個人としては史上最多、6度のスーパーボウル優勝を経験し、NFL史上最高の選手と呼ぶ声も多い。スーパースター中のスーパースター、QB(クォーターバック)トム・ブレイディがプロ入り以来、20年プレーしてきたニューイングランド・ペイトリオッツを離れ、タンパベイ・バッカニアーズへの移籍を決めた。



ブレイディが20年プレーしたペイトリオッツを離れることになった

 昨季、ペイトリオッツがポストシーズン1回戦で敗れると、すかさずブレイディの引退か現役続行かの去就に注目が集まった。だが、のちに本人が後者を表明すると、関心は2020年シーズン、彼がどのチームのユニフォームを着ているかに移った。

 フリーエージェント市場が正式に幕を開けた3月18日、ブレイディがSNS上でペイトリオッツから去る表明をしたことで、それまで凪(なぎ)だった海面は大波へと変わった。そして21日、正式にバッカニアーズと契約を結ぶ。

 契約内容は、2年で計5000万ドル(約55億円)。全額が保障されるものとなっている。これ以外に、年450万ドル(約5億円)のインセンティブもつく。これまでのペイトリオッツでの最高年俸が2300万ドル(約25億円)であるから、キャリア最高額をもらうことになる。

 ちなみに、フロリダ州では州所得税がかからない。そのため、たえとば州所得税が最大13.3%のカリフォルニア州のチームでプレーするよりも、年俸が同額なら実入りは多くなる。

 経済的なところは置いておくとして、ブレイディがいまだにNFLの第一線でプレーしていることに驚く。来季開幕時には43歳となっているが、年齢のことだけを言っているのではない。彼のプロ入りの経緯を振り返ると、余計にそう思わされるのだ。

 少し古いものになるが、米スポーツ専門局ESPNが2011年に放映した『ブレイディ6』というドキュメンタリーが白眉だ。「6」とは2000年ドラフトでブレイディよりも上位で指名された6人のQBのことを指している。

 ブレイディは同ドラフトの6巡目・全体199番目と、のちの大きな成功を思えば信じがたいほどの低評価でプロ入りしている。同番組で紹介された彼のスカウト評価は「身体ができていない」「やせている」「身体能力に欠け、強さもない」「肩の強さがない」「ボールの回転がよくない」などと散々だ。

 しかし、ブレイディのプロでの実績・成果は、結果的に圧倒的なものとなった。

 一方、他の「6人」はどうか。ドラフト1巡目・全体18番目でニューヨーク・ジェッツが指名したチャド・ペニントンと、6巡目・全体168番目でニューオーリンズ・セインツが指名したマーク・バルジャーは、のちに先発として一定の活躍はした。

 だが、サンフランシスコ・49ersが3巡目・全体65番目で指名したジオバ二・カーマジに至っては、出場試合数が皆無のままわずか2年でNFLを去っている。ちなみに、カリフォルニア州北部出身のブレイディは子どもの頃、49ersの大ファンで本人もドラフト指名を期待していた。

 その後、バルジャーと3巡目・全体75番目でボルティモア・レイブンズが指名したクリス・レッドマンが2011年シーズンまでプレーしたのを最後に、そのほかふたりを含む6人はNFLから姿を消した。ブレイディはそこからさらに4度のスーパーボウル切符を手にし、3度王座に戴冠している。

 ブレイディの個人成績も当然、華々しいものだ。

 通算勝利数は、QBとして歴代1位の219。通算パス獲得ヤードおよびTD(タッチダウン)数は、それぞれ74571ヤード、541TDでともに歴代2位。さらにシーズンMVP3度、14度のプロボウル選出と、書き出せばきりがない。引退から5年でプロフットボール殿堂の資格を得るが、1年目での殿堂入りは確実だ。

「この男は何かを持っている」

 当時からペイトリオッツのHC(ヘッドコーチ)を務めていたビル・ベリチックは、若きブレイディに将来の可能性を感じ、初年度からロスター入りを決めた。だが、もしそうでなければ、プラクティス・スクワッド(練習生チーム)に送られていたかもしれなかった。

 プロ2年目の2001年シーズン。ブレイディの先発の機会は、突如訪れた。シーズン第2戦目、元ドラフト全体1番目指名で1996年シーズンにはチームをスーパーボウルへと導いたドリュー・ブレッドソーが故障し、24歳のブレイディに出番が巡ってきたのだ。

「トムが(ブレッドソー)に先発の座を明け渡すはずはないと思ったよ」

 アーロン・シェーは「ブレイディ6」のなかで、そう回顧している。ミシガン大学時代のチームメイトで、自身もTE(タイトエンド)としてNFLでプレーしたシェーは、ブレイディの類まれな闘争心を知っている。

 シェーは正しかった。ブレッドソーはプレーオフ期間中に戦列へと復帰したが、ベリチックHCはブレイディを先発に据え続け、同年スーパーボウルを制覇した。24歳という年齢は、スーパーボウル優勝QBとしては当時史上最年少だった。

 そして2年後、さらにその翌年と、ブレイディは早くも3つのビンス・ロンバルディ・トロフィー(スーパーボウル優勝杯)を手にする。2007年シーズンにはシーズン全勝という、16試合制となってからは初の偉業を達成(スーパーボウルは敗退)。同年には当時のシーズン記録となる50パスTDをマークしている。

 30代になっても勢いは変わらず、さらに5度のスーパーボウル進出を果たし、そのうち3度優勝。2018年シーズンに6度目の優勝を果たした時、ブレイディは41歳でQB最年長記録も作った。

 しかし……と思う。ブレイディはなぜ、これほどまでに成功を収めたペイトリオッツを離れる必要があったのか。

 ペイトリオッツでの20年間の成果は、ベリチックHCによる厳格な規律が敷かれていたからだ。しかし一方で、選手への評価は至極辛口だと言われ、それはブレイディに対しても例外ではなかったと言われている。

 ブレイディは「40歳代なかばまで現役としてプレーを続けたい」と明言し、キャリアの終焉はペイトリオッツでと考えていた。そのため、彼は複数年の契約を望んでいた。だが、球団側は首を縦に振らなかった。

 スーパーボウル出場9度、アメリカンフットボールカンファレンス(AFC)東地区優勝17度と、ブレイディはベリチックHCとともに北米プロスポーツ史上最高のダイナスティ(王朝)を築いてきた。だが、最後の数年、両者の関係性は冷えてしまっていたと言われている。

 年齢を重ねていくなか、ブレイディはで少しでも身体の衰えをカバーできるように、親しいトレーナーのアレックス・ゲレーロによるトレーニングメソッドをもとに「TB12」というトレーニングブランドを作った(TB12=トム・ブレイディのイニシャル&背番号12)。

 しかし、ゲレーロの手法がペイトリオッツのトレーニングスタッフの方向性と一致しないために、ベリチックHCはゲレーロの球団施設へのアクセスを許可しなくなった。このことも、ブレイディとベリチックHCの間を遠ざけた理由だとされる。

 かくして、新天地にキャリア最後の挑戦を求めたブレイディ。しかし、時間が十分に残っているわけではない彼に「バッカニアーズでいいのか?」という声もある。

 バッカニアーズはスーパーボウルを制した2002年シーズン以降、ポストシーズンでの勝利がない。プレーオフ出場も2007年が最後で、現在ポストシーズンから2番目に長い期間遠ざかっている(1番はクリーブランド・ブラウンズ)。また、華やかな成績を残してきたブレイディも、昔ほど動けるわけではない。肩の強さも落ちてきている。

 バッカニアーズのほかに、ロサンゼルス・チャージャーズ、テネシー・タイタンズ、ダラス・カウボーイズ、49ers、来季オークランドからラスベガスに移転するレイダースなど、メディアはブレイディの新天地候補を噂した。だが実際に、彼に契約オファーを出したのは、バッカニアーズとチャージャーズだけだったとされる(家族が住むニューヨークに近いバッカニアーズを選択したとも言われる)。

 正直、今の段階でブレイディ加入のバッカニアーズがどれほど「やれる」のかを予想するのは難しい。ただ、ブレイディの周りを固めるサポーティングキャストは悪くない。

 昨季リーグ3位のレシーブ1333ヤードを挙げたクリス・ゴッドウィンと、長身のマイク・エバンスのふたりはNFL屈指のWR(ワイドレシーバー)デュオだ。TEのキャメロン・ブレイトとO.J.ハワードもパスキャッチ能力に秀でている。QBジェイミス・ウィンストンが率いたオフェンスは昨季リーグ3位の1試合平均397.9ヤードを記録しており、爆発力がすでに備わっていることも示している。

 昨季のペイトリオッツは、中長距離のパスターゲットとなるアウトサイドWRが欠けており、ブレイディにストレスを溜めさせた。バッカニアーズは2015年ドラフト全体1番目指名のQBウィンストンをすげ替えてでも、ブレイディ獲得を決めた。オフェンス戦術に定評のあるブルース・アリアンズHCの指揮のもと、ブレイディがどれほどのパフォーマンスを見せるか興味深い。

 高校、大学、ドラフト……そして今回の移籍。なぜか不思議なことに、ブレイディへの期待はいつも低い。しかし彼は、それを糧としてきたからこそ、勝ってきた。

「自分がフットボールに関して、なにかひとつ学んだことがあるとすれば、それは君が前の年に、あるいはさらに前の年に、どれほどの働きをしたか、誰も気にしていないということ。毎日、自身がどれだけ献身的でいるかを示すことで、仲間の信頼や尊敬を得られるのです」

 バッカニアーズとの契約を済ませたブレイディは、自身のSNSにこう記している。

 おそらく現役最後の挑戦となるブレイディのキャリアは、果たして大団円となるか——。