欧州スター選手列伝極私的バロンドール(9)ディディエ・ドログバ(2011-12) 貴重なゴールを奪ったディディエ・ドログバがヒザを折って滑り込み、目前のスタンドのサポーターたちと共に歓喜する。あるいは独走しながら、両手でリズムよく宙を切るよ…
欧州スター選手列伝
極私的バロンドール(9)
ディディエ・ドログバ(2011-12)
貴重なゴールを奪ったディディエ・ドログバがヒザを折って滑り込み、目前のスタンドのサポーターたちと共に歓喜する。あるいは独走しながら、両手でリズムよく宙を切るようなゴールパフォーマンス──。
数々の劇的なゴールで、チェルシーをCL初制覇に導いたドログバ
2011-12シーズンの欧州フットボールを振り返ると、何よりもまず、そんな光景が思い浮かぶ。
ただし、このシーズンを33歳で迎えたベテランFWは、年間を通してハイパフォーマンスをつづけたわけではなかった。とくにプレミアリーグでは、途中にコートジボワール代表としてアフリカ・ネーションズカップに参加したとはいえ、24試合5得点。トップレベルのストライカーにふさわしい数字ではない。また新任のアンドレ・ビラス=ボアス監督が求心力を失ったチームは、途中に監督交代を経て、リーグ戦を6位で終えている。
そんなチェルシーが欧州の舞台ではしぶとく勝ち進み、チャンピオンズリーグ(CL)で悲願の初優勝を飾った。その立役者がドログバだった。
もっとも、序盤戦はほとんどチームに貢献できなかった。自身の負傷や同じポジションを争うフェルナンド・トーレスの存在によって、ドログバにはグループステージ第4節まで出番が巡ってこなかった。
しかし、レバークーゼンとの第5節に先発すると、ボックス内で浮き球を処理して見事なターンから先制点。続く最終節のバレンシア戦は決勝トーナメント進出をかけた重要な一戦となり、そこでもドログバは2得点1アシストと3-0の快勝の原動力となった。
ナポリとのラウンド16は第1戦で1-3のリードを許したものの、ホームでの第2戦でまたしてもドログバがチームの窮地を救った。前半に豪快なダイビングヘッドで先制点を奪うと、スコアは3-1となり延長戦へ。そして105分にドログバが右サイドからグラウンダーのクロスを通し、ブラニスラフ・イバノビッチの決勝点をお膳立てした。
ケガによりベンフィカとの準々決勝にはほぼ出場しなかったが、バルセロナとの準決勝で先発に復帰すると、第1戦で試合唯一のゴールを挙げ、これが最後にモノを言った。第2戦ではペップ・グアルディオラ監督の率いる前季王者の反撃を受け2点を先行されながらも、後半アディショナルタイムにフェルナンド・トーレスのゴールで追いつき、トータルスコアで勝ち越し。ジョン・テリーの退場でひとり少なくなったあと、ドログバは守備にも奔走した。
不甲斐ないプレミアリーグでの戦いぶりもあり、チェルシーのCL決勝進出は予想外と言えるものだった。迎えた決勝でも、前評判では劣った。なにしろ、会場のアリアンツ・アレーナは対戦相手バイエルンの本拠地である。シーズン開幕前に名将ユップ・ハインケスを呼び戻していたドイツの名門は、ホームでの戴冠に王手をかけていた。
一方のチェルシーも、ビラス=ボアスのあとを引き継いだ暫定監督のロベルト・ディ・マッテオの下で団結力を増し、ダイナミックでタフな集団に仕上がっていた。とくに前指揮官と不仲だったと言われるベテラン勢──ドログバも含まれる──が調子を上げていき、決勝でも違いをつくった。
チェルシーはこのシーズンの自らを象徴するように、ファイナルでも何度か窮地に立たされた。均衡が破れたのは、83分。バイエルンのトーマス・ミュラーのヘディングがネットを揺らした時、観戦者の多くは下馬評どおりの結果に落ち着くと感じただろう。しかしその5分後に、フアン・マタのCKをニアサイドでドログバがきわめて強烈なヘッドを叩き込み、試合は延長戦へ。
延長前半早々にドログバがフランク・リベリを倒してPKが宣告されるも、アリエン・ロッベンのキックを守護神ペトル・チェフがストップ。二度の瀬戸際をくぐり抜けたチェルシーは勝負をPK戦に持ち込んだ。
3-3で迎えた後攻チェルシーの5人目のキッカーはドログバ。落ち着いてマヌエル・ノイヤーの逆にシュートを沈めると、この時ばかりは、ヒザでスライディングしたり、両手を左右に小刻みに突き出しながら走ったりもせず、成し遂げたことが信じられていないような、今にも泣き出しそうな表情でチェフと喜びあった。
前述したように、リーグ戦の不振もあり、ドログバはバロンドールのレースに加われなかった。2011年も2012年も、リオネル・メッシが選出されている。2位はどちらもクリスティアーノ・ロナウドで、3位はシャビ・エルナンデス(2011年)とアンドレス・イニエスタ(2012年)だ。
けれど、クラブフットボールでもっとも重視されるCLで、しかも数々のひりひりするような場面で、あれほど出色のパフォーマンスを見せたドログバを忘れるわけにはいかない。そして優勝したあとのあの表情を。
26歳でプレミアリーグにデビューしてチェルシーに50年ぶりのリーグ制覇をもたらし、30歳で初めて立ったCL決勝では辛い敗北を味わい、34歳でついに頂点を極めた遅咲きのストライカー。その歩みはチェルシーの黄金期の歴史でもあった。