東京五輪&パラリンピック注目アスリート「覚醒の時」第10回 陸上マラソン・大迫傑 初マラソンで3位に入賞したボストンマラソン(2017年) アスリートの「覚醒の時」——。それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。ただ、そ…
東京五輪&パラリンピック
注目アスリート「覚醒の時」
第10回 陸上マラソン・大迫傑
初マラソンで3位に入賞したボストンマラソン(2017年)
アスリートの「覚醒の時」——。
それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。
ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。
東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか……。筆者が思う「その時」を紹介していく——。
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ボストンでの初マラソンで3位に入り表彰台に上った大迫傑
トラックランナーからマラソンランナーへ。5000mの日本記録保持者・大迫傑が”新たなる可能性”を示したのが、2017年4月のボストンマラソンだ。
大迫は前年の日本選手権で5000mと1万mの2冠を達成するなど、日本長距離界のエースとして君臨。同年夏のリオ五輪には1万mで出場した。そんな大迫の初マラソン挑戦は突然だった。
2017年2月の丸亀国際ハーフマラソンで、大学1年時の上尾ハーフ(U-20日本最高記録の1時間1分47秒を記録)以来、6年3カ月ぶりとなるハーフに出場。日本人トップの神野大地に9秒遅れたが、1時間1分13秒の自己ベストをマークした。そしてレースから約2週間後の2月21日に、自身のTwitterで「大迫、ボストンマラソン走るってよ。」とつぶやき、初マラソン挑戦を発表したのだ。
1897年に創始されたボストンマラソンは、近代オリンピックに次ぐ歴史を誇る大会で、毎年4月の第3月曜日に開催される。15kmまでは下り基調ながら、30km過ぎに「ハートブレイクヒル(心臓破りの坂)」と呼ばれる上り坂が待ち構えている、攻略の難しいコースだ。高速化が顕著になっている近年のメジャーレースとは異なり、ペースメーカーがつかない大会でもある。
しかも、2017年のボストンは暑く、レース当日も午前10時のスタート時点ですでに20度を超えていた。日差しを避けるように白いキャップをかぶった大迫は、トップ集団の後方で冷静にレースを進めた。
「なるべく駆け引きに対応しないように心がけていました。トップと離れたり、ついたりしていたので、キツそうに見えたかもしれませんが、実際は自分のペースでいっていただけです。マイル(約1.6km)でいうと4分55秒~5分00秒のペースくらい。わりと終盤まで余裕はありましたね」
そして30km付近まで先頭集団に食らいつく。その後、トップ争いから脱落するが、終盤も力強い走りを見せた。
「まだ余裕はあったんですけど、ゴールまで10km近くある。あそこでつくと途中で振り切られて、終盤に大崩れしてしまう可能性があります。余力を残した状態で、自分のペースでいきました。終始冷静に走れたと思います」
大迫は優勝したジェフリー・キルイ(ケニア)と51秒差、2位のゲーレン・ラップ(アメリカ)と30秒差の3位でゴールに飛び込んだ。気温が25度近くまで上がる厳しいコンディションで2時間10分28秒の好タイム。伝統のボストンで日本人が表彰台に上ったのは、1987年大会を制覇した瀬古利彦以来、30年ぶりの快挙だった。
「タイムもそうですけど、順位は思った以上だったので、そのあたりはよかったと思います」と大迫。レース前に、コーチのピート・ジュリアンとは「2時間11~12分で走れれば、5~6位に入れるかな」と話していたそうだが、結果は想定以上だった。
かつての大迫はスピードがある”速い選手”ではあったが、箱根駅伝など20km以上のレースでは終盤にペースダウンする印象があった。しかし、初マラソンのボストンで一変。約10週間という短い準備期間で、30km以降にビルドアップして、42.195kmをしっかりと走り切ったのだ。
突発的ともいえるマラソン挑戦の裏には、小さな自信と東京五輪という大きな目標があった。
「(2016年の)10月から丸亀ハーフに向けて、少しずつマイレージを伸ばしていました。丸亀ハーフは、やってきた練習内容からすれば上出来だったので、『マラソンも走れるんじゃないのかな』という気持ちになったんです。それに、東京五輪をマラソンで狙うのであれば、早めにマラソンを走っておいたほうがいい。ロンドンマラソンも(ボストンマラソンと)ほぼ同じ時期ですけど、トップ集団の中でマラソンを経験したかったので、速すぎないレースを選びました」
初マラソンを終えた後の感想の中に、大迫らしい言葉もあった。それは、「ボストンの手応えから、マラソンをどれくらいのタイムで走れそうか?」と尋ねた時だ。
「まだ2時間10分までしかイメージできていません。自分が走ったところまでだけです。ボストンはアップダウンがありますが、高速レースの大会はフラットなので、また違った厳しさがあると思います。自分がフラットコースを走ったらどれぐらいかというのは、正直わかりませんね」
「ゴールした瞬間は、『次はもういいかな』と思いました(笑)」と話した大迫だが、その後もマラソンで快進撃を続けることになる。2018年10月のシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立すると、今年3月の東京マラソンで2時間5分29秒まで更新。3年前に思い描いていたとおり、東京五輪の男子マラソン代表の座もゲットした。
2017年のボストンマラソンは、ナイキの厚底シューズ『ズーム ヴェイパーフライ 4%』の”デビュー戦”でもあった。優勝したキルイ、2位のラップ、3位の大迫、2時間21分52秒で女子を制したエドナ・キプラガト(ケニア)も、このシューズを着用していた。その後、この”魔法のシューズ”により世界のマラソンは大きく変わっていくことになる。