連載「Voice――今、伝えたいこと」第1回、なでしこジャパンを率いた名将のメッセージ 新型コロナウイルス感染拡大により…
連載「Voice――今、伝えたいこと」第1回、なでしこジャパンを率いた名将のメッセージ
新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。
日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。
第1回はサッカーの元女子日本代表監督、佐々木則夫氏が登場する。東日本大震災で日本が苦難を味わった2011年、「なでしこジャパン」を率いて女子ワールドカップ(W杯)を制した名将が当時の経験から「国難とスポーツの力」について持論を説いた。
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目に見えない敵により、私たちの目に見える世界は、一変した。
スポーツ界はスタジアムから躍動と熱狂を失い、その波は世界に拡大した。サッカー界も同様だ。日本では、Jリーグは3月から中断され、なでしこリーグは開幕が延期した。
国民が「新型コロナウイルス」という生命を脅かす未知なる敵と闘う日々。スポーツの世界に生きる者として「今、伝えたいこと」を率直に問うと、佐々木は静かに口を開いた。
「スポーツは試合に臨むにあたり、常日頃、壁にぶち当たる。社会も一緒だと思う。人生を歩んでいく上で、予想もできないことが起こり得る。その一つが、今回の出来事。そんな時に大切なことは、あまり右往左往せず、現実を受け止めて、行動していくこと。その経験を多くしているのが、スポーツ界ではないか。
そうであるなら、スポーツ界は心して前に進もうとメッセージを積極的に発信すべきと思っている。スポーツに関わる人たちの多くは、これまで順風満帆に競技ができていたのではないか。今、そのスポーツができる感謝と喜びをしっかりと噛み締め、状況が良くなった時に力とするだけの思いを持っていてほしい」
次第に口ぶりが熱気を帯びた佐々木には、スポーツが持つ力について、経験に導かれた確信がある。
「今回と経緯が違うことは承知していますが」と前置きした上で、「2011年も先が見えない中で歯を食いしばり、結果を出すことができたんです。何度も、奇跡みたいな試合をして」と9年前の記憶を呼び起こした。
あの春も、日本は闇の中にいた。
2011年3月11日、東日本大震災。1万8000人以上の犠牲者を出し、東北を中心に各地で甚大な被害をもたらした災害により、日常は一変した。午後2時46分。佐々木自身、埼玉・大宮の自宅で大きな揺れを感じた。
「ちょうど、なでしこジャパンの選手たちとポルトガルで大会に参加して成田に戻ってきた日でした。空港から戻って、家についてほっとして、椅子に座ったところで……」
しかし、その4か月後の7月17日。遠くドイツの地で、なでしこジャパンを率いた佐々木はW杯で世界一の歓喜の中にいた。「奇跡みたいな試合」に辿り着く過程で、指揮官としていったい、何を見たのか。
当時を遡ってみると、今のスポーツ界に課された“宿題”が見えてくる。
W杯で選手を変えた出来事「あのイングランド戦の後がポイントだった」
震災直後、先行きは混沌としていた。予定していた代表合宿は中止となり、なでしこリーグも中断。大会に出場できるかも不透明に。無事にドイツ行きが決まったのは、震災から1か月後だった。ただ、一つずつ歩みを進める中で芽生えた思いがあった。
「当時はまだ最終メンバーも発表していなかったし、参加できるかどうかの不安もあった中で、一つ一つ不安が解消されていくと、サッカーができる、大会に参加できるという喜びが生まれていった。日本代表として国民の皆さんに何かを与えられるほどのチームではなかったけど、『私たちのプレーで勇気を送りたい』という思いが生まれ、全員が心を一つにしていい準備で臨めた」
6月に海を渡った21人の“闘うなでしこ”たち。「誰かのために」を思える集団は、強かった。
1次リーグ初戦のニュージーランド戦を2-1で白星発進を飾ると、続くメキシコ戦は4-0の大勝で2連勝。迎えた第3戦のイングランド戦は引き分け以上で1位通過が決まる状況に。その場合、決勝トーナメント1回戦の相手はその年の遠征で2連勝し、好相性だったフランス。負ければ、過去に1度も勝ったことがなく、前回女王の開催国ドイツ。当然、「フランスとやりたい」が、本音だった。
ただ、頭の中に“計算”が生まれたチームは攻め込みながら決定機を欠き、もがき苦しんだ。結果、カウンター2発を食らって0-2で敗れ、2位通過に。最も避けたかったドイツとの激突。「チームとして本来できたことが何もできず、すごく困惑した。しかも、一度も勝ったことがない相手。メンタル的にショックを数日間、引きずったのは事実としてあった」と佐々木は振り返る。
しかし、日本はドイツに勝った。延長後半3分、FW丸山桂里奈が決勝ゴール、スコアは1-0。番狂わせの舞台裏を明かす。
「イングランド戦から切り替えられたことはまさしく『日本が震災に遭って大変な思いをしている人が大勢いるにもかかわらず、俺たちが背負うこの状況なんて比較したらどうだ』と問いかけ、選手たちの間で心を一つにすることができたから。試合2日前から彼女たちの精神的な強さは、本質的なものに変わった。
自分を信じ、仲間を信じ、サッカーをやれる喜びの下にチームとして頑張ろうと意識が統一された。一度も勝ったことがないドイツと戦い、延長で勝てた。日本にいる人たちの大変さを思うと今、自分たちが大変な状況になった中でも『私たちにはサッカーをできる喜びがある』と、それをピッチで表現できた」
勢いに乗った日本は準決勝でスウェーデンを3-1で破ると、決勝の世界ランク1位の女王・米国戦は大会史に残る死闘となった。延長を含め、2度のリードを許しながら、延長後半12分にMF澤穂希の同点ゴールでPK戦に持ち込むと、最後は3-1で優勝を飾った。
ドイツに出発する際は空港に記者2人、同便だった年配の女性に「なでしこジャパン……ああ、バレーボールの人たちね」と声をかけられた若き女性たちは世界一となり、日本中に歓喜を沸き起こした。国民栄誉賞を受賞し、一躍、国民的英雄となった。
多くの人の記憶には決勝の激闘が刻まれているが、佐々木の記憶に残るのは選手たちが逆境で生まれ変わる姿だった。
「あのイングランド戦の後がポイントだった」
そう言って、懐かしそうに目を細めた。
「彼女たちの世代はまだ“サッカーは男のものだ”という環境で育ってきたからかもしれないけど、彼女たちはいつも少女たちのために頑張ろう、私たちの姿を見て誇りに思って目指してほしい、そんなものが合言葉のようだった。そういう環境でサッカーをやってきている彼女たちゆえに、第三者への思いが重なりやすく、その強い資質を持っていた。
一戦一戦やるごとに彼女たちの成長とドラマがある。その中でステップアップしていく。準決勝、決勝を見ている時なんて、ベンチからの選手のコーチングの質も高くなり、チームができ上がってきた。僕は見ているだけでニコニコしちゃうくらい、本当にうれしいわけで。そんな風に日本への思いを抱きながら頑張ったこと。それが、結果に結びついた」
災害から立ち上がろうとする背中を押し、日本を一つにした日。あれから9年が経ち、スポーツが持つ力が今、問われている。
今、持つべき“第三者への思い”「スポーツが持つ力は、無限のものがある」
冒頭で「今回と経緯が違うことは承知している」と語った通り、佐々木は「困難を乗り越えた」「逆境で心を一つに」などという言葉ひとつで、当時の体験を今に結び付けようとしているわけではない。
ただ、スポーツが持つ力を身をもって知っているから、伝えたいことがあるのだ。
「9年前のあの時も、日本全体が元気を持てるような状況ではなかった。そこからスポーツが元気を送ることが日本代表としての使命と感じ、なでしこジャパンが選手、チームで一丸となり、第三者への思いをスポーツから作っていこうと。自分たち自身でモチベーションをしっかりと生み出し、競技に向けてアプローチができた。
今、こんな大変な世の中で練習をしたくてもできない。大会に出たくても開催されない。それは確かに悲しいことだけど、改めて、そのスポーツを順風満帆にできていたことに感謝し、さらに高みを見てほしい。ここを辛抱し、次にできる時にその思いを表現してほしい。だから、今はパワーを蓄積する時間にしてくれればいい。
やがて事態が落ち着けば、来年の五輪にかけてスポーツの力が問われる時期がきっと来る。だからこそ、いろんなスポーツからパワーを送れるようになること。それが重要だと思う。大変な時にスポーツの成果、パフォーマンスに助けられた人はこれまでの歴史において数々あるから。それを信じて、いい心構えをしてほしい」
混沌とした2020年における「第三者」とはすなわち、感染症の蔓延という先の見えない世界にいる国民一人ひとり。だからこそ、アスリートは「誰かのために」の思いを育て、その時に備えてほしいと訴える。
現在は日本サッカー協会理事を務め、女子プロリーグの設立準備室長の重責を担う61歳。サッカー界にエールも送った。
1年後に延期された東京五輪について「今回は男子も女子もメダルに手が届く、それだけの素材はしっかり揃っている。そして、日本で開催すること五輪も一生に一度あるかどうか。このチャンスをものにしてほしいし、世の中がこういう状況にあるけど、日本の皆さんにサッカーからパワーを送ってほしい。本当に期待している」と話し、2021年の夏に思いを馳せた。
今、スポーツは居場所を失いつつある。しかし、その存在が求められる時は必ず来るだろう。佐々木は言う。
「スポーツが持つ力は、無限のものがある」と。
可能性を信じ、今を耐える。それが、震災を乗り越え、「奇跡」を体験した1人のスポーツ人としての願いだ。
(文中敬称略)(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)