オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定してから、注目され続けているキーワードのひとつが「おもてなし」。2013年の流行語大賞にもなった「おもてなし」という言葉は、そもそも「心のこもった待遇」のことで、他者に無償で何かをして…

オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決定してから、注目され続けているキーワードのひとつが「おもてなし」。2013年の流行語大賞にもなった「おもてなし」という言葉は、そもそも「心のこもった待遇」のことで、他者に無償で何かをしてあげたいという日本が誇る文化のひとつ。そんな日本人の優しい気持ちを形にした、おしゃれなマークとグッズが誕生した。

誰でも気軽にはじめられる、小さな「おもてなし」

この言葉を具体的に表すかのように、2013年以降、街のバリアフリー化や、多言語による道案内の設置など、訪日外国人や障がいのある人などを「おもてなし」するための、さまざまな取り組みがされてきた。

一方で、個人レベルで見てみると、おもてなし精神はあるけれど自分からはなかなか声をかけられない、など内気な人が多いのもまた日本人の特徴。

そんなシャイな日本人の「他者のために何かをしたい」という気持ちを可視化したのが「マゼンタ・スター」というマークだ。今までにもマタニティマークやヘルプマークなど、妊婦さんや障がいのある人などの当事者がカミングアウトをするマークはあったが、マゼンタ・スターはサポートを必要とする人に対して、サポートしたい人が協力者であることをカミングアウトするためのもの。しかも、一見福祉系のマークとは思えない、マゼンタカラーと星のマークを組み合わせたファッショナブルなデザインが特徴となっている。

このマークを考案し、グッズの制作をはじめ、企業とのコラボレーションや講演など幅広い活動をしているのが、東京大学の学生、飯山智史さんと町田紘太さんが共同で代表を務める「EMPOWER Project」だ。

「おもてなし」に代表される日本人の思いやりの心に秘められた大きなパワーと可能性について、飯山さんと、「EMPOWER Project」発足に大きな影響を与えた、東京大学の井筒節准教授にお話しを伺った。

マゼンタ・スター誕生のきっかけは、世界目標「SDGs」
東京大学総合文化研究科・教養学部 教養教育高度化機構 国際連携部門 特任准教授 井筒節さん(左)、東京大学医学部健康総合科学科 飯山智史さん(右)

飯山さんは東京大学医学部の健康総合科学科に在籍中の現役の学生だ。井筒准教授はかつて国連に勤務しSDGs(※1)の策定に携わっていたこともあり、2016年に授業の一環として、飯山さんを含む学生たちと共にNYの国連本部を訪れたそうだ。そこでSDGsが目指す「誰一人取り残さない世界」の概念について学び、感銘を受けた飯山さんたちは帰国後、NYでの学びを形にするためにUNiTeという学生団体を立ち上げた。※1 SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、17のゴール・169のターゲットから構成されている(外務省HPより)。

「井筒准教授の授業を通して学んだことなんですが、たとえば街にスロープやエレベーターを増やすことで、車いすを使っている人が暮らしやすい環境をつくることができます。あるいは視覚に障がいのある人のためには点字ブロックを増やすことができます。でも、精神障がいや知的障がいのある人の場合は、困っていることやニーズが一人ひとり違うので、これをやれば暮らしやすくなるという制度や設備を作りづらいんです」

こうした問題に取り組むため、飯山さんと町田さんはユナイトの活動の一環として、SDGsが掲げる「誰一人取り残さない世界」をコンセプトにEMPOWER Projectというプロジェクトを立ち上げた。

『人や国の不平等をなくそう』の色、マゼンタに込めた思い

マゼンタ・スターをデザインするにあたり、飯山さんたちが意識したのは、福祉などに普段は興味のない人たちにこそ身に着けて欲しいということ。そのため、あえていかにも福祉系というデザインではなく、誰もが「身に着けたい」と思えるようなデザインにこだわった。また日本だけでなく世界中に広めるということも念頭に置いていた。そこで生まれたのがマゼンタカラーの円の上にグレーの17角形、その上にマゼンタカラーの星を配したデザインだ。

「マークの名前にもなっているマゼンタカラーは、SDGsの17ある目標のうち僕たちの目指す世界にぴったりの10番目『人や国の不平等をなくそう』を表す色です。それから、グレー部分は、SDGsの目標の数を表す17角形。星の部分は英語の言葉を入れるとか、ハートマークを使うといった案もありました。でも、世界には英語がわからない人もいますし、ハートなどのマークは国によっては使えないケースもあります。そこで注目したのが、世界の三分の一以上の国が国旗に使用している星でした。アメリカもEUも中国も北朝鮮も、イスラム圏の国でも使われている星を使うことにしました」

こうして誕生したマゼンタ・スターを、缶バッジやステッカー、キーホルダーなどのグッズにして、多くの人に身に着けてもらえるように活動を開始。自治体協力のもとイベントへ出展したり、ワークショップを企業と共催したりと徐々に活動を輪を広げた。

また、2017年の12月には国連NY本部で行われた「国際障害者デー」のパネルディスカッションに招待され、協力者カミングアウトについて発信。また2018年10月には、フィリピン共和国大統領特別特使の主導のもと、世界各国の保健大臣が集まり開催された会議に招待され、EMPOWER Projectについて発表をするなど、世界からもマゼンタ・スターは注目されるようになっている。

これからの時代、属性分けするのはナンセンス

飯山さんたちは、マゼンタ・スターを付けた人たちの活動を「助ける」とは言わず「協力」と言う。そこには「助ける人」「助けられる人」という属性をなくしたいという思いがあった。

「そもそも『助ける人=障がいのない人』『助けられる人=障がいがある人』という属性をつくること自体がナンセンスだと思うんです」と町田さん。その属性を取り払うため、EMPOWER Projectでは、マークを身に着けた人たちを「協力者」と呼ぶことにした。

「サポートを必要としている人たちがマークをつけてカミングアウトするということは、当事者が『自分は助けられる側の人間なんだ』と、自分自身にネガティブなレッテルを貼ってしまうことにもつながります。このマークを作ってから、障がいのある方たちから『今まで自分は助けてもらう側の人間だと思っていたけれど、このマークをつけるようになって、自分も協力者でいいんだと思えるようになりました』とお礼を言われることが増えました。自分自身への偏見を取り除くことができたというのは、僕たちのプロジェクト名にもなっているEMPOWER(力を与える)に通じるので、すごく嬉しかったです」

「障がい者支援をするにあたりツイン・トラック・アプローチという2つのアプローチを同時進行するという方法があります。1つはすべての制度・環境・情報などに障がいの視点を入れていきましょうというユニバーサルデザイン的なメインストリーミング(※2)。もう1つは、障がいのある人それぞれのニーズに対応していこうというエンパワーメント。この両方が必要なんですよね。国連でも以前は、難民や女性、障がいのある方に対して脆弱な人々、弱い人という言葉を使っていましたし、SDGsの中にも、少しその表現が残っています。しかし、最近では国連はそういう言い方をしなくなってきていて、SDGsの文脈の中では、marginalised population(周辺化された人々)と表現するようになってきています。どういうことかというと、少数派の人たちは、世の中のそうじゃない多数派の人たちが一部意図的にカテゴライズしているから追いやられるのであって、本人たちの属性に問題があるわけではないという考え方です。まさにEMPOWER Projectの考え方と相通じています」※2 障がい者政策におけるメインストリーミングとは、障がい者と健常者を区別せずに共に社会生活を送ろうとする試み。

心がけひとつで、誰もがヒーローになれる世界

飯山さんたちの活動が広まるにつれ、小学校や中学校に招かれ、人権教育や障がいに関する授業を行うことが増えてきている。その中で飯山さんは、子どもたちの素直なとらえ方に期待をしていると言う。

「小中学校に行って感じることですが、子どもの方が、『誰一人取り残さない世界』という考えを素直に受け止めてくれる気がします。大人は理屈ではわかっていても『そうは言っても』とか、『難しいことがたくさんあるよね』と考えてなかなか行動できない方が多いのが現実です。でも、子どもたちに『これを着けているときだけは、誰かのヒーローになれるから、困っている人がいたら、協力してあげてね』とマゼンタ・スターを見せると、素直に『じゃあ今日からつける』と言ってくれます。とても嬉しいことですし、自分たちより若い世代にこういう考えを広めていって欲しいですね」

「我々が小さい頃から見てきたヒーローものって、強い者に憧れるばかりではないですよね。ヒーローが悪者に負けそうになるのに頑張るとか、ヒーローだけど実は辛い過去があるといったところに共感して憧れたりするじゃないですか。

マゼンタ・スターのバッジは身に着けているときは、障がいがあってもなくても、誰でもヒーローになれる。でも、元気がないとき、たとえば失恋した時でもいいですが、自分が辛いときはバッジを外して誰かに助けてもらってもいいんです。障がいがあるなしでカテゴライズするのではなく、人間は強くなれるときもあれば、誰かに助けてほしいときもあるものだよなということですよね。それが、飯山くんたちの活動を見ていると、本当によくわかります」

「難しく考える必要はないと思います。たとえば地下鉄の折り返し駅で寝ちゃっていて気付かない人がいたら声をかけて起こしてあげるとか、そんな小さなことでもいいと思います(笑)。これはSDGsの何番目の目標かなんて考えずに、誰一人取り残さない世界ということを意識して行動するだけでいいんじゃないでしょうか」

世代によって、アプローチの仕方も多様でいい

東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が決定してから、マゼンタ・スターをはじめとする福祉系のマークがたくさん考案されている。飯山さんはこうしたムーブメントが一時のブームで終わらずに、自治体や国と協力をして持続的なシステムとなって広まっていくといいと話す。一方で、若い世代の自分たちが考えたマークだからこそ、ファッションやスイーツ関係のブランドとコラボレーションをするなどして、同じような若い世代の人たちの間に身近なものとして浸透していって欲しいとも考えている。

「現実問題として世の中には多くの課題があって、それを解決するにはさまざまな壁があります。その壁をなくしていくためにはさまざまな工夫やアプローチがあって、選択肢が多くなると良いと思うんです。マゼンタ・スターは若い世代が考える、かっこいいとか、ファッショナブルというところからアプローチした点が素敵だと思います。若い人たちが、最初の一歩を踏み出しやすいうえに、継続しやすいですよね。

私より上の世代は、障がいやジェンダーの問題と一生懸命闘ってきた世代です。一方でそうしたことへの理解が深まっている時代に生まれた若い世代はLGBTや障がいに対して偏見がない人が多く、世代によって考え方が全く違います。現在、日本は高齢化社会ですが、世界の人口の四分の一が若者です。でも今はまだEMPOWER Projectのような若い人たちが考案した社会の新しいシステムをスムーズに進めるのが難しいところもあります。というのも、若い人たちのアイデアは素晴らしいにも関わらず、資金的には厳しいことが多いので、大人たちがそれをサポートして、きちんと取り込んでいける社会なるといいですね」

マゼンタ・マークをきっかけに世界を変える第一歩を

飯山さんは、世界の困りごとの8割はコミュニケーションをきちんと取ることで解決するのではないかと言う。そのためにも、マゼンタ・スターがコミュニケーションのきっかけになればと語ってくれた。何もなくては声をかけられないならば、マークの力を借りてもいい。声をかけられないならば、マークをつけて協力を求められるのを待つのでもいい。まずは、マゼンタ・スターを身に着けるというアクションで世界は変わるかもしれない。そして、ゆくゆくはマゼンタ・スターがなくてもみんなが気軽に声をかけあって協力しあえる世界がくることが、「誰一人取り残さない世界」を現実のものとするのではないだろうか。

EMPOWER Project: https://empowerproject.jp/

text by Kairi Hamanaka(Parasapo Lab)

photo by Kazuhisa Yoshinaga