昨年9月5日から8日にかけて、第46回全日本大学選手権大会が開催された。男子舵手なしペア部門には、魚躬(コ4)・松藤(コ3)ペアが出場。チームのスローガンである「全艇入賞」を果たすため、最終日のA決勝に進むことを目指して大会に挑んだ。しかし、3日目の準決勝で3位となり敗退。惜しくも目標に手は届かなかった。


準決勝、懸命にオールを漕ぐ舵手なしペア

何よりも先に「悔し涙」が頬を伝った。自らの引退がかかった最後の大会。レースを終えた魚躬がはじめに感じたのは、引退に対する寂しさではない。1年間、チーム一丸となって目指してきた目標を達成できなかったことに対する悔しさだった。「やっぱりすごい悔しくて、正直涙が止まらなかった」。自らの引退を実感したのは、仲間たちの待つ艇庫に帰ってから。試合を観戦していた同期の滝島(文4)や内山(コ4)と握手し抱きしめ合うと、もう一つの涙が込み上げた。「日々感じていたことが溢れた」。4年間という時間は、普段あまり感情を表に出さない“仏“の心を震わせた。


肩を組み、カメラに笑顔を見せる魚躬(写真左)と松藤

胸に引っ掛かり続ける悔しさが、男にボート競技の門を叩かせた。高校時代はラグビー部に所属していた魚躬。その最後の試合は同点で試合が終了したため、くじ引きで勝敗が決まってしまった。試合に敗れた魚躬は、本人曰く「赤ん坊のように」泣きじゃくった。そして、後悔が残った。「次こそは勝つ」。そのために入部を決めた。勝利への強い飢えは、ボート競技の世界で戦ってゆくための強靭な覚悟となった。
毎朝4時に起床してオールを漕ぐという生活は、普通の大学生活とは大きくかけ離れたものだ。ある人は、その生活のことを「監獄生活」と呼ぶ(直後に「もちろん冗談です」というフォローを付け加える)。だが魚躬は、「本気でボートと向き合ってきたから分かる楽しさがある」とニコリ。毎日の練習は過酷なものだった。しかし辛い時間があればこそ、達成した時の喜びは一塩だ。「(ボート競技は)8割型キツイスポーツだと思っているけど、良いレースができたり勝つことができたり、そういう残り2割の瞬間のために頑張ってきた」


仲間に見送られ、スタート地点に向かう舵手なしペア

今大会ペアを組んだ松藤は、魚躬に声を掛けられてボート部に入部した。「入部のきっかけとなった人が鉄平さん(魚躬)で、その人の最後のレースを一緒に漕げるっていうのはすごく嬉しいし、感銘です」。魚躬に恩があるからこそ、松藤はより勝利にこだわった。練習中には、先輩であっても臆することなく意見を述べる。また、水上での練習予定がない日や厳しいトレーニングをした後でも、時間があれば「漕ぎましょう」と魚躬を誘った。そのような後輩の意欲を、魚躬はしっかりと受け止めた。エンジン全開で突き進む後輩と、それを優しさと経験値で包み込む先輩。この2人だからこそ、互いを高め合うことができたのかもしれない。
スタートからゴールまで、攻めの姿勢を貫いた。大会前には後半に失速してしまうという課題が残っていたが、最後のレースでは後半に加速。目標には及ばなかったものの、練習の成果を遺憾なく発揮した。「結果は悔しいけど、自分たちの中では1番のレースができたと思います」。そう静かに頷いた魚躬の表情は清々しかった。最後の最後まで懸命にオールを漕ぎ切ったからこそ、「後悔」とは違うゴールに辿り着くことができた。


格言の前でカメラを見つめる魚躬

立大ボート部の良いところはという質問に、魚躬は「自由から生まれる責任感と多様性」と回答。全部員が一つの寮で暮らしているボート部には、アスリート選抜で入学した人もいれば、大学からボートを、あるいはスポーツを始めた人もいる。まったく違った文化に身を置いていた人間が集まり、共に同じ目標を目指すことでチームは強くなる。「後輩たちには仲間を大切にして、自由かつ責任をもって日々の練習に取り組んでいって欲しい」。魚躬たち4年生が紡いだ意志は次の世代へ。大昔に植えられた桜の木が、今尚人々の心を幸せで染め上げるように。先人たちがつないできた魂のバトンは、次の世代の未来を煌々と照らし続ける。
(3月18日・合田拓斗)