メジャーリーグは7月上旬の開幕を目指し、新型コロナウイルスの感染予防対策や選手の給与面などについて、選手会と協議を…
メジャーリーグは7月上旬の開幕を目指し、新型コロナウイルスの感染予防対策や選手の給与面などについて、選手会と協議を続けています。開催案が合意に至った場合は、球団の所有する球場などの利用制限も緩和し、コンディションを調整したい選手のために開放されていくでしょう。

投球フォームを改良したメジャー2年目の菊池雄星
もし無事に開幕を迎えることができれば、今季はとくに期待している日本人投手がいます。それは、シアトル・マリナーズに所属するメジャー2年目の菊池雄星投手です。その理由について、いくつか説明したいと思います。
昨年1月、菊池投手は4年5600万ドル(約59億円)でマリナーズと契約を結びました。メジャー1年目は32試合に先発登板し、規定投球回数にはわずか3分の1届かず161イニング3分の2を投げて6勝11敗・防御率5.46。残念ながら、期待に応えたとは言いがたい内容に終わりました。
セイバーメトリクスのひとつに、チームの守備力を極力排除し、純粋に投手の能力を評価した「FIP」という指標があります。この値は防御率と同じように数字が低いほうがいいのですが、菊池投手は150イニング以上投げた両リーグ計70人のなかで最下位の5.71でした。
また、9イニングあたりの被本塁打率(2.00)も最下位で、防御率は69位、奪三振と与四球の比率(2.32)は61位。本人も納得できるものではなかったようで、「数字的には悔しい」と振り返っています。
昨シーズン、菊池投手のスタートは上々でした。3月21日にメジャーデビューを果たし、最初の11先発は3勝1敗・防御率3.43と好成績を残しています。8月18日のトロント・ブルージェイズ戦では2安打完封勝利も挙げました。
しかし、シーズンが進むにつれて、成績は下降線を辿るようになります。その原因のひとつは、速球のスピードの低下にありました。
米データ解析システム「スタットキャスト」によると、開幕から最初の2カ月半までの速球は平均時速93.6マイル(約151キロ)ありました。しかし、6月18日以降は平均92.2マイル(約148キロ)に落ちてしまったのです。
そして、菊池投手にとってもうひとつの武器であるスライダーも、スピードの低下によって打たれるようになりました。平均90マイル(約145キロ)以上は出ていたスライダーが、後半は平均86.0マイル(約138キロ)に急落。関係者に「カーブと見間違うぐらい」と厳しく評価されるほどでした。
マリナーズが一番必要としているのは、左の本格派パワーピッチャーです。2018年の先発投手陣のデータを見ると、速球の平均時速はメジャー30球団のなかで最低の88.7マイル(約143キロ)でした。そのような背景があったからこそ、本格派と称される菊池投手の獲得に動いたのです。
さらに、長年マリナーズ先発陣を引っ張ってきたフェリックス・ヘルナンデスも急激に衰えました。昨年は1勝8敗・防御率6.40に終わり、今オフにアトランタ・ブレーブスに移籍。先発投手陣は全30球団で最も少ない573奪三振、9イニングあたり6.92個しか奪えず、剛腕不足に泣きました。
そのような台所事情もあり、マリナーズを率いるスコット・サービス監督は昨シーズン終了後、菊池投手に「球速を上げてほしい」と要望を出したそうです。それを受けて、菊池投手はキャンプ地アリゾナで「球速アップ」をテーマに掲げ、最新機器を使って投球フォームの改良に取り組みました。
きっかけは、チームの首脳陣から「従来のフォームでは球速が落ちる」と指摘を受けたからです。結果、テイクバックの際に左腕を身体から離し、右手をやや高く上げるようなフォームに改良しました。そのピッチング動画を見たシカゴ・カブスのダルビッシュ有投手が「ここまで変えられるってマジですごい」と驚くほど、大きな改良だったようです。
すると、今春のオープン戦の初登板でいきなり93〜95マイル(約150〜153キロ)をマーク。最速で96マイル(約155キロ)を計測しました。また、平均以下に落ちていたスピンレートも上昇し、昨年に比べて約500回転ほど増えていたのです。
それに比例するかのように、スライダーも90〜91マイル(約145〜146キロ)まで戻り、2度目の登板では最速93マイル(約150キロ)を叩き出しました。昨年、メジャーの左投手でスライダーの平均時速が88マイル(約142キロ)以上をマークしたのは6人しかおらず、菊池投手も「オフシーズンにやってきたことが出せている」と手応えを掴んだようです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって中断するまで、菊池投手はオープン戦3試合で6イニング3分の2を投げて4失点。制球面では5与四球と課題を残したものの、10個の三振を奪ったのは大きな収穫です。サービス監督も「まるで違う男みたいだ」と変身ぶりに驚いていました。
速球とスライダーの球速差が縮まると、バッターにとってふたつの球種の見極めが非常に困難になります。2017年、菊池投手が最多勝と防御率のパ・リーグ二冠に輝いた時は、多くのバッターが球種を読み切れずにやられました。
なかでも威力を発揮したのが、右打者の後ろ足を目がけて投げる変化球、いわゆる「バックフットスライダー」です。昨年、菊池投手は右打者に対して被打率.304・28被本塁打と打ち込まれただけに、メジャー2年目の今年は内角低目に投じるこのスライダーが生きてくるのではないでしょうか。
メジャー1年目の2019年、菊池投手のピッチングデータを見ると、速球=49%、スライダー=28%、カーブ=15%という割合でした。2018年の西武ライオンズ時代に比べると、スライダーの割合が約7%減り、メジャーでは効果的と言われるカーブが約4%増えています。
ただ、今年は西武時代のように速球とスライダーを軸とする割合に戻すのではないでしょうか。球速がアップしたことで、攻撃的なピッチングが蘇ると期待しています。
米データサイト『ベースボール・リファレンス』が行なっているシミュレーションゲームを見ると、菊池投手は5月22日現在、10先発で5勝1敗・防御率2.73をマーク。69イニング3分の1を投げてわずか被ホームラン6本、9イニングあたり0.8本しかホームランを許していません。
ほかの日本人投手を見ると、ダルビッシュ投手は3勝7敗・防御率5.59、田中将大投手は3勝2敗・防御率4.10、前田健太投手は3勝4敗・防御率6.28。各種データに基づいたシミュレーションゲームとはいえ、菊池投手の数字は際立っています。
菊池投手にとって、メジャー2年目は大きな飛躍のシーズンとなるのでしょうか。ダルビッシュ投手や田中投手たちを上回るようなピッチングを期待したいです。