身体障がい者野球チーム「千葉ドリームスター」で活躍を続ける土屋大輔。
 
高校時代に障がいを負うも、生活の自立やスポーツを通じて徐々に前向きな気持ちを取り戻す。そして33歳の時にドリームスターに出会い、野球経験がないながらも悔しさを糧に猛練習に励んだ。
 
そのひたむきな姿勢が評価され、初代キャプテンに任命された。グラウンド外では地域交流などを通じてチームを知ってもらうための活動を続けている。
 
後編では土屋の強い自覚と抱く想いにフォーカスする。(※前編はこちら) 

チーム発足後、キャプテンに就任

11年に、本格的にチームとして動きだすとともにキャプテンに就任した。18年に中臺陵大へ引き継ぐまで約7年間務めた。
技術向上に励みながら、全体をまとめる役割も担うことになった。キャプテンとしてどんなことを意識していたのか。
 
「まずはみんなに気持ちよくプレーしてもらいたいと考えていました。多くのメンバーにチャンスがあって楽しくプレーできるのが第一かなと。それで上達して全員がレベルアップできればと思ってやっていました」

その考えが徐々に浸透するとともにメンバーも増えた。14年にチームは日本身体障害者野球連盟に加盟。17年には念願だった地元・市川市で関東甲信越大会を開催し、準優勝に輝いた。チームが成長する過程において、必ず先頭に立って引っ張る姿があった。 

17年に念願の地元で大会を開催。準優勝に輝き、ナインから胴上げされた

グラウンドの外に出向き、自らの体験を語る

ドリームスターや障がい者野球を知ってもらうために野球以外の活動にも力を注いでいる。市川市の小中学校に訪問し、授業や講演会を通じて自身の体験を話している。
 
「『自分が急に障がい者になることもあるんだよ。目の前に障がい者の人がいたら、どう接すればよい?』ということに気づいてほしかった。なったときにどう思ったか、今後何ができないか等も伝えることでより身近に感じてほしいと思いました」

講演後に生徒から届いた感想文集を目にし、励みになった。伝える経験を重ねるごとでより責任感も増していった。
 
「『こうやって話すと子どもたちに伝わりやすいんだな』など、たくさん勉強になる機会をいただいていますし、これからも継続していきたいです」

地元の小学校で子どもたちと交流している

情報発信は学生だけではない。より多くの人に伝えるため、都内大学で開催された「ヒューマンライブラリー」にも参加した。

「私が本の役割になって『こういう経験をしました』『今障がい者野球をやってます』といった内容を一コマ30分で1日使って話しました。社会人の方もたくさんいらっしゃって、カップルで聞きにくる方や親が障がい者になってしまったという若い方も来ました」 
 
チームの存在意義は野球だけではないと強く自覚している。今後もチームを知ってもらう活動は続けなければならないと考えている。

「千葉県に一つしかない身体障がい者野球チームという役割を強く意識しています。同じような障がいを持ってる人たちにこのチームを知ってもらうことは大きなミッションです」

前向きに挑戦する

千葉ドリームスター入団をきっかけに野球を始めて約10年、入団してからを振り返った。
 
「フットサルをやっていた時というのは、『健常者の中に入って同じようにできる』っていうのがモチベーションでした。でも障がい者野球というのを知ったとき、一つ新しいことにチャレンジしたいと思い始めました。あの時チームに入るか悩んだ状態のまま終わらなくて良かったと強く感じています」
 
新たな挑戦をしようと思い切り、千葉ドリームスターに入団。最初に来た時にチームの雰囲気が明るいと語ったが、その良さは約10年経った今も変わらない。多くの選手と接する中で1つ理由があると考えている。
 
「ここは友達と一緒に入るわけにもいかないですし、自分から連絡して1人でグラウンドに来ないといけない。そこのハードルを超えて来てくれているので、障がいに対しても受容して前向きな人が多いのかなと思います」 

千葉ドリームスターに入団し、より前向きな気持ちになれた

千葉ドリームスターには障害者手帳を取得してすぐに参加する選手や、パラリンピックを目指す選手もいる。ドリームスターに入団して自身も変われたと語った。

「自分は障がいを持っていることに関してはコンプレックスもありました。ドリームスターの選手は皆明るくて、前向きになれる力をもらったと入団してすごく思います」

メディアからインタビューを受ける機会も多い

積極的に情報発信を行う中で、メディアのインタビューも今まで多く受けてきた。その時によく話すことがあるという。

「インタビューを受けたときによく言うんですけども、『やらないであきらめるぐらいだったら、やってから諦めよう』と。開き直っていろいろなことにチャレンジする気持ちを持てたのは自分の中で大きかったです」

選手そしてチームの今後

入団してから約7年間主将を務め、18年からは中臺陵大選手に譲った。今後の野球人生について以下のように語った。
 
「個人の成績はいいので、チームに貢献できるプレーヤーになりたいです。また、チームを知ってもらいたいという気持ちが成績と同じくらい強いので、そのために何ができるかも考えていきたいです」
 
一方、千葉ドリームスターは全国大会に進出できるまで力を付けたが、まだまだ成長の途中にある。現状に満足せず、むしろ危機感すら持っている。

「19年も全国ベスト4っていう大きな目標を達成しましたが、油断すると簡単に落ちてしまう。全国大会に継続して出るというのはチームとして続けなければならないです」

今はある理想を抱いている。それは障がい者野球の魅力を知るからこそ沸いた想いであった。
 
「障がい者野球は『お互いの障害を補いあえる」ことが魅力と感じています。下肢障害の場合はパワーヒッターも多い一方で、走ることが難しい選手もいます。でも代わりに自分が代走できたりなど、直接的に補うことができます」

試合では打者代走に入ることがある。身体障がい者野球の魅力の1つだ

「私の一番の理想は、身体障がい者野球をもっと知ってもらって、健常者の人たちと混ざってできることです。『打者代走出そうよ』などとお互いが自然に声を掛け合って、障がいの有無関係なく野球できるのがいいなと思っています」
 
反骨心でレギュラーを掴み、野球以外の場でもチームに捧げ続けてきた。ドリームスターがさらなる高みに昇るため、土屋大輔のチャレンジはまだまだ終わらない。

(取材・文/白石怜平)

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