ティモンディが語る済美への「野球留学」 後編(前編はこちら)

 高校時代、他県から愛媛・済美に野球留学した人気若手芸人のティモンディ(前田裕太、高岸宏行)。インタビューの後編では、野球留学生の生活ぶりや挫折、そして「第二の故郷」である愛媛への思いを聞いた。



愛媛の強豪・済美高校の野球部でプレーしていたティモンディの前田(左)と高岸(右)

※インタビューは3月中に実施

――寮生活について教えてください。済美の寮は個室ですか?

前田 寮が変わったので今のことはわかりませんが、当時はひとりにつきひと部屋でした。食堂と風呂は共用です。2畳くらいの狭い個室で、寝るためのスペースという感じでしたね。

――持ち込みはどこまで可能なんですか?

前田 漫画はOKですが、練習が終わる頃には本屋さんも閉まっているので、なかなか手に入れる手段がないんです。先輩が持ち込んだものを後輩が受け継いで、少しずつ足していく感じでしたね。テレビも持ち込みOKですが、怒られそうな雰囲気があって(笑)。部屋にコンセント口が1カ所しかなかったですし、食堂に大きなテレビがあったのでそれで足りました。

――高岸さんは入寮時に荷物が少なかったと聞きましたが、本当ですか?

高岸 はい! 布団、枕、救急箱、煮干し……。

――煮干しが異彩を放っていますね(笑)。

高岸 ずっと大好きだったんです! 実家の滋賀や父の実家がある愛媛の新居浜から仕送りの煮干しが届きました。わざわざ送ってくるのは親の優しさ。「カルシウムをとって、ケガをしないように」というメッセージだったのかなと。

前田 高岸がいつも煮干しの瓶を持っていたから、ときどきもらったりしていたね。

――洗濯は自分でやるのですか?

前田 寮生は当然、やっていました。下級生の時は先輩の分も洗っていましたね。

――2年生以上になると、後輩が洗ってくれるということですか?

前田 決まりではないので、全然頼まない先輩もいるんです。僕らはわりと先輩にさせられていた学年なので、まずは先輩たちのユニホームを洗って、自分たちのユニホームを洗濯すると深夜2時、3時になってしまうこともありました。僕らが上級生になった時は、「後輩にしんどい思いをさせるのもな……」という思いもあって、自分たちで洗濯していました。

高岸 冬場はランニングメニューをこなした後に洗濯するので、大変でした。グラウンドが遠くて朝6時前に起きなければいけないのに、2時、3時に寝るので睡眠時間が削られてしまいます。でも、それがあったから「みんなで乗り越えような」という絆が深まったと思います。

前田 横のつながりは強くなるよね。それまで距離感が遠いメンバーでも、しんどい時に助けてもらって、信頼し合える仲になっていったから。僕は長距離走が苦手だったけど、「全員タイムを切らないとやり直し」というランメニューでも、高岸が実際に僕の背中を押して走ってくれたこともあったね。仲が悪いメンバーもいなかったよね?

高岸 なかったね!

前田 親元を離れた県外生も多かったせいか、「ここを失ったら居場所がなくなる」という思いもあったのかも。だから家族のようなつながりがありました。食事も一緒にするし、風呂も一緒に入るし。

――寮生活経験のない人間からすると「前」を隠さず全裸で入浴することに抵抗を感じるのですが、寮生はそんな抵抗がまったくないそうですね。

前田 あぁ、そうですね(笑)。風呂は恥ずかしさ以上に楽しかった印象があります。今となってはあまりマネをして欲しくないのですが、いつもは怖い先輩と、浴槽を素潜りで何往復できるかとか、飛び込みをしたりとか。「意外とこんな素の顔があるんだ」と知って、仲よくなれましたね。

高岸 食事中はどうしても学年ごとに食べる席が違っていたのですが、お風呂では一緒にたわむれることができて楽しかった記憶が強いですね。

――済美といえば、校歌の歌詞に「『やれば出来る』は魔法の合いことば」というフレーズがあることで有名です。高岸さんは芸人になった今も、そのフレーズをよく使っていますね。

高岸 僕自身、野球を通じて愛媛の地域のみなさんが応援してくれた、そのパワーがあったから3年間をやり遂げられたと思っています。その体験があって、「やれば出来る」ということを実感したんです。僕も高校時代には校歌を歌いながらパワーをもらっていました。

前田 校歌はめちゃくちゃ流れていたもんね。行事のたびに歌うのはもちろん、掃除の時間に延々と流れていたり。夏の地方大会で先輩たちが勝つたびに、スタンドで校歌を歌っていたし。

――1年生の夏はチームが愛媛大会で優勝して、甲子園に出場しました。おふたりはスタンドでの応援でしたが、成功体験が「やれば出来る」というフレーズとともに身に刻まれたのかもしれませんね。

前田「僕らもああやって歌いたいな」という思いを強くしていきましたね。

――それでも、済美ほどの強豪になれば各地から腕自慢が集まってきます。我の強い集団がまとまるのは大変ではないかと想像するのですが。

前田 みんな「プロに行きたい」とか「甲子園に自分が連れていく」といった猛者(もさ)が集まっていたと思います。上甲正典監督(故人)も「そういう気持ちのあるヤツが来い」と言っていましたし。

 でも、目標を達成するかしないか、ということ以上に人間を育むような練習が多かったように感じます。練習でしんどい時に助けてもらって、「今度は俺が助けよう」という気持ちが出てくる。あくまで目標は「自分が活躍して甲子園で優勝すること」だったんですけど、だんだんと「こいつらと一緒に……」という思いが芽生えてくるんです。

高岸 絆だね!

前田 ベンチ入りできなかった3年生は夏に向けてメンバーをサポートしてくれるんですけど、本当にすごいと思っていました。「俺が甲子園に連れていく」という気持ちで入ってきた人間が、試合に出られないのに献身的にサポートに回る。その気持ちを感じてプレーしていました。

――結局、社会に出ても自分が主役でいられることばかりではないですものね。

前田 他の野球部出身者もそうだと思いますが、「自分に何ができるか?」という役割を見つけられる人は多いんじゃないかと思います。

――おふたりの3年夏は愛媛大会決勝戦で敗れ、甲子園出場は果たせませんでした。「甲子園に出られなければ1回戦負けも決勝で負けるのも一緒」という考えの人もいますが、おふたりはどうでしたか?

前田 甲子園には出られなかったですが、それ以上に大事なものは手に入れられたと思います。仲間との人間関係や、指導者の方から受けた言葉。それは大人になってから気づいた財産ですね。

高岸 甲子園に行けなかった悔しさはもちろんあります。でも、その体験を糧に、みんな頑張れています。

前田 大学1、2年生の頃はそう思えなかったけどね。しばらくは甲子園を見るのもつらい時期があった。でも、いろんな経験を通して「野球に教えられた」ということに大人になって気づいていく。

高岸 高校生活3年間の全部が宝物ですから! あの時にいただいた愛媛全体からのパワーだったり、応援があるから、いま頑張れていると言い切れます。

――高岸さんの一語一語に力を込める独特の口調から、その思いが伝わってきます(笑)。

高岸 一番は「やれば出来る」という気持ちをみなさんの心にぶつけたいんです!

――僭越ながら、私もそんな思いを込めて『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない!』という本を書かせてもらったつもりです。いまだに野球留学生が「ガイジン部隊」と揶揄されてしまう風潮が残っているのも現実ですが、実際に留学を体験した人の話を聞くと「一生の仲間ができた」とか「留学先が第二の故郷になる」という話も聞きます。こうしたポジティブな面がより広まっていけば、野球留学生への厳しい見方も変わっていくのかなと感じます。

前田 僕にとって愛媛は縁もゆかりもない土地でしたけど、地元の保護者が面倒を見てくださったり、済美のバッグを持っているだけで全然知らない人から「頑張ってね!」と声をかけてくださったり、確実に励みになっていました。当時は甲子園しか頭にありませんでしたけど、気にかけてくれる地域の方々がいたから野球ができたんだと今になって感じます。僕のなかでは勝手に愛媛は故郷だと思っています。

――いずれ「愛媛で単独ライブをやりたい」という目標があるそうですね。

前田 お世話になったところに恩返しをしたい。それは僕らがやりたいことのひとつです。

高岸 野球自体への感謝の思いもあります。形はまだわかりませんけど、野球や愛媛に力を返していきたいですね。人間、どうしても落ち込んでしまうときもあるけど、どんな時でも前向きにさせられるようなコンビになっていきたいですね。

前田 まずは芸人としての実力が足りない部分ばかりなので、自分たちの実力をつけることが最優先かなと思っています。

――高岸さんは高校時代にドラフト候補に挙がるほどの選手でしたが、進学した東洋大ではヒジの故障で野球を断念しています。「ケガがなければ……」と野球を呪ってもおかしくないと想像してしまうのですが。

高岸 もちろん、ケガをした時は「投げられない、どうしよう」という思いはありました。でも、そこでバックアップに回って、みんなのサポートをするようになってから感謝の気持ちが出てきましたし、今でも本当にいい経験だったと思っています。

――高岸さんは高校時代からこんなキャラクターだったのですか?

前田 そうですね。もちろんミスした瞬間、落ち込む瞬間はあるんですけど、この業界に入ってみんながカバーしてくださるので、高岸もハッピーでいられるのだと思います。それは高校時代から変わらないかもしれないね。

高岸 本当にそう。だから、今度は僕が返す番なんです。全国各地の球児から、部活生から、勉強を頑張っている子まで、僕は全員を応援していきたいと心から思っています!