日本プロ野球名シーン「忘れられないあの投球」第7回 楽天・田中将大優勝決定試合でのリリーフ登板(2013年) 東日本大震…
日本プロ野球名シーン
「忘れられないあの投球」
第7回 楽天・田中将大
優勝決定試合でのリリーフ登板(2013年)
東日本大震災から2年後の2013年、「がんばろう東北」のメッセージとともに戦う楽天は球団創設9年目で初のリーグ制覇を果たし、日本一まで駆け上がった。
最大の原動力となったのが、当時24歳、高卒7年目の田中将大(現・ヤンキース)だった。この年、"神の子"はまさに伝説となった。28試合で212イニングに登板し、24勝0敗1セーブ、防御率1.27。開幕から無傷で連勝街道を歩み、月間MVPを5月度から5カ月連続受賞するなど、圧倒的な記録と記憶を残している。
ペナントレースで投じたのは計2981球。なかでも圧巻だったのが、初優勝を決めた西武戦だ。

最後の打者・浅村栄斗を三振に打ち取り、雄叫びを上げる田中将大(写真左)
マジック2で迎えた9月26日、敵地で西武を4対3とリードした9回裏、田中は4年ぶりにリリーフのマウンドに上がった。内野安打などで一死二、三塁のピンチを招いたなか、3番・栗山巧、4番・浅村栄斗(現・楽天)に対し速球を8球続けて二者連続三振に斬って取ると、雄叫びをあげながら天に両腕を突き上げた。
「すごくいい場面だったし、チームも西武ドーム(現・メットライフドーム)でサヨナラ負けが4試合続いていました。今日も1点差。ピンチをつくったけど、『これを乗り越えて優勝しろ』と言われていると自分を盛り上げました」
対して"最後の打者"となった浅村は、翌年の春季キャンプ時にこう振り返っている。
「今までで一番気合いが入った打席というか。自分のなかでは一番楽しかった打席でした」
完璧に抑え込まれた打者の記憶にそう残るほど、1イニングをミッションに登板した田中は圧巻だった。ホームベース裏にある記者席から見ていると、捕手・嶋基宏の構えたミットに糸を引いたようなボールが次々と吸い込まれていく。うなるような球威と、精密機械のごとく制球力を備えた150キロ超のストレート。とくに栗山と浅村に対する田中の投球はこう語り継がれている。
"伝説の8球"──。
とりわけ圧倒的だったのが、浅村に投じた最後の1球だ。2ボール2ストライクから外角低めのギリギリに、この日最速の153キロの速球を投げ込んだ。
浅村は始動がわずかに遅れ、中途半端なスイングで空振り三振に終わった。
当時、浅村はどんな狙いで打席に臨んでいたのか。打席で対峙した男の声を聞くと、"伝説の8球"の凄みがさらに増して感じられる。
「栗山さんに真っすぐをドン、ドン、ドンだったので、僕に対しても真っすぐで来るなと思いました。それまでにスプリットで印象をつけられていたので、真っすぐ1本とわかっていてもあのストレートでねじ伏せられたという感じがありましたね」
田中は栗山に対し、外角に150キロ超の速球を3球続けて1度も手を出させずに見逃し三振。ネクストバッターズサークルから見ていた浅村は、自分にも力で押してくるとわかっていた。だが、シーズンを通じて植え付けられたスプリットの残像があるから、わかっていても打てなかった。
では、スイングとしてはどんな意識だったのか。
「大振りもダメだなと思いながら、コンパクトに振ってもファウルになると思ったので、力強く振ろうと思いました。あんなにスピードもあるし、コントロールもあるし、中途半端なバッティングだけはしないでおこうと」
当時22歳、高卒5年目の浅村は史上最年少タイで100打点を記録し、最終的に110打点で打点王のタイトルを獲得した。フルスイングを持ち味とする一方、ときにコンパクトなスイングに切り替えるうまさも身につけ、リーグ5位の打率.317を残している。そんな器用さも併せ持つ打者が、結果的に"中途半端なスイング"で仕留められたのはなぜか。
初球、田中が外角高めに151キロの速球を投げ込むと、浅村は思い切り振って空振り。完璧なコースだった。続く152キロのストレートが外角低めにわずかに外れると、3球目は152キロのストレートが外角高めにストライク。浅村は手を出せずに追い込まれた。4球目、田中は再び外角に150キロストレートで勝負にいくが、これが低めに外れる。
そして勝負を決する5球目。口を真一文字に結んだ田中は外角低め、これ以上ないコースにこの日最速となる153キロの豪速球を投げ込んだ。最後もストレートを待っていた浅村だが、先述したように始動が遅れ、及び腰となったようなスイングで空振り三振に仕留められた。
「あんな(厳しい)ところに投げられて、無理に手を出した感じですね。打ちにいく準備はしていましたけど、あそこにビシッと来るとは思っていなかったので、『あっ』という感じでした。見逃していても、たぶんストライクと言われています。バッターは最初からあんなところに目つけをしていません。だいたい甘めを狙いながら、多少外れても振りにいく感じです。あんなところにずっと投げられたら、打てないですね」
状況的には、楽天がこのまま1点を逃げ切れば悲願の優勝決定、西武が逆転打を放てば同一カードで3試合続けてサヨナラ勝ち。そんな劇的な紙一重の勝負を分けたのは、鬼神のような田中のピッチングだった。
「引いたら負けやと思っていました」
試合後、大勢の報道陣に囲まれた田中は"伝説の8球"について、シンプルにそう振り返っている。
最高の場面で、最高の力を出し切る。心技体を結実させ、求められる結果を常に出し続ける──。
MLBに渡る前年、語り継がれる伝説を残した2013年シーズン。田中が楽天に初のリーグ優勝を引き寄せた最後の1球には、球史に名を刻んだ男の凄みが凝縮されていた。