やむを得ない決断だったとしか言いようがない。 アメリカ時間3月16日、米ボクシングプロモーション会社のトップランク社が、4月25日にラスベガスのマンダレイベイ・イベントセンターで予定していたWBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋…

 やむを得ない決断だったとしか言いようがない。

 アメリカ時間3月16日、米ボクシングプロモーション会社のトップランク社が、4月25日にラスベガスのマンダレイベイ・イベントセンターで予定していたWBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥(大橋ジム)対WBO王者のジョンリエル・カシメロ(フィリピン)の試合延期を発表。新型コロナウイルスの猛威にさらされ、ボクシングファン垂涎の統一戦は先送りになってしまった。




延期された統一戦の行方が注目される井上尚弥

「次のステップを踏み出す上で、最も大事なのは選手、スタッフ、ESPNの制作チームの健康です。ファンにワールドクラスのボクシングを再び提供できる日を楽しみにしていますが、現状では慎重になることが適切です」

 大ベテランプロモーター、ボブ・アラムの言葉からは無念さが滲んでいた。3月14日と17日に、トップランク社がニューヨークで開催を予定していた興行も延期になっているが、16日の会見時に関係者に話を聞いた際には、「なんとか井上vsカシメロ戦は守りたい」という思いが伝わってきていた。

 トップランク社の井上に対する期待は、おそらく日本で考えられている以上に大きい。3月13日に『ESPN.com』が掲載した商品価値ランキングでも、井上はサウル・アルバレス(メキシコ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)、タイソン・フューリー(イギリス)という”ビッグ3”が選出された最高クラス「ティア1」に次ぐ、2番手グループ「ティア2」にランクインした。

 外国人選手でも、売り出し方次第で米リングのスターになれることは、同じ2番手グループに属するワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)が証明してきた。百戦錬磨のボブ・アラムが、井上を2020年以降の目玉のひとりと考えていたことは周知の事実だった。

 ただ……今回は新型コロナウイルスの蔓延で前進を阻まれた。3月16日には、マンダレイベイを傘下に置くMGMグループが5月1日までの営業停止を決定。同日には米疫病対策センター(CDC)から”今後8週間は50人以上が集まるイベントを自粛するように”という要請も出てしまった。

 トップランク社は無観客でも4月25日に井上vsカシメロ戦を挙行したいと考えていたという。しかし、この状況ではそれも難しい。ボクシングは、50人以下でもなんとかイベントが開催できる数少ないスポーツかもしれないが、現時点ではリスクが大きすぎる。

 結論を引っ張れば引っ張るほど、最終的に諦めなければいけなくなった時に失うものが大きくなる。だとすれば、まだ試合まで1カ月以上ある時期に、他のカードとともに延期を決めたのは適切な判断だったのだろう。

 今後の注目は、このカードがいつ組まれるのか。現実的に、ボクシング興行はいつ可能になるのか、ということ。ほとんど先が見えない状況で優先されるべきは、できる限りのウイルス対策。ボクシング、スポーツの話をする前に、やらなければいけないことが山ほどあるのが現実だ。

 ただ、またスポーツ興行を開催できる環境が整った時、「ボクシングは他の競技よりも早い時期に興行ができるのではないか」という楽観的な見方もある。その理由は、前述どおり、ボクシングが団体スポーツよりも少ない人数で挙行できること。さらに、テレビ局と動画配信サービスのサポートを受けたボクシングイベントは、無観客でも十分に興行が成り立つという背景も大きい。

『ESPN』、『FOX&Showtime』、『DAZN』と独占契約を結んでいる、トップランク社、プレミア・ボクシング・チャンピオンズ、マッチルーム・ボクシングの興行は、もともとテレビマネーがメインの収入源になっている。サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)、アンソニー・ジョシュア(イギリス)の試合のように多くの観客動員を見込める一部の例外を除き、ゲート収入(会場入場料)はビジネスを左右するものではない。

 放送枠と放映権料をプロモーターに保証するテレビ局にはゲート収入が分配されないため、観客の有りなしは基本的に無関係。あとはプロモーター側が無観客による減収を覚悟すれば、興行再開が見えてくる。なんとかコンテンツを確保し、加入者の激減を避けたいテレビ局にとっても、他のスポーツに先駆けたボクシング興行の開催は大歓迎だろう。

「ゲート収入も大事だが、テレビで放送される興行を打つことはもっと大事。私たちは多くのことに目をやっています」
 
 米スポーツ雑誌『SI.com』のレポート内に記されたボブ・アラムの言葉は、依然として無観客での試合が考慮されていることを示している。その記事内では、試合を行なう会場の候補として、ラスベガスのトップランク・ジム、ニューヨークのハマースタイン・ボールルーム、パラマウントといった小会場が挙げられていた。

 英国ではすでにエディ・ハーン・プロモーターが、イギリスの衛星放送『スカイ・スポーツ』とともに”小興行シリーズ”を計画しているという。アメリカでも、CDCが自粛の対象となるイベントの人数を「50人以上」から「100人以上」くらいまで緩和した場合、無観客興行を行なえる可能性が出てくる。

 早めに準備を進め、MLBやNBAがまだ再開の手順を踏んでいるであろう時期(5月下旬~6月頃?)に興行が打てれば、他のスポーツの準備が整い始める夏場以降よりも大きな注目を集められる、という考え方もできる。

 もちろん、そこに辿り着くまでには多くの壁を乗り越えなければいけない。全米的な自粛ムードの中で、再開を急ぎすぎれば反発も大きいはずだ。

 興行に深く関わる人間には、ウイルス検査の義務づけが必須。諸事情を考えれば、井上のような外国人選手を起用することがより難しくなったのは事実だろう。筆者も、井上の試合を早期にアメリカで実施すべきと考えているわけではないし、「次戦は日本開催でもいいのでは」という声が出てくるのもうなずける。

 現時点で言えるのは、「比較的早い時期に、アメリカでまたボクシングが見られるようになる可能性はゼロではない」ということ。そんな可能性が、ファンにとっての希望であり活力になる。災害時にはスポーツが心の拠りどころになってきたアメリカにおいて、ボクシングがその先陣を切れれば、インパクトは絶大だろう。