春は出会いと別れの季節、特に中高生にとっては入学や進級などで環境が大きく変わる時期だ。

新たな生活に大きな期待を抱く一方で、同じくらいの不安を抱く生徒も多いだろう。

そこでバスケットボールキングでは、BリーグやWリーグの選手たちに、高校時代を振り返ってもらうインタビュー特集をスタート。

トップリーグで活躍する選手たちの高校時代の話を、今後の学生生活の参考にしてほしい。

第5回は牧全が登場。中学卒業後に渡米した牧は、多感な学生時代をどう過ごしたのか、前編・後編にわたって振り返る。

インタビュー・文=入江美紀雄、岡本亮

写真=B.LEAGUE

取材協力=横浜ビー・コルセアーズ

サブカルチャーをNBAに持ち込んだアイバーソンに憧れた少年時代


――バスケットを始めたきっかけを教えてください。

牧 小学2~3年生くらいの時に、テレビでNBAを観たのをきっかけに始めました。

――何かきっかけがあったのですか? 好きな選手がいたとか。

牧 アレン・アイバーソン(元フィラデルフィア・セブンティシクサーズほか)ですね。僕が観始めた時は、アイバーソンとコービー(ブライアント/元ロサンゼルス・レイカーズ)が全盛期でしたが、個人的にはアイバーソンが一番カッコ良くて憧れていました。

――当時の牧少年はアイバーソンのどの部分がカッコ良いと思っていたのですか?

牧 やっぱり他の選手がやっていないことをやっていたところですね。バスケ面でもそうですが、タトゥーが入っているスタイルを取り入れたのはアイバーソンが一番最初なんじゃないかなと思います。音楽の部分でも、ヒップホップのカルチャーをNBAに持ってきたり、ほかにもアームスリーブやタイツ、ヘッドバンド、ヘアースタイルなどバスケ以外の面でも一際目立っていたので。そういった部分に惹かれました。

――ほかのNBA選手とはちょっと違うなと感じていた、と?

牧 はい。それに、あの身長(公称183センチ)で大きな選手に立ち向かう姿はカッコ良かったですね。

――ミニバス時代のプレースタイルは? やはりアイバーソンの真似から入っていったのですか?

牧 そうですね。バッシュもリーボックで、アイバーソンモデルの「QUESTION」を履いていましたから。でも、ミニバスは小学6年生の終わりから始めたので、遅いほうだと思います。

――それまでは遊びでバスケをしていたということですか?

牧 そうですね。家の近くにフープがあったので、友達を呼んで一緒にやったり、バスケットリングのある公園に行ってシュートを打ったり。真剣にやるというよりは、半分遊びでやっていました。

「日本にいるより自分にとってプラスになると思った」留学の理由


――では、中学から本格的にバスケを始めようと?

牧 そうですね。ミニバスに入ってバスケの世界を知ったというか。自分が一番上手いと思っていたのに、他にも上手い選手がたくさんいて、負けず嫌いなのでいっぱい練習しました。

――バスケ部の顧問は経験者だったりしたのですか?

牧 まったくそんなことはなくて、バスケをしたことのない先生でした。でも、部活以外にクラブチームにも所属していたので、そのチームの人たちに教えてもらえたのが大きかったです。

――中学の時のプレースタイルは?

牧 バリバリ点を取りにいくエースみたいな感じかな。チームメートにミニバス経験者が多くてみんな上手かったですが、自分で点を取りまくってました。

――それは1年生の時から?

牧 そうですね。1年からほぼスタートで出ていました。

――チームの県内での実力はどうでしたか?

牧 三河地区では一番になりましたが、愛知県の選抜大会には行けませんでした。レベルとしてはそんなに高くなかったと思います。Bリーグの選手は小・中学校からすごい経歴の選手ばかりなので、そう思うと僕はレアな存在かもしれませんね。

――高校からアメリカに留学しようと思ったきっかけはなんですか?

牧 とにかく魅力的だったし、日本にいるより自分にとってプラスになると思ったので。バスケに加えて英語も学べるし、文化的にもアメリカのほうが好きでしたから。僕は母がアメリカ人なのもあり留学できましたが、そういったことも含めていいチャンスだなと思っていました。

――西海岸に留学したと聞きましたが、それはお母さんのルーツだったからですか?

牧 いいえ、母は東海岸のフィラデルフィア出身です。親戚がカリフォルニアにいたので、そこに決めました。

PROFILE

牧全(まき・ぜん) レバンガ北海道

高精度の3ポイントシュートとここぞという時に勝負強さが光るシューティングガード。中学卒業を機に渡米し、サンタクルーズハイスクールを卒業後、カリフォルニア州の短大を経て、ソノマ州立大学へ。大学卒業後に帰国し、2015年にレバンガ北海道へ加入。4シーズンを過ごしたのち、横浜ビー・コルセアーズへ移籍。2019―20シーズンは途中出場からチームを盛り立てた。さらに先日、来シーズンは北海道でプレーすることが発表されている。