連載「Voice――今、伝えたいこと」第5回、サッカー選手兼オーナーのメッセージ

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第5回はサッカーで世界6か国を渡り歩いたカレン・ロバート氏が登場する。ユース年代から日本代表として活躍し、現役時代から千葉県でJ7部に相当するサッカークラブのオーナーを務める34歳。営業で奔走しながら経営者としてトップに立つ引退後の「今」に迫るとともに、コロナ禍で問われたサッカークラブの在り方を語った。

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 カレン・ロバート――。名前を聞いただけですぐに思い出せる人も多いだろう。

「人と地域をスポーツで繋ぐこと」。カレンが今、持ち続けている目標である。

 ユース年代から活躍し、日の丸を背負ったフォワード。抜群のスピードとテクニックを生かしたドリブルで相手ディフェンスを切り裂き、幾度もチャンスを演出した。当然、自らゴールも奪いに行く。豊富な運動量で守備でも奮闘。ピッチを駆けまわる姿はファンに鮮烈なインパクトを与え、多くの人の胸を高鳴らせた。

 千葉・市立船橋高では2度の日本一を経験。2004年に磐田へ入団し、05年にJリーグの新人王を獲得した。日本、オランダ、タイ、韓国、インド、イングランドと6か国を渡り歩き、昨年3月に33歳で現役引退。プロ生活に終止符を打った。

 しかし、サッカー人生は今もなお続いている。

 千葉県社会人1部リーグ(J7部相当)に所属する「房総ローヴァーズ木更津FC」。オランダ・VVVフェンロ時代の13年に発足させたサッカースクールを母体としている。県南部の木更津市をホームタウンとするこのクラブで、カレンは選手兼オーナーを務めているのだ。アマチュア選手としてトップチームでプレーを続け、経営者としてクラブのトップに立っている。

「会社としての目的の一つは、人と地域をスポーツで繋ぐことです。人と人の距離が遠くなってしまっている今の世の中で、どうにかスポーツやイベントで僕らが交流の場を演出する。地域密着型クラブとして僕がお世話になった千葉県を盛り上げる。そういうクラブを目指し、スタジアムをつくるのがクラブとしての夢でもありますね」

 芯のある志を胸に秘め、壮大に広がる夢がある。「今はプレーヤーと営業がメインです。『やってください』と本当に毎日どこかに行かせてもらっていました」。試合のない12~3月は、新シーズンに向けてスポンサー集めに奔走。県内はもちろん、東京や神奈川、茨城、福島などユース年代の試合に直接足を運び、スカウトで強化活動にも勤しむ。

 今のクラブは小学生からU-15、U-18、レディース、千葉北部の印西にもU-15のクラブを持ち、多くのカテゴリーをそろえるようになった。会員数は幼児から社会人を含めると約430人。規模に比例して、責任も大きくなっていく。

「会社を伸ばすため、施設を増やすための試みや新しい指導者、選手を見つけることも大切です。選手探しも全カテゴリーでやらないといけない。あとは、しっかりと年代別で育成ができているかどうか。組織が目指している理念の下、ブレずにできているかどうか、指導者の管理もしています」

 現役時代さながらの豊富な運動量。海外を渡り歩いた過酷なプロ生活よりも「めっちゃ忙しいですよ」と笑う。「ほぼ休みはないですし、経営者なので会社が潰れたら終わり。潰れないようにお金をどう生み出して、どう貢献できるんだろうと考えると、思っていたより大変でしたね」。バリバリの現役時代から携えたオーナーの名刺。きっかけは「恩返し」だった。

「僕は茨城県出身ですが、子どもの頃は家から1時間のところに柏レイソルの下部組織があったおかげでサッカーを教えてもらうことができました。20年以上前ですね。当時は多くの子どもにとって、近くにクラブチームがある環境ではありませんでした。その中で柏レイソルが近くにあったのは、僕の人生においてかなりラッキーでした。サッカーを教えてくれて、高校は市船に行けてプロサッカー選手にしてもらった。千葉県への恩は凄くあるので、とにかく恩返しをしたいという気持ちです」

 北の柏市には柏レイソル、中央の千葉市、市原市にはジェフユナイテッド市原・千葉がいる。カレンが目を付けたのは「盛り上がっていない」と危惧する、さらに南の木更津市だった。今の夢の一つが「千葉をサッカー王国にすること」。この裏には、選手時代に見た光景がある。

世界を見てきたカレンの強み、サッカーとビジネスの共通点とは

「プロとして磐田で6年半プレーしました。静岡はサッカー王国と言われていますが、なぜサッカー王国と言われるかよくわかりました。天然芝のサッカー場がたくさんあったり、女子サッカーも普及していたり、ローカル番組でサッカー番組があったり。千葉県もサッカー王国だったという人もいますが、高校年代が強いだけでサッカーの環境がいいかというとそうではない。とにかくグラウンドがない。OBもいないので、誰もやらないわけです」

 サッカーをするために片道1、2時間かかる子もいる。環境という土壌がなければ、OBが生まれることはない。子どもたちを指導し、引っ張っていく存在がいつまでたっても現れないのが現状。そこで志を持つカレンが進出した。サッカーが“不毛の地”を王国に生まれ変わらせる。自信は子どもたちの姿を見て芽生えてきた。

「ポテンシャルはめちゃくちゃあるんですよ。土地があったり、地元愛が強かったり。あとは子どもたちのピュアさ。田舎ならではのピュアな部分や身体能力もある。僕らの時代は1時間かけて通うことは良い方でしたが、今は30分、遠くても1時間かかるとなかなか選ぶ人はいない。千葉の南に一つ、シンボル的なサッカークラブを作りたい。そこにいけばもしかしたらプロになれるかもしれない。そういう夢を見てほしいです」

 多忙な日々に活力を与えてくれるのは、子どもたちの成長と地元の期待だった。営業に足を運ぶと、予想以上に応援してくれる人が多い。「試合なんか一回も見たことがないのに、何百万円とサポートしてくださるような方もいるんです。とにかく今は期待をビンビンに感じます。だから、それに応えないといけない」。クラブの描く確かなプランが、手厚いサポートに繋がっているという。

 昨年、立てた目標は「12年計画」。2031年までにJリーグに参入することだ。「(参入規定を満たした)スタジアムの話も5、6年後にしていかないといけない。そのためには5、6年後には関東1部にいないといけない」と逆算して計画を遂行。強いだけではなく、スタジアムやサポーターの必要性を真摯に説明し、J参入への明確な道筋を伝えている。

 バリバリのサッカー選手からクラブ経営者への転身。そもそも、お金を動かし、生み出す知識はあるのだろうか。「今の状態まで10年以上かかると想像していましたが、ジュニア、ジュニアユース、ユース、トップチームがまさか5、6年の短期間でそろうことは想像していませんでした。(要因は)周りの人の助けが全てです」と明かしつつ、自身の強みを語った。

「ほとんど経営の知識はないんですよ。特に勉強なんてしていませんが、なんとなく人が求めていることや、この人とこの人を繋げたらメリットが出るだろうとか、人を見分ける力みたいなものはあると思います。要は営業です。営業が思ったより自分に合っていました。『元プロサッカー選手』という鎧みたいなものもあるので営業しやすいです。企業の方に別の企業の方を紹介してもらえることも多い。だから、ある程度の話は通っていますし、行くたびに『スポンサーやってあげるよ』と言ってくださることが多いです」

 プロとしてピッチを走りまわった努力が繋がっていた。経験が血となり、肉となった他のクラブオーナーとは違う強み。日本を含めた世界6か国のサッカーを肌で感じ「他の人にはないくらいの見てきたもの、聞いてきたことがある」と自負する。組織づくりにおいて、サッカーとビジネスで共通するものがあるという。

「やはり外から日本を見られたことは、何よりも大きかったです。日本がどれだけ幸せな国なのか、日本のサッカーが独特であることを世界に行って感じました。日本は個人というより組織。日本の会社も一緒だと思います。ヨーロッパなどに行くと、組織よりまずは個人。まずは自分をアピールして、自分の意見を言う。

 やはり日本だと周りの空気を読んだり、自分のことよりも相手のことを見たりすることが多いと思います。でも、海外はとにかく自分を発信してから相手を見る。これは良いところもあれば、悪いところもあります。うまく使い分けた方がいいと感じました。とにかく何も発言せずに空気を読むだけということが良くないというのは、ビジネスにも通じると思いますね」

「今」に焦点を当てる実行力、夏には強化拠点が完成「選手が夢をかなえるクラブに」

「今のところ全て思い通りです。本当に壁がない」と周囲の助けとともに、とんとん拍子で駆け上がってきた第二のサッカー人生。しかし、だ。新型コロナの影響を少なからず受けた。

 自身の営業活動、選手としての練習はストップ。練習拠点としていたイオンモール木更津内の3面フットサルコート、BIGHOPガーデンモール印西敷地内のコートは閉鎖となり、一般への貸し出しもできない。大会やイベントはなくなり「完全にその売り上げはゼロになりました」と明かす。

 ただ、若きオーナーは今できることに焦点を当てた。春から新スタッフも入り、組織づくりに集中。スタッフは国内でもいちはやくZoomを使ったオンライントレーニングを導入し、子どもたちが自宅でもトレーニングができるようシステムを整えた。英語が堪能な社員は英会話レッスンを、サッカーの指導者はサッカーはもちろん、親子向けに縄跳び教室や走り方教室、ストレッチ教室、ダンスプログラムを実施している。「家族で参加できるプログラムもたくさん実施していて、通常時よりも各家庭との絆が深まっていると思える時もある」と深刻な事態に陥るような状態ではない。取り組みのどれもが、コロナ禍だから気づけたものだった。

「ファン、指導者、クラブ経営に興味がある全国の人たちとZoomを通じて交流していったら面白い。ここで得たお金も将来のスタジアムづくりに充てたいと思っています。あとは地域がきつい時に社会貢献ができるようにお金をストックしておく。この近辺は毎年台風が来ているので、うまく社会貢献も踏まえて動いていく。Jリーグを目指すための資金なども考えながらしっかりと利益を出して、今の時代だからこそできる利益の上げ方をみんなで考えています」

 最近、地域貢献の一環として「家でもサッカーに触れてほしい」とクラブの全会員にローヴァーズオリジナルの小さい練習用ボールを配布。できることは可能な限り取り組む。コロナ禍に立たされ、サッカークラブとしての在り方が問われる今、クラブオーナーの立場から語った。

「規模の問題もあると思いますが、できることをとにかくやるということ。自分の近くにいる人たちのためにとにかく行動する。もちろん、サッカーを伝えることもですが、勉強もスタッフで教えられる範囲はあると思います。英語もですし、算数だってできます。とにかく身近にいる人たちのために行動するということが、今は大事なのかなと思います」

 目の前の見える人たちのために行動すれば、優しさの“パス”は繋がっていく。相手を思い、受け取りやすいように出す。サッカーと同じだ。「社会貢献」という漠然とした言葉をリアルに体現しようとしている選手兼オーナー。カレンが今だからこそ伝えたいこと――。抽象的な問いにこう答えた。

「もう我慢するしかないです。我慢の中でダラダラするのではなく、今できる中でスキルアップすること。自分の成長のために何ができるかを考えて、実行していくことが大事だと思っています」

 思い描いたことを次々と現実にする実行力。今夏にはフルピッチのグラウンドが木更津市に完成する。「完全に自分たちの強化拠点。7部相当のクラブでは、まずありえないことだと思います」。練習も見学可能で、試合の日はキッチンカーを設置してイベント会場にもなる予定だ。

「サッカーを見るだけではなく、この空間でリラックスしてもらえれば。将来は若手育成型クラブとして、若い子がローヴァーズに行ったらどんどん夢をかなえられる場所にしたい。ステップアップクラブとして、ローヴァーズに入ればJリーグに行けて、その後は海外に通用するとか。オランダでいうアヤックスのような、選手を輩出するクラブにしたいと思っています」

 人と人を繋いでいく。どんな時も「今できること」に焦点を当て、走りまわってきた。だからこそ、夢を描くことができ、実現させられる。Zoomによる取材の最後、こちらの感謝の思いを伝えると「いえいえ。今だからこそ、ですから」と微笑んだ。「今」に集中できる者は強い。

(文中敬称略)(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)