【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】スポーツのない日常(後編)>>前編を読む 新型コロナウイルスの感染爆…
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】
スポーツのない日常(後編)>>前編を読む
新型コロナウイルスの感染爆発によって、世界中からスポーツが消えた今、僕たちが失ったのは、スポーツを楽しむ機会だけではない。僕らが生きるコミュニティーにおいて、そして人生において、大きなものを欠くことになりかねない。

個人練習中のリオネル・メッシ。多くの国でスポーツ再開の目途はたっていないphoto by AFLO
人々は、子ども時代から死に至るまで、自分のチームをサポートするという儀式によって安心を得る。「僕は自分の人生を、つねにアーセナルの試合とともに記憶してきた」と、ニック・ホーンビィは『フィーバー・ピッチ』(邦訳『ぼくのプレミア・ライフ』)に書いた。離婚、転居、老い、死──人生には多くの転機が待っているが、サポートしているチームはいつも一緒にいてくれる。
スポーツがメンタルヘルスにプラスになることを示す統計もある。米フロリダ州立大学のトーマス・ジョイナー教授(心理学)は、アメリカで自殺者が減っている町では、地元のスポーツチームが優勝を争っており、アメリカンフットボールのスーパーボウルが開かれる日曜日には、全米で自殺者が減少していることを見出した。それは、人々が他人と一緒に試合を見ることでコミュニティーへの帰属意識を感じ、自分は独りではないと思えるためだろう。
スポーツ経済学者のステファン・シマンスキーと僕は共著『サッカーノミクス』(邦訳『「ジャパン」はなぜ負けるのか』)の中で、ヨーロッパのフットボールに同様の傾向があることを示した。ほとんどの国で、代表チームがワールドカップや欧州選手権を戦っている期間には、自殺者が明らかに減っている。
宗教からパブでの集いまで、コミュニティーの習慣のほとんどすべてが、数十年前から下火になっていた。新型コロナウイルスは、それらの習慣をほぼ根絶やしにしようとしている。
だから、世界中でコミュニティーがひとつになるための新しい儀式がすぐに生まれたのは、不思議なことではない。それは、医療に携わる人たちをたたえる拍手だ。たぶん僕らは、医療従事者のためだけではなく、むしろ自分たちのためにこれをやっている。
こんな時期にも、スポーツに対する奇妙なまでのこだわりを捨てられない人たちがいる。ロンドンの精神分析医クリス・オークリーのもとに、地球上のほぼすべての国でフットボールを観戦したことがある人物から写真が送られてきた。
それは、マスクを着けて独りぼっちでスタジアムの観客席に座っている自分の写真。場所はベラルーシ。コロナ禍の中でもヨーロッパで唯一、フットボールのリーグ戦が続いてきた国だ。
スポーツをもとにしたコミュニティーを、バーチャルな形で維持している人たちもいる。イングランド・プレミアリーグのノリッジ・シティなどの選手たちは、試合のない今、高齢のサポーターとチャットをして、身辺に変わりがないか確認している。
オークリーによれば、チャットアプリのワッツアップで、彼も参加しているトッテナム・ホットスパーのサポーターのグループでは、書き込みが激増している。たいていのファンは、トッテナムがパッとしなかった今シーズンが事実上終わってくれてよかったと白状しているという。
これまでソーシャルメディアは、どちらかと言えば”問題”として捉えられることが多かった。だがスポーツファンにとって、そして自らが属するコミュニティーを求める人々にとっては、解決策にもなりうる。
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