文 鈴木友也 出典:SPOZIUM 2015年6月30日 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります) 前回までのコラムでは、露出中心の「メディア・ドリブン」から、消費者や事業者の購買心理・プロセスを包括的に捉え…

文 鈴木友也

出典:SPOZIUM 2015年6月30日

(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

前回までのコラムでは、露出中心の「メディア・ドリブン」から、消費者や事業者の購買心理・プロセスを包括的に捉えた「イシュー・ドリブン」への方向転換が求められている日本のスポーツ協賛活動の現状を整理するとともに、実効的な協賛の仕組みを検討するに当たっては”ホットボタン”を探す意識が重要になる点を解説しました。

協賛企業が身を置く業界には、業界固有の特性や共通する経営課題が必ず存在します。まずはそうしたイシューを見極め、同業他社との差別化を図るために必要なホットボタン(協賛企業の課題解決の決め手になるポイント)を探し出すのです。

2020年の五輪招致都市に東京が決定して以来、既に多くの日本企業がその公式スポンサーに名乗りを上げています。56年ぶりの母国開催ですから、国民から大きな注目を集めるのは間違いありません。高度経済成長の真っただ中にあった前回に比べ、日本企業も段違いの経済力を有しています。オリンピック開催決定を機に、多くの企業がスポーツ協賛を事業拡大のためのツールとしてその可能性に注目するようになっています。

しかし、先に述べたように日本でのスポーツ協賛活動はこれまで露出中心の「メディア・ドリブン」であったため、企業の持つ経営課題を解決するツールとしての協賛活動の経験値が低く、そのノウハウが十分に蓄積されていない状況です。私も協賛企業から相談を受ける機会が増えていますが、「技術やサービスはあるが、スポーツ協賛を通じた有効な展開方法が分からない」「協賛と言ってもメディア露出以外の効果をどう作り出して良いのかわからない」といった点が企業の抱える共通した悩みのようです。

こうした状況を受け、少しでも広く日本のスポーツ界に「イシュー・ドリブン」の協賛活動が根付くよう、このコラムでも今後代表的な協賛カテゴリについてそのホットボタンを整理し、スポンサー企業の具体的な協賛活動事例をご紹介して行こうと思います。

スポーツと相性の良い航空業界

まず、今回ご紹介するトップバッターは「航空カテゴリ」です。

2012年のロンドン五輪では、関連イベントへの参加で約83万人の観光客が海外から訪れました。東京五輪でも、約80万人の海外からの観光客を見込んでいます。

近年、「スポーツ・ツーリズム」が脚光を浴びるようになっていますが、スポーツは観光客を引き付ける大きな誘因の一つです。日本政府も2020年までに海外からの観光客を2000万人まで増やす目標を立てており、こうした動きの恩恵を受ける最大のカテゴリの一つが「航空カテゴリ」と言えるでしょう。

オリンピックやワールドカップといった短期開催型のメガ・イベントはもとより、米国4大スポーツにもほぼ例外なく航空カテゴリのスポンサーがついています。それだけ航空カテゴリとスポーツの相性は良いのです。

航空カテゴリの業界特性

では、航空カテゴリで実効的な協賛の仕組みを検討する上で、念頭に置くべき代表的な”ホットボタン”は何でしょう?そのヒントを考えるべく、まずは航空業界特有の課題・特性をおさらいしてみましょう。

一般的に、航空業界は損益分岐点を高い成熟産業であり、景気や燃料コストに業績が大きく影響される市況産業(価格変動の大きい産業)です。その一方で、サービス自体による差別化が難しいため(顧客は出発地から到着地まで基本的に機内の座席に座っているしかない)、価格が顧客のブランド選択を決める大きな要因となります。

しかし、近年格安航空会社(LCC)の参入により価格競争自体も激化しており、顧客争奪戦は厳しさを増しています。さらに、テロの脅威によるセキュリティーチェックの強化によりその煩雑さを避ける顧客も増え、近距離路線では電車などとの競合状況が加速しています。

また、法人総務部(出張の手配)や旅行代理店などを介したB2Bの販売比率が比較的高いことも業界特性の1つと言えるでしょう。

では、こうした業界特性を踏まえると、「既存顧客の忠誠度を上げ、囲い込みを進める」ことと、「他社からのブランドスイッチ(転換)を促し、新規顧客を獲得する」ことがホットボタンを考える上での大きな方向性になりそうです。

航空カテゴリのホットボタン

サービス自体での差別化が難しい航空カテゴリのような業界では、やはり「企業認知度の向上・ブランド好意の形成」が代表的なホットボタンになります。新規顧客を獲得するとともに、既存顧客(特にライトユーザ)の利用頻度向上につなげるのです。

また、価格感度の低い出張者などの「優良顧客の囲い込み」により、収益性を高める努力も不可欠です。そのためには、法人営業で重要な役割を果たす「総務担当者や旅行代理店のおもてなし」も重要なホットボタンになるでしょう。

新規顧客獲得においては、将来的に有望な顧客となる若者や他社の利用者情報を集め、顧客基盤を拡大する「潜在顧客情報の収集」や、ブランドスイッチを促すための航空券のプレゼントやシートの体験サービスなどを通じて他社とのサービスレベルの違いを実感してもらう「サービス体験機会の提供」も有効なホットボタンになるでしょう。

これらは、航空業界に共通した課題を受けたホットボタンに過ぎず、企業固有の経営課題を踏まえれば、さらにホットボタンは増えることになりますが、基本的な考え方はご理解いただけたのではないかと思います。次回は、こうしたホットボタンを踏まえた上で、実際の航空カテゴリの協賛事例をご紹介します。

<航空カテゴリの主なホットボタン>

企業認知度の向上
企業の認知度を高めたり、ブランド好意を形成することで新規顧客獲得・利用頻度向上につなげる

優良顧客の囲い込み
出張者などの優良顧客を囲い込むことで収益性を高める

総務担当者や旅行代理店のおもてなし
B2B販売で重要な役割を果たす法人総務部や代理店の担当者をおもてなしし、良好な関係を維持する

潜在顧客情報の収集
将来的に有望な顧客となる若者や、他社の利用者情報を収集し、顧客基盤を拡大する

サービス体験機会の提供
航空券のプレゼントやシートの体験サービスなどを通じて他社とのサービスレベルの違いを実感してもらい、ブランド乗り換えを促す

鈴木友也

トランスインサイト株式会社 代表
1973年生まれ。一橋大学法学部卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、マサチューセッツ州立大学アムハースト校に留学(スポーツ経営学修士)。2006年より現職。日本のスポーツ組織、民間企業、メディアなどに対してコンサルティング活動を展開。高校まで野球部、大学時代はアメフト部所属。