3月7日に行なわれたオランダリーグの首位攻防戦「アヤックス対AZ」には、5万2700人もの大観衆がヨハン・クライフ・ア…
3月7日に行なわれたオランダリーグの首位攻防戦「アヤックス対AZ」には、5万2700人もの大観衆がヨハン・クライフ・アレナに集まった。

完全移籍による5年契約を勝ち取った菅原由勢
今季、オランダリーグに爽やかな風を吹き込んでいるAZは完全敵地のなか、伸び伸びとしたプレーを見せてアヤックスを圧倒し、2−0で勝った。これでAZは今季、アヤックスに対して2連勝。そして、首位アヤックスに勝ち点で追いついた。
アヤックスのあるアムステルダムと、AZのあるアルクマールは40kmしか離れていない。さらにAZのトレーニングコンプレックス(練習場)は、アムステルダムからわずか20km北のワイデウォルメルにある。
北ホラント州のエリートはアヤックスのアカデミーを選び、タレントはAZに進む。両者はジュニアユースやユースの世代で切磋琢磨を繰り返して成長し、さらに選ばれし者がプロとなり、オランダリーグで極上のエンターテインメントを提供する。
AZに所属する21歳のカルビン・ステングスは早熟の天才に思えるが、本人は「僕は遅咲きの選手」と語る。過去にアヤックスのテストに落ちて泣きじゃくったという19歳のマイロン・ボアドゥはその後、アヤックスに誘われてもAZに残る決心をした。
今季AZに加入した菅原由勢は、頻繁に「AZの選手には”なにくそ精神”がある」と口にする。それは、AZはチームとしても個人としても向上する意欲が極めて強いからだ。バックグラウンドには、アヤックスと比べると自分たちはエリートではない、という思いがあるからだろう。
アヤックス戦での菅原は、ほかの控え選手がウォーミングアップに向かっても身体をほとんど動かさず、試合に見入っている時間が長かった。それほど目の離せぬ緊迫した試合だったし、チームメイトを応援する気持ちも強かったのだろう。
この日、アディショナルタイムにピッチに入るにとどまった菅原は「ずっと見ていました」と、サイドライン際から試合に見入っていたことを認めて、こう続けた。
「アップも大事ですが、こういった緊迫した試合で途中から出るとなったら、ひとつのミスが命取りになる。なので、『チームに入った時に自分がどうしなきゃいけないのか』というのを見ていました。アヤックスの攻撃や守備の特徴は、自分なりに分析できました」
試合前から想定していたアヤックスのイメージと、実際の試合でプレーするイメージを、菅原はタッチライン際ですり合わせていたのだ。
「(アヤックスは)最終ラインを1対1にするぐらいリスクをかけていた。だからAZがボールを取った時、”一瞬のスプリント”を2、3人で同時にすれば、一気に2対4や2対3の数的優位を作れると思っていました。アヤックスの切り替えは速いようで、ただ短い距離を動いているだけ。そんなに速く感じなかったです」
華麗なビルドアップと鮮やかなフィニッシュに付け加えて、AZは味方がアヤックスの選手に絡まれると一目散に駆け寄り、アヤックスとの揉み合いでも数的優位を作っていた。
「僕たちはピッチに立ったら、売られたケンカは買うチーム。それもひとつの意思表示で大事なことだと思っている。なので、僕もケンカを売られたら買ってやろうかなと思っています(笑)。
ひとりじゃなく、チームとしてどんな状況でも戦うコンセプトがある。口論になった時も、乱闘気味になった時も、みんなで行く。僕らはそれが好物なので。だからこそ、アヤックスにも『かかってこいや』のメンタルでやれる。毎日すごい刺激をもらっています」
菅原の話を聞いているだけで、AZの練習の質の高さに加えて、激しさまでも伝わってくる。
「練習、すごいですよ。普段の練習でも削り合いになりますし。それぐらいのチームなので、ここの順位(首位アヤックスと同じ勝ち点の2位)にいることは不自然じゃなくて、当然の結果だと思います」
今季ここまでのシーズンを振り返ると、前半戦の菅原はセミレギュラーとして右サイドバックやウイングで活躍し、チームの貴重なゴールに絡むことも多かった。だが、今年に入ってからはトップチームでまとまった時間をプレーする機会が減ってきて、AZリザーブチームの一員としてオランダ2部リーグでそれを補っている感じだ。
「ストレスはまったくないですよ。練習でも刺激がありますし。チームの状態がいいのもわかっているので、そこに自分が割り込んでいかなきゃいけないと毎日思っている。レギュラーを取らないといけないというモチベーションがあるので、すごく練習しています」
名古屋グランパスから期限付き移籍の菅原は、AZにとっていわば”お試し”の選手だった。だが、AZはここまでの菅原のプレーを高く評価し、買い取りオプションを行使することを発表した。
「5年契約はAZのほうから提示してもらったので、すごくうれしかったです。ただ、5年あるということは、このチームに何かを残さないといけないという使命も感じている。もう、レンタルという気持ちはない。この地で名前を残せるようにと思います」
菅原はAZのスタッフから「お前の順応力は奇跡的なくらいすごい」と言われたという。それは彼の明るく好かれる性格も一因だろうが、日本にいた時からAZのことを研究していたことも大きかった。
「順応するためにはAZを知るしかない、と思っていました。入る前からAZの試合を何試合も見て、AZがどんなサッカーをするかを勉強し、練習のプロセスも頭の中で立てていました。AZはボールをつなぐチームだったので、ボールをつなぐような練習をすると思っていましたが、実際にそうでした。
(AZ入団後は)練習のひとつひとつを試合でどう使っていくのか、イメージしながら取り組んでいました。こういう準備をやってきたからこそ、開幕戦でゴールを獲れたのかなと思います。こういうことは(これからヨーロッパに来る)若い選手に伝えていけるものだと思います」
その後、AZは第26節ADOデン・ハーグ戦に勝って、首位アヤックスと勝ち点で並走を続けている。この試合で出場機会のなかった菅原は翌日、オランダ2部リーグのカンブール戦にフル出場。そして、コロナ禍ですべてのリーグ戦が中断した。
それでも、菅原は鍛錬と勉強を続けることによって、この期間を有効に使っていることだろう。