Never give up! 日本フィギュアスケート2019-2020総集編(3) カナダのモントリオールで開催予定だった世界フィギュアスケート選手権が、新型コロナウイルスの影響で中止になり、2019-2020シーズンが終了。今季も氷上で熱…

Never give up! 
日本フィギュアスケート2019-2020総集編(3)

 カナダのモントリオールで開催予定だった世界フィギュアスケート選手権が、新型コロナウイルスの影響で中止になり、2019-2020シーズンが終了。今季も氷上で熱戦を繰り広げた日本人スケーターたちの活躍を振り返る。今回は、女子フィギュアスケートを牽引してきた「ミス・パーフェクト」宮原知子にスポットを当てる──。



一時代を支えてきた宮原知子も3月下旬に22歳となる

 リンクの上の彼女はたおやかで、光の粒をまとったように見える。ひとつひとつの音を拾い上げ、全身を一本の芯にして取り込み、エッジと指先から再び解き放つ。それはキラキラと輝く。

 宮原知子は、そうして観客を陶然とさせ、曲の物語世界にいざなう--。その境地に達した数少ないスケーターだ。

 2006年のトリノ五輪で荒川静香が金メダルを勝ち取ったあと、日本女子フィギュアは浅田真央、安藤美姫、村主章枝、中野友加里、鈴木明子、村上佳菜子などが百花繚乱だった。

 華やかな季節が過ぎたあと、宮原は女子のエースとして台頭した。2014-15シーズンから、浅田に並ぶ4連覇を達成。2018年の平昌五輪では、自身が持っていた日本女子歴代最高得点を更新して222.38点を記録し、4位に入賞した。

 一時代を支えてきた宮原は、今も弛むことなく競技に挑み続ける。2019-20シーズンは、濱田美栄コーチだけでなくカナダにも拠点を置き、リー・バーケルコーチの指導も受けるようになった。

「新しい気持ちでスケートに臨めています」

 宮原は言う。

 一方、世界ではロシア勢を中心に女子でも「4回転時代」が開幕した。運動能力がモノをいう。その流れは容赦がない。

 芸術性は劣勢だ。彼女は、時代の波に抗えるのか?

 2019年12月の全日本選手権、宮原はショートプログラムで70.11点を叩き出し、2位で好スタートを切った。1位の紀平梨花とは3.17点差。背中が見えている状況だった。

「焦らずに。本番で、タイミングが早くなるクセがある」

 リーコーチからはそう諭されていた。

 そして迎えたフリーだった。宮原は映画『シンドラーのリスト』のメインテーマを使用。「絶望のなかでも生きる輝きを表現する」。映画の世界観を氷の上で体現できるのは、宮原だけのはずだった。



宮原は曲の物語世界にいざなう数少ないスケーターだ

「最初はよくて、”いける”って強気だったんです。でも、途中から(調子が良すぎて制御できず)やばいって思い始めて……」

 宮原は訥々(とつとつ)と話した。

 心配された”先走り”が、精密な歯車が狂わせることになった。冒頭のダブルアクセルは華麗に決めた。3回転ルッツ+3回転トーループも、回転不足は取られたものの、切り替えられたはずだ。

 しかし、焦りが彼女をむしばむ。その後のジャンプでことごとく、回転不足を取られた。

 気が急いた正体は、極限までジャンプを高めなければ、という心理的な切迫か。連鎖で、得手のスピンやステップまで綻びが出た。

「(今シーズン)練習ではうまくなっているし、技術的にはよくなっている感触はあります。(回転不足の)ジャンプの跳び方は大きく変えていません。いい時は回転がつくのですが……。

 自分の世界観を見せたかったですが、あまりに悪すぎて。ループでは、練習でもしない失敗をしてしまった(得意の3回転ループが2回転ループに)」

 演技後、彼女は茫然とした様子で、必死に言葉を探っていた。丁寧に真摯に伝える。それは彼女の人となりだ。

 しかし、強張った顔にも真実はあった。

 宮原は、勝負への実直さを感じさせる選手である。2018-19シーズン、全日本で3位に甘んじた時、彼女は小さな声でこう洩らしていた。

「フリップだけが悔しくて、時間を巻き戻したい……」

 そして今回の全日本も、宮原は悔しさを隠せなかった。

「あれだけ練習ではできていたのに、どうして本番になるとできないんだろうって……」

 その勝負魂がなかったら、女子フィギュアを牽引できなかっただろう。

 五輪でメダルを争い、全日本4連覇を成し遂げ、「ミス・パーフェクト」と愛され、疲労骨折から回復して第一線で戦い続けることは、責任感が強く、自分に厳しい選手でなければできない芸当だ。

 宮原はリンクの上で光の衣をまとう。追求する演技ができるようになった時、それは芸術品として記憶される。そこに滲む気品こそ、彼女の世界の本質だ。

「次へ、前を向いています」

 凛と透き通った声で、宮原は語尾に熱を込めていた。

【2019-2020シーズンの主な成績】
■USインターナショナルクラシック(204.30/1位)
■中国杯(211.18/2位)
■ロステレコム杯(192.42/4位)
■全日本選手権(191.43/4位)
■ババリアンオープン(192.02/1位)