根本陸夫外伝〜証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実連載第11回証言者・松永浩美(3) 1993年11月16日、ダイ…

根本陸夫外伝〜証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実
連載第11回
証言者・松永浩美(3)

 1993年11月16日、ダイエー(現・ソフトバンク)と西武との間で3対3の交換トレードが成立した。ダイエーは佐々木誠(外野手)、村田勝喜、橋本武広(ともに投手)を放出し、西武から秋山幸二(外野手)、渡辺智男、内山智之(ともに投手)を獲得。佐々木、秋山というチームの顔が入れ替わる大型トレードの発表は周囲を驚かせた。



監督でありながら実質GMとしてダイエーを強化した根本陸夫

 当時、ダイエー監督と実質的なGMを兼任していた根本陸夫は、西武監督の森祇晶と秋山がぎくしゃくした関係にあると知っていた。同年の秋山は30本塁打を放つも打率.247、72打点。85年にレギュラーになって以来、最悪の数字だったことも一因で、その一方、森が佐々木を高く評価している事実も根本はつかんでいた。

 なおかつ、秋山がFA権を取得する翌94年も見越し、予想されるオフの争奪戦を避けて確保しておきたかった。熊本・八代高出身の秋山は、九州になじみが深いスターをチームの目玉にしたいダイエーにとって、是が非でもほしい存在だったのだ。

 反面、投手力の弱いダイエーが3年連続2ケタ勝利の村田を出したことを疑問視する向きもあったが、根本はそうした声に直には反応せず、こう発言している。

「このチームは"同好会野球"をしてきた。一生懸命やっています、それで生活できたらいいというレベルだった。優勝を目指そうという方向に変えるには、人を変えるしかない。いちばん効き目があるのは、主力を出すことだ。これは、一般の会社で軸になる人間を動かして、活性化を図るのと同じではないか」

 トレード成立から12日後、根本はさらに「人を変える」べく、FA宣言第1号選手となった松永浩美との交渉に臨んだ。松永は阪神との残留交渉、西武との交渉を経て、フラットな気持ちで根本と対面。マスコミはそれ以前から<松永のダイエー入りは確定的>と伝えていたが、本人はまだ何も決めていなかった。

 円卓が置かれた個室で食事をしながら、当初、遠回りに獲得の意志を伝えられた。西武を強くするために田淵幸一が必要だったのと同じように、松永も必要だと根本に説明されても心は動かなかった。それがなぜ、ダイエー入団を決めるに至ったのか──。松永に聞く。

「根本さんが秋山を獲ったトレードの話を持ち出して、ホークスのチームづくりを語り始めたんです。その時、『あのトレードは君が来てくれることが前提だ』って言われた。聞いた途端、ずっとフラットな状態だったのに、『本当にオレを必要としてくれているんだろうな』って思えてきたんです」

 西武との交渉でも、阪神との交渉でも感じられなかった、獲得への強い意志が伝わってきた。まだ話を正式に受けてもいないのに、会話のなかで根本の本心をつかむことができた。

「『そうか、オレが礎になるのか。基盤をつくるためにオレは呼ばれるんだ』と思ったんです。できあがったチームに一枚加わって、さらに強化するという意味じゃなくて、弱いチームから強いチームに仕立てていくのに、オレというピースがどうしても必要なんだなと。根本さんのなかに"松永"っていう名前がガチガチに入っているんだろうな、と感じられたんです」

 さらに根本は実質的なGMらしく、監督人事の構想まで明かした。曰く、「オレは今、監督をやっているけれども、監督の器ではない。裏で動くほうがオレの性分に合っている。来年6月ぐらいには次の監督を決めるつもりで、決まったらそいつに任せて、オレはユニフォームを脱ぐ」と。一選手である自分にそこまで話していいのかと思いながらも、松永はワクワクし始めていた。

「根本さんの話を聞いていると、強い西武のイメージが重なって、ダイエーもあんなチームになるのかってワクワクしたんです。実際に、僕は阪急・オリックス時代に対戦してきて、西武の強さを知っていますからね。

 しかも、当時の西武は石毛(宏典)さんが中心になって、平野(謙)、辻(発彦)も若手を引っ張っていて、見ていてうらやましかった。あれがリーダー像なんだと......オレは失格だなと思って。僕も阪急時代から若手のリーダーと呼ばれてきたものの、結局、サポートしてくれる人がいなかった。だから、それがダイエーでできるのかなと思うと、ワクワクした気持ちになりましたね」

 気持ちはダイエー入りに傾いたが、FA元年、前例がないだけにまだ決めかねるところがあった。間が空いて、「ちょっと食事しよう」と根本に言われて素に戻ると、不意に移籍後のリスクが思い浮かんだ。

 阪神在籍1年で、FA宣言からの移籍となったらバッシングも覚悟しないといけない......いろいろと雑念が頭をよぎっていく。そんなことを考えていると、再び根本が口を開き、対話が始まった。

「阪急の時、松永はすごく練習したって、我々の耳に入ってきている。苦労したんだろうね」

「僕はそれで別に苦労したと思ってなくて、そうしないとレギュラーになれないと思ったから、当たり前って感覚なんですよね」

「そこなんだよ。それだけの練習量を当たり前って言える人を僕は求めているんだよ」

「ああ、そうなんですか?」

「あの時の阪急は強かったし、そのなかで君が成績を残しているのは、やっぱりいい教育をされて、練習してきたおかげだと思うんだよ。だから、本当のプロだよね。もがいている姿は表に出さずに、黙ってサラッと成績を残す。そのための苦労は当たり前だって言える。それこそが本当のプロだよね」

 松永自身、一選手として「本当のプロ」と評される以上にうれしいことはなかった。すっかり気分がよくなって、ついに移籍か残留か、二者択一で決めようとしている自分に気づいた。移籍して、チームの礎となり、若手を引っ張って強くしていくと想像すると鳥肌が立った。だが、バッシングされる自分を考えると身の毛がよだつ思いだった。

「オーバーかもしれないけど、鳥肌が立つのと身の毛がよだつのが交互にくるんです。こんなの人生で初めての経験ですよ。だから、根本さんは人を使うのがうまいんだなと思った。人をその気にさせるのがうまいんですよね。

 ただ、根本さんは計算して仕向けるわけじゃないんです。計算されたら、『この人はオレをうまく利用しようとしているな』ってわかる。でも、根本さんは自然なんですよ。だから僕自身、気づかないうちに『二者択一まで持ってこられたな』『リードされたな』という感じでした」

 根本があくまでも自然なのは、注文した料理が運ばれてきた時に実感できた。食べる時は普通に「これは美味しいねえ」などと言うだけで、話を先に進める素振りも見せない。そのかわり、根本自身の仕事のスタイルが明かされた。たとえば、外国人選手の視察で海外に行く時に鞄を持たず、パスポートとクレジットカードだけを持っていく話だ。

「要は、隠密行動なんです。マスコミにも他球団にも自分の動きがバレないように。必要なものは現地で買って捨てればいい、歯ブラシなんかホテルにあるじゃないか、って(笑)。いつ行ったか、いつ帰ってきたかもわからない。『この人、さり気なくやっているのに仕事すごいな』と思ったんだけど、そこが僕と重なるんですよ。黙ってサラッと成績を残すわけですから」

 続けて根本は、話題を再び野球に戻した。

「これからパ・リーグをもっと盛り上げて、もっともっと人気を出していくためには西武だけじゃなくて、ダイエーもまた覇権を獲るぐらいに強くならないといけない。オーナーも優勝をすごく望んでいるし、それをこちらに任せてもらっている限りは、命をかけるしかない」

 意外にも淡々とした口調だった。ここまで、松永がチームづくりに必要であることは伝えられてきたものの、入団の意思を確認するような問いかけも一切なかった。

「2時間近く、じっくり吟味された感じです。その間、一度も『どう?』というような言葉はありません。それでまたご自身の仕事の話をし始めたんですが、話している途中ですよ、急に立ち上がるわけです。おもむろに、椅子をダダーッと引いてね、一瞬、何をするのかと思いました」

 そして直立不動で、根本が言った。

「このチームをつくるには努力が必要、苦労も必要。君も長くプロ野球の世界にいて、苦労はたくさんしてきたと思う。今、成績も安定してきて、苦労を、自分のなかではしていると思うけど......」

 言った瞬間、両手を円卓についた。ダーンと音が鳴って、見れば頭を下げていた。

「もう一度だけ、この根本と苦労をともにしてください!」

つづく

(文中敬称略)