「オープン球話」連載第18回(第17回はこちら>>)【バッシングを受けたスカウト時代】――前回から、八重樫さんのスカ…

「オープン球話」連載第18回(第17回はこちら>>)
【バッシングを受けたスカウト時代】
――前回から、八重樫さんのスカウト時代について伺っています。今回は指名した選手、指名できなかった選手を、具体的に伺っていこうと思います。
八重樫 でも、スカウトの話は難しいんだよね……。
――いろいろ差し障りがあるということですか?
八重樫 プロとアマチュアとの間にいろいろな決まりがあるし、暗黙の了解みたいなものもあるし、相手もあることなので、どこまで話していいのか……。それに、インターネットでも、僕と岡林(洋一)がファンの人から叩かれているし(苦笑)。
中澤雅人(前列中央)ら、2009年のドラフト会議でヤクルトから指名を受けた選手たち
――まさに、そのことも伺おうと思っていました。インターネット上ではスカウト時代の八重樫さん、岡林さんに対して、「どうしてあの選手を指名しなかったんだ」とか、担当した選手が活躍できないまま早々に退団すると、「なんであんな選手を獲ったんだ」など、さまざまな非難が集中しましたよね。
八重樫 きちんと見ているわけじゃないけど、いろいろ言われているのは知っていますよ。「どうしてあの選手を指名しなかったんだ」という声に関しては、前回の秋山翔吾の時にも言ったけど、こちらが「いい選手だ」と思っても、「どうしてもピッチャーがほしい」とか、「数年後を見据えて高校生野手が必要だ」とか、その時のチーム事情で指名どころか、最初から「見なくていい」と言われることすらありますからね。
――では、「なんであんな選手を獲ったんだ」という批判に対しては、どう反論しますか?
八重樫 いやいや、別に反論するつもりはないですよ。プロは結果がすべての世界だし、活躍できないで辞めていったのは事実ですから。でも、そこにはプロ入り後に致命的な故障をしたとか、指導者との間で指導方針にブレがあったとか、いろいろな事情があります。いい素質を持っているのに、本人の問題で結果が残せなかった例もありますよ。まぁ、そういう性格を見抜けなかったこちらにも問題はありますけど……。
――先ほどお話に出た「暗黙の了解」というのは、どのようなことですか?
八重樫 たとえばスカウトになったばかりの頃のことだけど、「直接会話していいのは監督だけ」という決まりを聞いていたから、選手に声をかけることはしないで、愚直にそれを守り続けていた。だけど、どうやら他のチームのスカウトは直接、選手たちと話をしているらしいということがわかったんだよね。そういうことは誰も教えてくれないから、しばらくしてから気づいたんだけど。
――八重樫さんの職業倫理感はもちろん理解できるけれど、時には清濁併せ呑むようなしたたかさや狡(ずる)さも、スカウトに必要なのでは?
八重樫 うーん、そうなのかもしれないけど、僕はうまくできなかったな。どことは言わないけど、チームによっては選手本人だけでなく、親にもアプローチしているところもあったらしいからなぁ……。
【各球団によって異なるスカウティング事情】
――スカウトの年間スケジュールというのは、どのようなものなんですか?
八重樫 2月には、その年のドラフトの獲得方針を決めて、即戦力で必要なポジション、数年後を見据えて獲得したいポジションを絞り込んでいく。それから、高校、大学、社会人とあるけど、基本的にはそれぞれの大きな大会はもちろん、そこから逆算して予選を見に行くことが中心かな。そして、それ以外の期間に担当地区の有望選手を見に行き、選手の状態を確認しつつ、監督や関係者にあいさつをしたり、情報収集をしたり、そんな感じですかね。でも、そう自由には行けないんですけどね。
――「自由には行けない」というのはどういうことですか?
八重樫 大会本番はともかく、練習試合程度では球団の許可が下りないこともあったから、行きたくても行けない、見たくても見られない。そんなことは結構ありましたよ。
――それは、予算上の問題ですか? 八重樫さんは北海道と東北担当でしたが、横浜在住ですから、選手を見るためには当然、交通費、宿泊費が必要になりますよね。
八重樫 予算の問題なのかどうかはわからない。でも、「行きたい」と言っても、「別にまだ必要じゃないのでは?」と言われることもあった。実際のところ、大会直前ぐらいじゃなきゃ許可は下りなかったからね。だから、スカウト時代のことはあんまりしゃべりたくないんだよ。不満ばっかり出てくるから(苦笑)。
――他球団の場合は、そんなことはないんですか?
八重樫 球団によって、それぞれ事情がありますからね。もちろん、現地に住んでいる駐在スカウトもいれば、僕のように仙台出身だから、地元の東北を中心に関東から通いで担当するスカウトもいますし、育成制度を積極的に活用している球団、そうじゃない球団でも、選手獲得方針に違いがある。巨人はいろいろなところに自由に出かけて、積極的に動いているイメージがありましたね。
【初めて獲得した曲尾マイケの思い出】
――さて、具体的に伺っていきます。八重樫さんがスカウトになった1年目の2009年ドラフト。ヤクルトは1位・中澤雅人(トヨタ自動車)、2位・山本哲哉(三菱重工神戸)、3位・荒木貴裕(近畿大学)、4位・平井諒(帝京五高校)、5位・松井淳(日本大学国際関係学部)と続き、育成1位・曲尾マイケ(青森山田高校)、育成2位・麻生知史(日本大学国際関係学部)を指名しました。
八重樫 この年の目玉は花巻東高校の菊池雄星だったんですよ。ということは僕の担当です。でも、雄星の場合は誰が見ても「一流になるだろう」というのはわかりますし、12球団すべてが注目する選手でしたから。ドラフト前に12球団の関係者が集まって、各球団30分ずつ花巻東高校で本人や監督と話をしたことがありましたね。
――各球団30分ずつ、入れ替わりで条件提示などを行なったんですか?
八重樫 具体的な提示をしたかどうかは覚えていないけど、「もし雄星選手がヤクルトに入ったら……」ということを、当時のスカウト部長の小田義人さんと話をしました。ヤクルトの前が広島だったんだけど、広島は雄星を指名する予定がなくて、5分でミーティングを終えたんだよね。で、当時の広島のスカウトが「八重樫さん、うちの残りの25分も使っていいからね」と言われたことはよく覚えてる(笑)。
――結果的に菊池雄星選手を1位指名したものの抽選で外してしまいました。この年のドラフトで八重樫さんの担当した選手は他にいましたか?
八重樫 育成1位の曲尾マイケは青森山田だったから、僕の担当ですよ。バッティングはいいし、足が速いから身体能力も抜群だった。「これは伸びるぞ」と思ったので、球団に推薦したんだけど、「うちでは育成でしか獲れない」ということになって、育成1位になった。だけど、うちには育成システムがまだ確立していなかった。そして、いろいろあって、野球に専念できなかったのが残念だったな……。
――曲尾選手は「池山2世」として期待されていましたが、支配下登録されることなく、3年目となった2012年オフに自由契約となってしまいました。
八重樫 そうですね。初めて自分が担当して入団した選手だったし、すごく期待をしていただけに、とても残念だった。この年のドラフトでは、直接の担当ではなかったけど、3位の荒木貴裕は近畿大学時代に僕も見に行きました。荒木は小田さんが担当だったんだけど、一緒に見に行って「なかなか思い切りがいいバッティングをするな」って感じたことは覚えているな。
(第19回につづく)