新型コロナウイルス感染拡大の影響で多くの人が思いどおりに生活を送れない日々を送っている。

中高生にとっては入学や進級などで環境が大きく変わる時期と重なっただけに新たな生活に大きな期待を抱く一方で、同じくらいの不安を抱いただろう。

そこでバスケットボールキングでは、BリーグやWリーグの選手たちに、高校時代を振り返ってもらうインタビュー特集をスタートした。

トップリーグで活躍する選手たちの高校時代の話を、今後の学生生活の参考にしてほしい。

第4回は、横浜ビー・コルセアーズのキャプテン田渡凌が登場。バスケット一家に生まれた田渡は、指導者である父からどんなことを学んだのか。前編・後編にわたってお届けする。

前編はこちら

インタビュー・文=入江美紀雄、岡本亮

写真=B.LEAGUE

親友の存在があったからこそ、自分を追い込むことができた高校時代


――同じチームで刺激を受けた人を教えてください。

田渡 同じ年の池田慶次郎(早稲田大学→三井住友海上)です。中高6年間一緒で、彼がいたからこそ頑張れました。

――ガードコンビとして活躍していたのが印象的に残っています。コンビネーションも高校に入ってより良くなっていったのですか?

田渡 毎日一緒にバスケしていましたからね。京北中は1学年に2クラスしかなく、同じクラスでした。ご飯も一緒に食べていましたし、仲が良かったです。中1からすべて一緒に経験したので、慶次郎がしたいことは分かるし、調子の良し悪しも分かります。

――彼がいたから救われた、助かったということはありますか?

田渡 慶次郎はチームで一番の体力の持ち主で、寡黙にひたすら練習していました。僕もそれを見て練習では手を抜かないようにしていましたし、「慶次郎よりも頑張る」という目標でやっていました。彼が手を抜くことなんてなかったので、僕も一緒に頑張れました。高校2年生の時に、ウインターカップの3位決定戦で慶次郎が逆転のフリースローを決めて勝った瞬間は、「やっぱりコイツはすごいな、一緒のチームで良かったな」と思いましたね。

――インターハイや国体で印象深かったできごとは?

田渡 インターハイでは、安藤誓哉(アルバルク東京)に負けたことかな。高校2年生の時に、インターハイの準決勝で明成高校と対戦して、僕が最後にファールをして負けました。実はその時の会場が沖縄市体育館(琉球ゴールデンキングスのホームアリーナ)だったんですよね。いろんな地方に行くたびに「ここであの試合やったな~」と思い出せるので、そういう意味でもBリーグっていいなって思います。

――何度も聞かれているとは思いますが、お父さんが監督をされているのはどうですか? 高校時代の田渡少年が意識したことは何ですか?

田渡 もう先生だと思っていたので。小学5年生で京北中の練習に参加した時にお父さんって呼んだら、「学校で俺のことをお父さんと呼ぶな」って言われて。何だよって思いましたが(笑)、そこからは先生って呼ぶようにしました。だから親として見たことはなくて、常に先生という目線で接していましたし、他のチームメイトと同じようにムカつくな、とかいろんな感情を持ってバスケをしていましたね。

――ご自宅ではどうでしたか?

田渡 家では本当に優しいお父さんですよ。でも、家で僕が変なことをしたら練習がキツくなるって分かっていたので(笑)、大人しくしていました。

 少し違う話になりますが、最近「俺には青春がなかったな」って思ったんです。高校の友達と会うと、当時こんなことしていたよねって話になるけど、僕は全然乗れない。文化祭にはほとんど出ていないし、修学旅行にも行っていないので……とにかくバスケに打ち込んだ高校生活でしたね。

「こんな時だからこそ、自分で考える力を身につけてほしい」


――アメリカに留学していた富樫選手のことは気になっていましたか?

田渡 もちろんです。勇樹は僕によく電話を掛けてきました。電話で周りの選手がどのくらい凄いかというのを聞いていましたし、帰ってくるたびに上手くなっていたので、羨ましかったです。

――それはご自身の大学進学に影響を与えましたか?

田渡 少なからずあると思います。勇樹がアメリカの環境でやっていたことへの憧れも少しありましたし、やるからにはアメリカで、という思いもありました。

――高校時代に学んだことで、今につながっていることは?

田渡 京北高校の横断幕には「気魄」と書いてあります。相手を圧倒する精神力という意味で使われているのですが、それを父に叩き込まれました。練習中に腑抜けたプレーをするとものすごく怒られるし、技術うんぬんの前に人間としてどうあるべきかということを学びました。試合中に消極的なミスをしたら、「お前はそんなもんなのか」と怒られる。精神的な部分や負けない根性、練習に対する姿勢を学べました。

――現在、部活動のできない中高生がたくさんいます。励ましのメッセージをお願いします。

田渡 今は、普段できないことに取り組むチャンスだと思います。中高生は、先生に言われたことをただこなすという練習が多いと思いますが、今、この時間は自分に足りないものを考え、それを補うために試行錯誤するチャンスです。足りないものを考える力は将来必ず生きるし、僕はそれに長けていたからここまでやってこられたと思っています。自分で考えて取り組むことは一番身につくので、考える力を養ってステップアップできるように頑張ってください。

――話は変わりますが、田渡選手がツイッターでアップしたエアロビチャレンジが海を渡って、NBAのワシントンウィザーズのマスコットが踊っていましたね。あれはみんなを励まそうとして行ったのですか?

田渡 そうです。励ますとともに、家でできるエクササイズの意味を込めて。ウィザーズのマスコットが躍っているところを見た時はさすがに笑いました(笑)。

――1993年生まれの選手たちで動画をつないでSNSに投稿されましたが、誰の発案ですか?

田渡 誰だと思いますか? 僕しかいないじゃないですか(笑)。

――小島元基選手(アルバルク東京)が走れるようになっていて良かったですね。

田渡 みんなのグループラインがあるんですけど、そこで「絶対膝治ってるじゃん」ってなって(笑)。

――ファンは喜びますよね。

田渡 Bリーグ選手会の副会長を務めさせてもらっていて、リーグとのミーティングに参加したのですが、そこで「選手のために」という思いが伝わってきたんです。僕らもリーグを支えてくれるお客さんのために何か考えないといけないと思って、その一環として動画を投稿しました。僕の世代はチームで主力の選手が増えているので、そういう選手を巻き込んで盛り上げていければ、ファンが増えていくんじゃないかと思っています。


PROFILE

田渡凌(たわたり・りょう) 横浜ビー・コルセアーズ

持ち前のリーダーシップと高い得点能力が魅力のポイントガード。京北高校では1年生時からスターターとして活躍し、インターハイベスト4、ウィンターカップ3位入賞を果たした。高校卒業後は渡米し、オローニ短大を経てドミニカン大学カリフォルニア校へ進学。卒業後の2017年に横浜ビー・コルセアーズに加入。2019-20シーズンはキャプテンとしてチームをけん引した。