レアル・マドリード王者の品格7 2018年6月、レアル・マドリードを率いるジネディーヌ・ジダン監督は、世界を驚かせて…

レアル・マドリード王者の品格7

 2018年6月、レアル・マドリードを率いるジネディーヌ・ジダン監督は、世界を驚かせている。チャンピオンズリーグ(CL)3連覇を成し遂げた直後、唐突に退任を発表したのだ。

「マドリードが勝ち続けるには、変化が必要なのです」

 ジダンは、辞任の理由をそう語った。常勝を義務づけられたチームを統率するストレスは尋常ではない。消耗は激しかったはずだ。

 しかし理由がやや具体性を欠いたことで、憶測も広がった。フロレンティーノ・ペレス会長との軋轢である。


2003-04シーズン、デイビッド・ベッカムの加入で完成した

「銀河系軍団」の面々

 ペレス会長は、2009年6月から2度目の会長職を務めている。銀河系軍団をつくった時の独裁色は消えたが、その性格は変わらない。スペイン代表GKケパ・アリサバラガ(現チェルシー)を現場に押し付け、困惑させた(ジダンは当時レギュラーのコスタリカ代表GKケイロル・ナバスを支持し、契約を事実上、拒否した)。そしてクリスティアーノ・ロナウドの高額年俸要求をはねつけ、交渉は決裂。ジダンの次の監督人選も行なっていたと言われる。

 ジダンにとって、欧州3連覇でチームを離れることが最大の反抗だったのでは――。ペレスは非情なリーダーと言える。ただ、多くの優れたリーダーは非情であり、彼もその例に漏れないだけなのかもしれない。管理者としてリスクヘッジは当然だ。

 ともあれ、ジダンの辞任はペレスの権力の在りようを浮き彫りにした。

 ジダンが去ることを決断した時点で、ほとんどの有力監督が来季の契約を結んでいた。そこで、思い余ったペレス会長は禁じ手を打っている。スペイン代表を率いていたフレン・ロペテギと強引に交渉に入り、ロシアワールドカップ開幕2日前に契約を発表したのだ。その結果、指揮官を失ったスペイン代表は空中分解し、ベスト16で敗れ去った。

 当然、ペレスはスペイン中の批判を受けた。

 話の続きがある。ペレスは4カ月足らずで、成績不振のロペテギをあっさり解任。カスティージャの監督をしていたサンティアゴ・ソラーリを抜擢したが、同シーズン中に再び解任している。そしてジダンに再登板を乞うたのだ。

 レアル・マドリードの会長は並の精神力ではできない。それは、現場の指揮を託される監督も同じである。

「マドリードでは、誰も満足しない。周りの要求は高くなり続ける。だから、我々はどんなチームよりも強い」(ラウル・ゴンサレス)

 強さを求めて膨張し、破裂した「銀河系軍団」の結末は何を示唆するのか――。

 2003-04シーズン、CLで準々決勝に進んだレアル・マドリードは、モナコと激突している。第1戦は、サンティアゴ・ベルナベウで4-2と勝利を収めた。冷遇を受け、モナコ移籍を余儀なくされたFWフェルナンド・モリエンテスにアウェーゴールを叩き込まれたのは不安要素だったが、勢いはあった。

 アウェーでの第2戦もラウルが先制に成功した。多くの人が、準決勝進出は決まりと考えた瞬間だろう。事実、現地では番記者たちが準決勝に向けた資料を漁り出したほどだった。

 しかし、異変が起こる。

 レアル・マドリードの選手の足が止まった。「あとは守るだけ」。そんな慢心か、心ここにあらず、だった。世界最高のアタッカーを揃えたチームは、そもそも守り切れる陣容ではない。前半終了間際に1点を返され、後半開始直後にモリエンテスに2戦連発ゴールを浴びると完全に浮足立ち、押し切られる形で3-1と逆転された。反撃に転じるべきだったが、戦意を失い、アウェーゴール差で敗退したのだ。

「敗北は予告されていた」

 ゴールを守っていたGKイケル・カシージャスの回顧である。フェルナンド・イエロ、クロード・マケレレのような守備の重鎮を放出したつけは明らかだった。豪華な布陣は、中身を欠いていた。

「シーズン前半までの好成績は見せかけで、本当のところは何もうまくいっていなかった。チームは闘争心のかけらも見えず、反撃する術がなかったね。後ろから見ていて、あり得ない光景が広がっていた」

 銀河系軍団は、その幻想を打ち砕かれた。このあと、ホームでのクラシコで0-3と完敗。なんと5連敗を喫し、リーグ戦は4位に終わった(優勝はバレンシア。レアル・マドリードは最多得点だったが、失点数は12位で下から数えた方が早かった)。

 ペレス会長はひとり、幻想にしがみついた。2004-05シーズンはイングランド代表マイケル・オーウェン、ジョナサン・ウッドゲートを獲得。スター性を加味したが、2人ともスペインの水に馴染めなかった。ウッドゲートに至っては「彼を見られたらラッキー!」と揶揄されるほどで、リーグ戦出場は2シーズンで9試合だった。

 2005-06シーズンも、ペレスはブラジル代表ロビーニョを獲得し、ご満悦に見えた。しかし、銀河系軍団は張りぼて同然だった。さらに冬にはイタリア代表アントニオ・カッサーノを獲得するが、一向に巻き返せず、ロナウジーニョを擁するバルサの引き立て役となった。

 ペレスのマドリードは3シーズン連続で無冠に終わっている。カルロス・ケイロス、ホセ・アントニオ・カマーチョ、マリアーノ・ガルシア・レモン、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ、フアン・ラモン・ロペス・カロ。5人の監督をとっかえひっかえしたが、そのたびにチームは迷走を深めた。

 2006年7月、ラモン・カルデロンが新たに会長に就任したが、混乱は尾を引いた。

 2006-07シーズン、カルデロン会長は、管理主義者として知られ、規律を与えられるファビオ・カペッロ監督を招聘し、ファビオ・カンナバーロ、エメルソン、アマドゥ・ディアラなど守備的選手を補強した。一気に路線変更し、”銀河系軍団の清算”に努めた。結果、リーガ優勝を果たしたが、「つまらない」と不人気で、カペッロは1年で去った。

 2007-08シーズン、ベルント・シュスター監督のもとでリーガは連覇した。しかし、CLは2004年から2010年まで6シーズン連続でベスト16止まり。バランスを失ったレアル・マドリードがもがき苦しむ一方、ジョゼップ・グアルディオラ監督が率いる宿敵バルサは我が世の春を謳歌していた。

 その状況に杭を打ち込んだのは、皮肉にも再び返り咲いたペレス会長であり、その彼が招いたジョゼ・モウリーニョ監督だったのである。
(つづく)