ついに本田圭佑(ボタフォゴ)がブラジルデビューを果たした。 カンピオナート・カリオカ(リオデジャネイロ州選手権)のバン…
ついに本田圭佑(ボタフォゴ)がブラジルデビューを果たした。
カンピオナート・カリオカ(リオデジャネイロ州選手権)のバングー戦。本田はスタメンとして出場し、PKからゴールも決めた。

バングー戦でデビュー、PKを決めた本田圭佑(ボタフォゴ)photo by AFP/AFLO
しかし、その試合の空気は予想していたものとは大きくかけ離れていた。多くのサポーターの熱い声援のなかで本田はデビューするはずだった。しかし、そのために用意されていた先週火曜の試合を、本田は風邪のために欠場。やっとデビューできたこの試合は、残念ながら新型コロナウイルスの影響で無観客試合となってしまったのだ。
それでもスタジアムの外では数十人のサポーターがいて、ピッチの選手たちに届くようにできるだけ大きな音で太鼓を叩いていた。そのなかのひとりはこう言っていた。
「我らが本田には、お祭り騒ぎのデビュー戦がふさわしかった。だから中に入れなくても、こうやって外から応援し、ここに彼を愛するサポーターがいることを知らせたかった。そうして本田に最高の力を発揮してもらいたいんだ」
一方、スタジアムには約120人のテレビ、ラジオ、新聞、ネットの記者が本田のデビューを見にきていた。それ以外には、わずか10人ほどのスタジアム関係者が、本田のデビュー戦の目撃者だった。
リオデジャネイロのサッカー紙『オ・グローボ』のレイラス記者はこう言っていた。
「本田は、今日ここには来ることのできないボタフォゴサポーターの希望の星だ。我々記者はいつも以上に誠実に、確実に、今日の試合の様子を彼らに伝えなければいけない。皆が待ち望んでいたデビューの様子を、その興奮を、そのまま感じさせる使命がある」
カメラマンのエドゥアルド・コレアは、今日の試合は本田しか見ないと言った。
「ひとりの外国人選手のデビューにリオがこれほど沸いたのは、クラレンス・セードルフ以来だ。いや、その熱気はセードルフ以上かもしれない」
実際、本田はすばらしいブラジルデビューを果たした。PKからだが得点もし、その出来は皆の期待以上だったと思う。空っぽのスタジアムでハードに戦い、チームにいい結果をもたらそうと奮闘していた。
「本田のプレーにはとても満足している。今日の本田は期待通りの活躍をしてくれた。今後も我々に満足を与えてくれるだろう。彼が我がチームにいてくれてよかった」
試合後にパウロ・アウトゥオリ監督が語った数少ない言葉だ。
人と人が近づくことを恐れてか、通常のハーフタイムでのインタビューは行なわれず、試合後、短くコメントをする時間だけが許された。両チームの監督が出席予定だった記者会見もキャンセルされた。熱く盛り上がるはずだった本田のデビュー戦は、違う様相となってしまった。
本田は「オ・ジャパ」、もしくはもっと短く「ジャパ」の愛称で親しまれている。
「我らがジャパはやってくれたよ」
そう言ったのはボタフォゴのレギュラー、ブルノ・ナザリオだ。インタビューは禁止されたが、彼はスタジアムをあとにする時、そう短く感想を教えてくれた。
もう少し長くしゃべってくれたのは、対戦相手バングーのオフェンシブハーフ、ジョアン・フェリペだった。本田のおかげでこの日の試合は忘れられないものになったと、彼は言う。彼は前半終了後に本田とユニホームを交換した。ジャパがブラジルで初めてプレーしたユニホームは永遠に彼のものとなったのだ。
「本田は俺にとっては憧れだ。だから何が何でもユニホームを交換したかった。でもどうしていいかわからない。だってチームメイト全員がそれを狙っていただろう。それに本田はポルトガル語が通じないかもしれないし、俺も日本語はしゃべれない。だから俺は試合の最後まで待たなかったんだ。
本田はいいプレーをしていたが、45分プレーした頃は、すごく疲れているように見えた。もしかしたら後半はプレーしない可能性もあると思った。試合中、俺は2、3度、本田のそばに行くチャンスがあったので、そのたびに俺は『Muito calor!(暑いですね)』と話しかけていたんだ。前半終了の笛が鳴ると、俺はすぐに彼のところに飛んで行ってまた言った。『暑い。リオデジャネイロ、本当に暑い!』とね。彼はゴールも決めて、ご機嫌で笑ってくれた。
だから俺は勇気を絞って、自分のユニホームを脱いで手に持ち、『ユニホーム、ユニホームをください』と言った。ラッキーにも彼はわかってくれて、笑顔で俺とユニホームを交換してくれたんだ。彼の経歴を考えると、俺の申し出なんて断ったっておかしくないのに、彼はまるで昔からの友達みたいに俺に話しかけてくれた。ものすごくいい人だった!」
バングーはリーグに参加している中でも小さなチームだ。彼の喜びようも理解できるというものだ。
しかし、もうひとつ忘れてはいけないのは、そのチームにボタフォゴが引き分けてしまったことだ。本田の後半のパフォーマンスはガタッと落ち、それとともにチームの調子も下がり、バングーに同点ゴールを許してしまった。
「本田はいまだいいプレーができることを知らしめたが、フィジカルコンディションをもっと上げることは必須だろう」
そう言ったのはボタフォゴのレジェンド、ジャイルジーニョだ。1970年のW杯ではペレと一緒にプレーをしている。彼もまたこの日の試合を興味深くテレビで観戦していた。
「とにかくボタフォゴにとって本田は有益な選手だ。今のボタフォゴに彼ほど経験豊富な者はいない。毎回フルにプレーしなくとも、45分、60分と、効果的に使っていけばいい。そうすれば本田はボタフォゴの大きな武器になるだろう。とにかく私のチームで本田がプレーすることに満足している」
本田はすでに33歳。何カ月も真剣な試合でプレーしておらず、まだ体調も高いレベルには戻ってきていない。しかし今のボタフォゴにとって、本田の経験とテクニックは非常に大きなものだ。本田はボタフォゴの歴史にその名を残す可能性もある。
ただ、それが現実になるのがいつかは、誰にもわからない。もしかしたらこの試合が最初で最後の本田の試合になってしまう可能性さえある。なぜならブラジルですべての試合が無期延期となったからだ。残念ながらブラジルサッカーも、コロナウイルスとは無縁ではいられなかった。