大学球界に無双の左腕がいる。東北福祉大の左腕・山野太一(4年)だ。 昨年は、仙台六大学の春のリーグ戦で36イニング連続…
大学球界に無双の左腕がいる。東北福祉大の左腕・山野太一(4年)だ。
昨年は、仙台六大学の春のリーグ戦で36イニング連続無失点を記録するなど、5戦5勝、防御率0.00の成績を残し、最優秀投手賞を受賞した。

ここまでリーグ戦19勝0敗という圧倒的な成績を残している山野太一
そのあとに行なわれた全日本大学選手権の2試合(2回戦、準々決勝)でも、それぞれ6イニングを無失点に抑える好投で公式戦の連続無失点を48イニングに伸ばした。秋のリーグ戦で失点を許して連続無失点記録は70イニングで途切れたが、5勝をマークして、春・秋ともにリーグ戦優勝の立役者となった。
「昨年はランナーがサードにいても、あまり点を取られる気はしませんでした。たとえば、一死一、三塁の場面でも楽な気分で投げられていましたし、自然と記録は伸びていってくれました。ただ、記録は自分だけの力ではないですし、本当に守ってくれた野手のおかげ。そう思える場面が何度もありました」
山野の最大の特長は、力感のない、ゆったりとした投球フォームだ。相手打者はまともにタイミングを取らせてもらえず、ある時は泳がされ、またある時は差し込まれ、凡打の山を築く。
リリースポイントもギリギリまで隠れているため、140キロのストレートでも打者は球速表示以上の速さを感じてしまう。さらに、変化の違う複数のスライダーを使い分けるなど、大学球界屈指の左腕といえよう。
普段の山野はとても明るい性格で、豪快に笑う表情が印象的だ。
「普段は周りの仲間とじゃれ合っています。暗くなったり、落ち込んだりすることもないですし、素の自分はいつもこんな感じです」
だが、気持ちを一旦オンに切り替えると、一転して勝負師の顔に変貌する。それは普段の練習でも同じで、ブルペンでも黙々と投球間隔を空けずに腕を振り続け、平均100球、多い時には200球のボールを投げ込んでフォーム固めをする。
「野球は勝負の世界ですし、ヘラヘラしてやるものでもないと思っています。1球ですべてが変わる世界ですし、『ブルペンだから』という考えじゃなく、日頃から1球1球を実戦と同じ意識で投げています。その空間で自分がどれだけ集中して投げられるか。そこが重要で、試合にもつながってくるんじゃないと思っています」
山野は身長172センチ、体重77キロと、決して体格に恵まれているわけではない。高川学園中等部(山口)時代は、チームメイトに比べ体はひと回り小さく、投手志望ではあったが試合で投げられるかどうかのレベルだった。中学最後の試合でも守ったポジションはセンターだった。
そんな山野が変わったのは、高川学園高等部に進んでからである。
「食事が一番ですね。高校に入った時は身長が160センチあるかないかで、体重も50キロくらい。とにかく食べました」
ごはんを朝3合、昼2合、夜3合食べるという、いわゆる”食トレ”だ。その効果もあって、高校3年時には170センチまで身長が伸び、体重は70キロに達した。
「野球のセンスは、自分で言うのもなんですけど、もともとあったほうだと思います。それが高校に入って、体力が技術に追いついた感じで、そこから変われたのかなと思います」
ストレートの球速はグンと上がり、2年夏にはチームの主戦を任されるようになった。そして3年夏にはエースとして甲子園に出場し、履正社(大阪)の寺島成輝(現ヤクルト)と投げ合った試合は、今でも高校野球ファンの間で語り草となっている。
高校卒業後、東北福祉大に進学し、1年春からおもに先発として起用され、リーグ戦で6試合に登板し4勝0敗、防御率0.29。いきなり最優秀投手賞に輝いた。
最高のスタートを切った山野の大学生活だったが、いいことばかりは続かなかった。
1年秋に左肩を痛めて戦線離脱。リーグ戦の登板はわずか1試合のみに終わった。2年春は5試合に登板して4勝を挙げ、防御率1.13と好成績を挙げるも、その秋は相手チームの厳しいマークにあってわずか1勝しか挙げられず、防御率も3.72と本来の調子とはほど遠い内容だった。
「春はうまくいってないわりに、頑張ってなんとかやっていた部分があったのですが、その後は納得いくピッチングがずっとできなくて……」
中継ぎで登板したある日、思うような投球ができず、ベンチに戻ってきた山野はその怒りをグラブにぶつけてしまった。やってはいけないことと知りながら、感情を抑えることができなかった。その様子を、東北福祉大の大塚光二監督は無言の圧力をかけるかのように、じっと見つめていたという。山野が振り返る。
「こんなんじゃ(プロは)無理だなと思いました。それこそ、普段の取り組みから変えていかなきゃいけないと……試合でもフォアボールを出して崩れることが多かったので、とにかくフォームを安定させられるよう、トレーニングを積みました。それが3年春の安定したピッチングにつながったのかなと思います」
冒頭でも記したように、3年になった山野は安定感抜群のピッチングを見せ、11月には侍ジャパン大学代表の選考合宿に召集され、代表候補35人のなかに選ばれた。そこで山野は、今の自分の実力を知ることができたという。
「初めてああいう場に立たせてもらって、全国レベルの高さを感じましたし、自分が今、どれくらいの位置にいるのか再認識できたというか、明確にすることができました。東京六大学のピッチャーと比べた時に、『まだまだ』と思う部分がありましたし、すごくいい経験になりました」
オフにはソフトバンクの工藤公康監督の現役時代の投球フォームを参考に、フォームを見直した。軸足から体重移動する際、一瞬だけ目線を足元に落とすマイナーチェンジ。手応えは上々だった。
「昨年まではプレートを押し込むという意識はなかったのですが、このオフから軸足で地面を噛むようにイメージしています。あと、あまりキャッチャーばかり見続けていると、頭が前に出てしまうので、目線を一度外す意味も含めて、そういうフォームにしました」
昨シーズンは、ソフトバンクからドラフト3位で指名された津森宥紀(ゆうき)がうしろに控えていたこともあり、精神的な部分で甘えがあったと、山野は言う。
「春は(リーグ戦を)投げ切る体力があったんですけど、1年を通してとなると、まだまだだなと思うんです。それが秋のリーグ戦後半のバテにもつながったのかなと……。昨年までは津森さんがうしろにいたので、安心して投げられていた部分もあったんですけど、今年は完投、完封できる体力をつけて、(投手陣の)軸としてやっていかなきゃいけない」
この春のブルペンでは「大学生活で一番」と感じるほど力のあるストレートを投げ込んでいた。ここに多彩な変化球と投球術が加われば、昨年以上の数字も期待できる。山野は今季の目標について、次のように語る。
「目標はやっぱり無失点。昨年の記録を超えたいですし、チームとしても日本一を目指したい」
いまだ新型コロナウイルスの影響でリーグ戦開幕のめどは立っていないが、無失点男は静かにその時を待つ。