ドイツのベルリンで暮らすフォトグラファーの筆者にとって、コロナ禍のなかで、ただ暇な時間をすごす日々が不安になり、絶望の二文字が頭をよぎりかけてきた5月第2週、朗報が飛び込んできた。 5月16日、ブンデスリーガ再開--。 サッカーを撮ること…

 ドイツのベルリンで暮らすフォトグラファーの筆者にとって、コロナ禍のなかで、ただ暇な時間をすごす日々が不安になり、絶望の二文字が頭をよぎりかけてきた5月第2週、朗報が飛び込んできた。

 5月16日、ブンデスリーガ再開--。

 サッカーを撮ることを生業として、サッカーを撮ることを人生にしてきた自分にとって、ひと筋の光明が差し込んだ瞬間だった。



ベルリンのサポーター。5月17日、ウニオン・ベルリンはホームにバイエルンを迎える

 コロナショックが始まった2カ月前から仕事がないことに関して、家族や知人には「大丈夫だよ」と言ってきたが、胸中は不安で押しつぶされそうだった。ユーロ2020は延期され、皮算用していた収入が入ってこないことになった。そして、東京五輪も延期が決定。フォトグラファーとして、先が見えない恐怖は膨らむばかりだった。

 3月10日のチャンピオンズリーグ、ライプツィヒ対トッテナム・ホットスパー戦を最後に、サッカーの試合を一切撮影していない日々をすごしてきた。そんななか、リーグ再開のニュースは望外の喜びだった。

 しかし--。

「各試合とも、現場で撮影できるフォトグラファーは3人まで」と決定された。そして、その中に自分が入ることはないと聞かされた。

 もちろん、コロナ対策としては真っ当な判断だ。必要最低限の人員で無観客試合として開催されることは頭に入れていたが、上記の決定は、自分を再び絶望へと追い込んだ。

 実は筆者自身、ドイツで新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になり、自宅での自粛生活が始まった3月中旬、コロナウイルスへの感染疑惑で医師からPCR検査を勧められた。診断は陽性。しかし幸いにも症状は軽く、微熱、咳、体のだるさ、味覚障害が1週間ほど続くだけだった。その頃は、隔離生活を2週間続ければそれで済むと思ったほどだ。しかし、その先に待っていたのは、延々と続くサッカーがない未来だった。

 リーグ再開の希望が見えた刹那、フォトグラファーとして試合を撮りに行けないことが判明し、フラストレーションがたまり始めた。リーグの判断自体は理解できるが、フォトグラファーとしては正直、簡単には受け入れられなかった。

 他のメディア関係者は今回の決定をどのように感じているのだろうか。

 知人でベルリン在住の英国人ライター、ムサ・オクォンガさんは、ブンデスリーガがシーズンの一時中断を異例のスピードで決めたことに驚かされたという。オクォンガさんはロックダウンで自宅待機中、スポーツ専門チャンネルESPNとの契約が打ち切られる憂き目に遭っている。以降、政治コラムの執筆が主な仕事になった。オクォンガさんはブンデスリーガの再開についてこう語った。

「再開のニュースを聞いたときは、正直、吐き気をもよおしたよ。自分の中にはプラスとマイナスの相反する気持ちがある。ネガティブな感情としては、DFL(ドイツ・フットボール・リーグ)が選手たちの安全に対して無関心なことが挙げられる。ウニオン・ベルリンのDF(ネヴェン・)スボティッチによれば、今回のリーグ再開に関して、DFLから選手たちへの相談はまったくなかったという。確かに経済面を考えれば、リーグを再開することは、百歩譲って仕方がない。しかし、5月16日の再開とはさすがに早すぎるよ」

 一方、ドイツ人のフォトグラファー、シュテファン・マツケさんはこう話した。

「やはり、このタイミングでの再開は早いと思う。しかし、サッカーが社会に貢献できるチャンスだ。サッカーファンだけでなく、社会全体に対して貢献することができる。無観客試合はいいコンセプトだと思うけど、複雑な気持ちだね。選手だけでなく、テレビクルー、救命隊員、警備員たちの安全も保証しなければならない」

 また、ベルリン在住のサッカーファン、フィリップ・ナディダイは「リーグ再開はうれしいが、素直には喜べない」と複雑な心境を語った。

「ドイツでは自宅待機中、ドメスティック・バイオレンスの件数が増加して問題になっている。サッカーが再開され、暴力とは異なる方法でストレスを発散できるのはいいことだね。

 しかし、リーグ再開がもたらす”負”の要因から目を背けることはできない。今シーズンを終了するまでに、選手やスタッフたちに、計2万5000回のPCR検査を受けさせる(3日に1回程度の検査を実施する方針と言われている)ことが必要になるんだ。本当に必要がある人たちにPCRのキットを使うのではなく、健康なサッカー選手に使うのはおかしいよ」

 筆者が話を聞いた3人ともに、リーグ戦の再開を待ち望んでいる一方、このタイミングでの再開について素直に喜び切れないと話した。早すぎるタイミングでの再開は、放映権料など経済的な理由が大きく、選手や関係者の安全が担保し切れているとは言えないからだ。無観客試合といっても、ESPNの報道によると、両チームを含めて150~200人のスタッフが必要となる。

 ブンデスリーガは再開されるが、今も新型コロナウイルスとともに暮らす我々の生活には、様々な問題があるのは疑いのない事実だ。極端な言い方をすれば、このタイミングでのブンデスリーガの再開は、人の命を天秤にかける博打である。

 果たしてDFLはコロナ対策をうまく施し、再開される今シーズンを無事に終えることができるだろうか。今回のコロナ対策のシナリオがすべてうまくいけば、今年9月、新たに2020?21年シーズンが開幕する。ひとつ言えるのは、私はそれまで現地での撮影を自粛せざるを得ないということだ。

 先が見えないコロナショックの悲痛を、身をもって感じさせられている。