189センチ、78キロの大きな体が激しく揺れる。ゴール正面から左サイドの隅へ。視界のなかにイラクの選手をとらえながら、DF吉田麻也(サウサンプトン)が必死の形相でロングボールを追いかける。1‐1のまま突入した後半アディショナルタイムも、表示…

189センチ、78キロの大きな体が激しく揺れる。ゴール正面から左サイドの隅へ。視界のなかにイラクの選手をとらえながら、DF吉田麻也(サウサンプトン)が必死の形相でロングボールを追いかける。

1‐1のまま突入した後半アディショナルタイムも、表示された「6分」が終わりに近づいていた。サポーターの祈るような視線は、最終ラインから最前線へポジションをあげていた背番号「22」に注がれる。

いわゆるパワープレー。ハリルジャパンのなかでも屈指の高さを生かして勝ち越しゴールを狙うはずが、自陣からMF山口蛍(セレッソ大阪)が送ったロングボールは左サイドへ流れてしまう。


そして、ワンバウンドした直後に、吉田は強引に体を入れてボールを支配下に収める。おぼつかないボール扱い。それでも、ゴールラインを割らせてなるものかと、不器用なまでにボールをコントロールする。

「あやうくゴールキックになるところでしたけどね」

必死にこらえる吉田の巨体を、追走してきたイラクの右サイドバック、ワリード・サリム・アルラミが思わず背後から倒してしまう。すかさず韓国のキム・ドンジン主審のホイッスルが鳴り響く。

左コーナーフラッグ付近で獲得した直接フリーキックのチャンス。MF清武弘嗣(セビージャ)の右足から放たれたクロスが、さらにさかのぼれば吉田の踏ん張りが、奇跡のドラマへの序曲となった。

ペナルティーエリアのなかに陣取った日本の選手は実に7人。しかしながら、ゴール中央を狙った清武のボールはイラクの選手に弾き返されてしまう。万事休す、と誰もが天を仰ぎかけた直後だった。

DF酒井高徳(ハンブルガーSV)とともに、ペナルティーエリアの外でこぼれ球に備えていた山口がノーマークで走り込んでくる。そして、迷うことなくダイレクトでボールを打ち抜く。


右足から放たれた低く、速い弾道がイラクゴールを射抜く。次の瞬間、ほぼ満員で埋まっていた埼玉スタジアムが地鳴りで揺れた。日本のベンチも蜂の巣をつついたように狂喜乱舞している。

あまりにも劇的な幕切れとなった6日のワールドカップ・アジア最終予選の第3戦。タッチライン際のピッチ内に膨らんだ歓喜の輪のなかへ、影のヒーロー・吉田も雄叫びをあげながら飛び込んでいった。

9月1日のUAE(アラブ首長国連邦)代表との初戦で、まさかの黒星発進を味わわされた。敵地でのタイ代表戦こそ勝ったが、イラク代表戦の結果次第では、バヒド・ハリルホジッチ監督の進退問題も浮上する。

「負ければそういう声が出てくる。そのなかで監督もリスクを背負ってUAE戦で新しい選手を使ったし、タイ戦でもフォワードを変えた。なかなかそういうことをできる監督はいないと僕は思うし、何かを変えようとしているチャレンジに僕らも応えなきゃいけない。そのためには勝つしかない。いろいろなことを言われているのはもちろん知っているけど、勝てばいろいろなものをシャットダウンできるので」

UAE代表戦ではMF大島僚太(川崎フロンターレ)がA代表デビュー。タイ代表戦では不動のワントップだった岡崎慎司(レスター・シティ)に代えて、21歳の浅野拓磨(シュツットガルト)が抜擢された。


それでも、なかなか好転しない流れ。そして、イラク代表戦が近づくにつれてハリルジャパンを取り巻く周囲もかまびすしさを増してくるなかで、吉田自身も常に背水の陣を敷いていると明かしている。

大一番を2日後に控えた練習後のこと。客観的に見てハリルホジッチ監督はプレッシャーを感じているように見えるか、と問われた吉田は「誰だって感じるでしょう」とこう続けている。

「僕も含めてそうですけど、海外組で所属クラブの試合に出ていない選手も、もちろんプレッシャーを感じている。そうした状況で代表に呼ばれて結果を出せなければ、周囲から叩かれることもまた理解している」

5シーズン目を迎えたプレミアリーグのサウサンプトンにおいて、決してポジションを保証されてはいない。むしろ本職のセンターバックでプレーする機会は減り、ときにはサイドバックに回されることもある。

フランス人のクロード・ピュエル新監督が就任した今シーズンも、状況は変わらない。開幕戦こそ先発フル出場を果たした吉田だが、その後はリーグ戦で6試合続けてリザーブに甘んじている。


「監督が代わって状況も変わったので、またゼロからのスタートだと思っている。実際にセンターバックで争っている選手はユーロのチャンピオンにしてチームのキャプテンであり、もう一人は昨シーズンのチームのMVPなので。非常にレベルの高い競争のなかに自分が参加できていると思うし、チームでもちろんレギュラーを獲りにいかなきゃいけないし、9月からは試合数がかなり多くなってくるので、そのなかでチャンスをもらったときに自分を出せるかどうかが大事になってくると思っている」

フランスで開催された今夏のユーロ2016を制した、ポルトガル代表の最終ラインを支えたジョゼ・フォンテ。そして、オランダ代表のフィジジル・ファン・ダイクは、サウサンプトンの選手およびサポーターによって昨シーズンのMVPに選出されている。

主戦場はおのずとUEFAヨーロッパリーグおよび国内カップ戦となる。それでも実力者と切磋琢磨する日々が自分自身のレベルを上げていると信じて疑わないからこそ、吉田は不退転の覚悟を貫くようになった。


「僕はみんなよりも試合に出られない時期が長かった。何もいま急に始まったわけでもないし、昨シーズンからそうなんですけど、そのなかでも代表に呼ばれているということは、結果を出さなかったらもう次はない、という状況に常に立たされていると思っているので」

UAE代表戦で同点とされたシーン。大島の不用意なパスミスから相手の得意とするカウンターを招き、ドリブルで侵入してくる相手に吉田が止めたプレーがファウルと判定された。

吉田にはイエローカードが提示され、UAE代表に与えた直接フリーキックを沈められてから試合の流れが変わった。それでも、10月シリーズで何ごともなかったかのように吉田は招集された。


ハリルホジッチ監督の期待を感じずにはいられなかった。前回のアジア最終予選を戦い抜いている経験者ということも含めて、「文句を言われない結果を出すことだけに集中したい」と努めて前を向いた。

後半15分にセットプレーから同点とされても、決して慌てなかった。舞台を敵地メルボルンに移して11日に行われるオーストラリア代表との第4戦をも見すえながら、ハードかつクリーンなプレーを徹底した。

もう1枚イエローカードをもらえば、オーストラリア代表戦は出場停止となる。吉田だけではない。センターバックコンビを組む森重真人(FC東京)、右サイドバックの酒井宏樹(オリンピック・マルセイユ)、そして守護神・西川周作(浦和レッズ)もすでにイエローカードをもらっている。

実際にイラク代表戦の後半21分には、酒井がラフプレーでイエローカードをもらい、出場停止となる次戦はチームに帯同しないことが決まった。守備陣に出場停止者が相次ぐ負の連鎖を防ぐためにも、リスクを最低限にとどめたうえで勝たなければいけない。

それでも勝ち越しゴールを奪えない膠着状態を受けて、後半40分すぎから吉田が最前線に上がった。代わりに最終ラインに下がったキャプテンのMF長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)を中心に、祈りを込めるように何本もロングボールを放り込んでくる。

もちろんターゲットは吉田。何度も相手DFと競り合い、そのたびにピッチにはいつくばらされながらチャンスを作り続けた。途中出場の浅野が2度チャンスを逃しても、あきらめずに肉弾戦を挑み続けた。

イラク代表戦へ向けて、招集された25人全員がそろったのは2日前の10月4日。極端に限られた練習時間のなかで、吉田はパワープレーを想定した練習はしていなかったと明かす。

「時間がありませんからね。でも、パワープレーなんてだいたい共通理解でわかっているから、そんなに難しいことじゃないので。まあ、パワープレーがいいかどうかは、皆さん(の目で)書いてください」

文字通りのぶっつけ本番。ハリルホジッチ監督の指示というよりは、ピッチ内の選手たちによる自発的な判断のもので吉田が最前線に上がり、劇的な決勝点につながるファウルをもぎ取ったのだろう。

アジア最終予選のグループBはいずれも3試合を終えた段階で、オーストラリア代表とサウジアラビア代表が勝ち点7で並び、UAE代表と日本代表が勝ち点1差で追走している。

ホームでアドバンテージを発揮できない戦いぶりに、「不安」の二文字はつきまとう。それでも奇跡的な展開から勝ち点3をもぎ取ったイラク代表戦は、流れを変えるターニングポイントになるかもしれない。

「もしかしたらこういう困難を乗り越えていったほうが、チームとして成長できるのかなと思う」

オーストラリア代表がアジアサッカー連盟に転籍してから、アジア最終予選では3分け1敗とひとつも勝てていない。まさにグループB最大の難敵との決戦へ。ターゲットマンとの「二刀流」で劇的勝利に貢献した吉田は小さな、それでいて確かなる手応えを感じながら、一夜明けた7日に機上の人となった。

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

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ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images

ハリルジャパンの壁・吉田麻也が貫く背水の陣…イラク代表戦の劇的勝利を導いた影のヒーロー(c)Getty Images