文 鈴木友也 出典:SPOZIUM 2015年5月22日 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります) 前回のコラムでは、NFLジャクソンビル・ジャガーズと地元でガソリンスタンド兼コンビニチェーンを展開するデイリ…

文 鈴木友也

出典:SPOZIUM 2015年5月22日

(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

前回のコラムでは、NFLジャクソンビル・ジャガーズと地元でガソリンスタンド兼コンビニチェーンを展開するデイリーズ(Daily’s)との協賛活動を参考事例として取り上げました。石油サービス業界では、「容易でない競合との差別化」と「クロスセルの機会ロス」が業界に共通する課題(イシュー)でした。

「ホットボタン」は「イシュー」の裏返し

1つ目の課題に対するホットボタンは、「ガソリンはどこで入れても同じだという消費者の意識を変え、受け身の商売を転換する」ためのスイッチと言い換えることができるでしょう。2つ目のホットボタンは、「運転手をコンビニまで連れ出す」ための秘策です。

こうしたホットボタンを踏まえ、ジャガーズとデイリーズが考え出したソリューションが、仮想通貨「ジャグ・ダラー」(JAG Dollar、以後「JD」)でした。JDは、ジャガーズのホームスタジアム、「エバーバンク・フィールド」(EverBank Field)内の公式ショップや売店でのみ利用できる割引クーポンです。

割引クーポン自体は真新しいアイデアではありませんが、このJDの優れた点は、その運用ルールの設計にあります。この中に、先ほど解説したホットボタンの発想が生かされているのです。

消費者の意識と行動を変えたJDプログラム

デイリーズでは、以下の条件を満たした運転手がそのレシートをコンビニ内のレジまで持参すると、引き換えに相応のJDがもらえるルールになっています。

• 10ガロン(約40リットル)以上の給油 ⇒1ドル相当のJD
• オリジナル・サンドイッチの購入 ⇒2ドル相当のJD
• プレミアム洗車の実施 ⇒3ドル相当のJD

もうお分かりですね。デイリーズがチェーンを展開するジャクソンビルには、言うまでもなく多くのジャガーズファンが住んでいます。ファンにとって割引クーポンは、少額とはいえ「あったら嬉しい」ものです。JDキャンペーンにより、「ガソリンはどこで入れても同じ」と思っていた多くのファンは、デイリーズを意図的に選択するようになります。これで1つ目のイシューは解決です。また、JDの引き換えをコンビニのレジで行うことから、カード決済の運転手もレジまで連れ出すことが可能になります。これにより、2つ目のイシューも解決です。

サンドイッチの購入や洗車の実施など、給油以外のメニューに誘導するインセンティブ設計になっている点も見逃せません。コンビニ内への誘導だけでなく、給油所のメニューの中でもクロスセルが生まれる工夫が施されているのです。

業界別にホットボタンを整理せよ

実はこのJDプログラムは、実に10年以上前に考案され、石油サービスカテゴリの協賛企業に対して提供されてきた歴史あるプログラムです。その間、協賛企業は何度か変わっているものの、基本的な運用の発想は同じです。イシューを的確に捉え、それに対して実効的なソリューションを提供できる仕組みは色あせないのです。

優れた経営コンサルティング会社が社内で業界別にノウハウを蓄積・共有しているように、優れたスポーツ組織はカテゴリ別にホットボタンを押さえており、協賛企業の悩みにすぐに対応できる準備を整えています(プロスポーツでは、基本的にフランチャイズ制で各球団の市場が守られているため、ノウハウを共有しても顧客の奪い合いになることはありません。その意味では、こうしたナレッジ・マネジメントはリーグ機構の仕事と言えます)。

次回以降のコラムでは、主なカテゴリのホットボタンを、事例集のような形でご紹介して行こうと思います。

鈴木友也

トランスインサイト株式会社 代表
1973年生まれ。一橋大学法学部卒業後、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、マサチューセッツ州立大学アムハースト校に留学(スポーツ経営学修士)。2006年より現職。日本のスポーツ組織、民間企業、メディアなどに対してコンサルティング活動を展開。高校まで野球部、大学時代はアメフト部所属。