桜庭和志「グレイシー一族撃破」から20年(4)

 90分に渡る死闘として語り継がれる「伝説の桜庭和志vsホイス・グレイシー戦」から、5月1日で20年が経った。

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ヘンゾ・グレイシーにアームロックを極めた桜庭和志だったが......

 デビュー当時、桜庭はひとりの地味なプロレスラーだった。だが、1997年の『UFCジャパン』で勝利し、「プロレスラーは本当は強いんです!」と言い放ったのを機に、1999年の『PRIDE.8』ではホイラー・グレイシー、そして2000年の『PRIDE GP 2000』2回戦ではホイス・グレイシーと対戦することになる。

 ホイスとの対戦ルールは「1ラウンド15分の無制限ラウンド」という未知のもの。まさしくお互いのプライドをかけた決闘となったが、桜庭は相手をおちょくるような柔術技を繰り出しつつ、ホイスにほぼ何もさせない圧倒的な強さを見せた。

 気づけば試合は6ラウンドまで終了し、90分が経過。レフェリーは7ラウンドを始めようとし、桜庭も臨戦態勢だが、自軍のコーナーで座ったホイスは立ち上がる気配がない。明らかに慌てている様子の相手セコンド陣——。

 そして次の瞬間、ホリオン・グレイシーがタオルをリング内に投げ入れた。あの絶対に負けを認めないグレイシーに負けを認めさせたのは、桜庭和志という日本人プロレスラーだった。

 この衝撃的な瞬間は、勝利を信じて桜庭の自伝『ぼく。』の制作に奔走し、ホイス戦の当日に何とか発売までこぎ着けた私にとっても格別だった。

 うなだれるホイス、誇らしげに両手を掲げる桜庭、熱狂する観客……。この光景を想定して自伝を作ったのは間違いないが、桜庭が勝った瞬間は本のことなどすっかり忘れ、高田道場のスタッフたちと抱き合って喜んだものだ。

 しかも、桜庭が柔和な笑顔を浮かべながらホイス陣営に握手を求めにいくと、リングサイドにいた「グレイシー一族の長」であるエリオ・グレイシーも、笑顔を浮かべながら桜庭が差し出した手を握り返しているではないか。

 これまで、試合で敗れることがあっても「あれは真の決闘ではなかった」など、グレイシーはあらゆる理由をつけて頑なに負けを認めることはなかった。

 だが、桜庭はホイス陣営の要求をすべて受け入れたうえで勝負し、ホイス陣営が負けを認めるタオルを投げ入れたのだから、言い訳のしようがない。エリオの笑顔と握手こそが、真に歴史が変わった瞬間と言っていいだろう。

 桜庭は、エリオが認めた男となった。

 しかし、これでグレイシーとの戦いも終わりかと思いきや、その逆である。PRIDEは桜庭vsグレイシーという”ヒット企画”を本格的に継続スタート。また、グレイシーのなかにも当然、桜庭に借りを返したいと思っている選手がゴロゴロいた。

 2000年8月27日には、西武ドームで『PRIDE.10』が開催された。桜庭は「時代の寵児」となり、自伝『ぼく。』はホイス戦直後から飛ぶように売れた。メディアからも引っ張りダコになった桜庭は、すっかりお茶の間の人気者となった。

『PRIDE.10』のメインでエースとなった桜庭は、柔術だけでなく打撃やレスリングの技術も積極的に取り入れる”進化形グレイシー”ヘンゾ・グレイシーと10分2ラウンドのルールで対戦。

 この日の西武ドームは、うだるような暑さだった。そんな過酷な環境下でも、桜庭とヘンゾの実力者同士の一戦は、まさに手に汗握る緊張感のある試合となった。

 2ラウンド終盤、誰もが「これは時間切れ判定かな」「延長ラウンド突入か」と思った矢先、桜庭はヘンゾにバックを取られる。バックを取られるのは、通常では不利な状況だ。だが、桜庭はここからの”切り返し”を得意にしている。

「残り試合時間1分!」

 アナウンスを聞いた桜庭は、一気に切り返してヘンゾの腕をひねりあげて、得意のアームロックの体勢へ。腕は完全に極まっているが、ヘンゾはギブアップしない。ただそれでも、少なくとも有利な体勢で試合を終えることができるという計算は、桜庭にもあったはずだ。

 しかしよく見ると、ヘンゾのひじが”おかしな方向”に曲がっているではないか。折れたというよりは、関節が外れている様子。桜庭がレフェリーにアピールすると、試合はすぐさまストップとなった。

 桜庭はもちろん、相手を「壊してやる」と思うタイプではない。あくまで不可抗力だ。

 だが、真夏の暑さのなか、延長突入を覚悟していたファンからすれば、残り数秒で桜庭が劇的勝利をあげたのだから、またしても大歓声である。やはりスーパースターは「持っている」としか言いようがない。

 これでホイラー、ホイス、ヘンゾとグレイシーに3連勝した桜庭は、いつしか「グレイシーハンター」と呼ばれるようになった。これまで散々プロレスラーを撃破して名を挙げてきたグレイシーだが、そのグレイシーを次々に撃破していくプロレスラーが現れるとは思ってもいなかった。

 現に桜庭vsヘンゾが行なわれた『PRIDE.10』には、ついに日本最高峰のプロレス団体である新日本プロレスから、ケンドー・カシンこと石澤常光が参戦。あのライオンマークを背負ってグレイシー狩りに挑んだ。

 だが、”グレイシーの喧嘩屋”ハイアン・グレイシーは試合開始と同時にパンチでラッシュ。わずか136秒で石澤をKOしてみせた。

 こうなると、やはり桜庭の出番だ。激動の2000年を締めくくる12月23日の『PRIDE.12』でハイアンと対戦。残念ながらハイアンが試合2日前に肩を負傷したため、10分1ラウンドのみの特別ルールだったが、桜庭はテクニックでハイアンを封じ込めて判定勝利を収めた。

 今から20年前の2000年、桜庭はことごとくグレイシーを撃破して一世を風靡した。地上波テレビのゴールデンタイムで放送されるようになると、それがきっかけとなり、当初は何でもあり(バーリ・トゥード)だった野蛮な戦いは、徐々にルールや階級が整備されていき、競技としての総合格闘技(MMA/ミックスド・マーシャル・アーツ)へと進化していった。

(第5回につづく)