連載「Voice――今、伝えたいこと」第8回、元シンクロメダリストから五輪目指す後輩たちへ 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポ…

連載「Voice――今、伝えたいこと」第8回、元シンクロメダリストから五輪目指す後輩たちへ

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第8回はアーティスティックスイミング(以前までのシンクロナイズドスイミング)の三井梨紗子さんが登場。五輪に2度出場し、2016年のリオではデュエットとチームで銅メダルを獲得したオリンピアンが、後輩たちへ込めたメッセージとは。

 ◇ ◇ ◇

 五輪の1年延期――。この事実を先輩メダリストとして、重く受け止めている。

 ロンドン五輪ではチーム最年少メンバーに選抜され5位。リオ五輪では2つのメダルを手にしたのを最後に、22歳で現役を引退した三井さん。現在は日大の大学院博士後期課程で勉学に励みながら、解説やコーチも務め後進の指導に当たっている。現役選手の気持ちを思いやり、思案しながらも言葉を選んだ。

「自分がもし現役だったらと考えます。この4年間で積み重ねてきたものが、崩れてしまわないか不安になります。1年後に決まったことはありがたいと思いますが、では改めてこの1年をどう計画していくか。どういう練習をしなきゃいけないか。時間が限られる中で、考えていくのはすごく難しいのが正直なところだと思います。こういったケースの前例がないわけですから」

 今月、予定されていた日本選手権は中止に。国際大会も次々に延期が決まり、今後の見通しは不透明な状況だ。

「大会もいつ再開できるのかわからない。今後のスケジュールが全く見えてこないのは、選手としてはモチベーションを作りづらいと思います。また実際に大会に出てみないと感じられない部分もあります。国際大会ではライバル国の現状も見られるし、何点取れれば、メダルに近づけるのかという目安にもなります。ライバル国がどこまで仕上げてきているのか、そこが見えない、わからない状況の中で本番へ近づいていくというのは、すごく不安だと思います」

 アーティスティックスイミングの選手は普段のトレーニングの大半の時間をプールで過ごしている。プール内で食事をとることすらあるのだ。特にピッタリと息の合った演技が求められるチーム競技ゆえに、仲間との連動、協調性が練習でも大きな要素を占める。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大防止が叫ばれる中では、全体での練習はもちろん、個人でも思うような練習ができない現状がある。

「現役の頃はプールで過ごす時間がほとんど。プールサイドも含めて1日8時間以上いたと思います。もちろんチームメートもいて、コーチも一緒。それが当たり前の環境でした。それが今では場所にもよりますが、プールを使っての練習がほとんどできていない状況と聞いています。普段なら一緒に練習をして相手の動きを確認しないといけませんが、それもできません」

 ではこの期間はどのようにして過ごすべきなのだろうか。できることはある、と強調する。

「今からまた1年の期間があります。チームでの練習ができないのであれば、個人の実力を高めることです。柔軟性をつけたり、筋トレだったり、陸上でも、1人でもできることはあります。今の日本代表には若い選手が多い。まだまだ技術も心のコントロールにも成長するポテンシャルがあるからこそやれること、やらなければならないことがたくさんあると思います。今、何ができるのか。気付く時間なのかなとも思います」

コーチの目から離れた今、求められるのは選手個々の自覚

 三井さん自身、現役時代に培われたものがある。それは“諦める心”だという。ネガティブにも聞こえる言葉だが、その真意はどこにあるのか。

「私も現役時代には厳しい練習をたくさん経験してきました。つらい、やりたくないと思ったところで、大きな目標がある以上、その現状から逃げることはできません。そこで身についたのが“諦める心”です。練習が嫌だと思っても、しょうがないですよね。強くなるためには必要なわけですから。

 練習の過酷さだけを見れば、嫌だなと思う気持ちはどうしても出てきます。でもそこに目を向けるのではなく、どうしたら、最小限の負担でこの状況を切り抜けられるのかを考えていました。自分の体の状態やプールの形・水温、指導者の意図など、いろんな角度から戦略を立てるのです。そうすると、そこに意識があるのでいつもより、練習に立ち向かう勇気が出てきます。そんな風に考えられるようになりました」

 状況を受け入れて、それに対しての最善のアプローチを考える。今の状況に重ねることができる。今までやってきた練習ができないのなら、諦めてそれを受け入れないと前には進めない。

 厳しくも愛情あふれる指導で知られる井村雅代ヘッドコーチのもとで、研鑽を積んできた三井さん。現役の選手たちがその指導から離れざるを得ない現状で、求められるのは個々の自覚だと強調する。

「今はコーチが直接は見られない状況です。ある意味で開放されてしまった中で、練習に取り組む姿勢が試されています。もしかすると、自分の心に油断のようなものが生まれてしまうかもしれない。誰も見ていないからとトレーニングの強度を落としたり、節制できなかったりするかもしれない。そうするとすぐに体型は変わります。体は正直なので、コーチはそういうところは見ているし、すぐばれます。

 私は現役の頃は食べ続けないと痩せていくタイプ。毎日、朝と昼と夜、1日3度体重を量っていました。練習の前には体重のチェックがあります。私の場合は57キロと決められていて、57キロ台ならOK。56キロ台だったら、たとえ100グラム足りなくても……。厳しく指摘されていました。そして、その後の練習にも影響があります。だからそれが守れないと、周りにも迷惑をかけてしまう。そういう意味での仲間意識はありました。

 当時はきつかったですけど、やるしかありません。そういう意味では今は、自分が試されている時だと思います。見られていない中で、高い意識をもってやれるのか、それとも甘えが出てしまうのか。本当にきつくなってきた時に試されるところです」

 自身はこの4月に日大時代の同級生と結婚。現役時代には「一切していなかった」という料理にも挑戦。大学院生として自宅と課題に向き合う傍らで、ストレッチポールや、チューブを使った“おうちトレーニング”の動画もSNSやYouTubeで発信している。

「今しかできないこともたくさんあります」と充実した表情を見せる26歳の姿は、きっと2021年を目指す後輩たちの光となるはずだ。

■三井 梨紗子(みつい・りさこ)

 1993年9月23日生まれ、東京都出身。3歳からシンクロを始める。日大一中から日大一高へ進学。2012年のロンドン五輪にメンバー中最年少の18歳で出場。5位入賞。15年の世界水泳選手権では、乾友紀子とのデュエット・テクニカルルーティンと、チームのフリールーティンで銅メダルを獲得。16年リオ五輪でもデュエットとチームで銅メダルを獲得。同年に現役を引退。(THE ANSWER編集部・角野 敬介 / Keisuke Sumino)