2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、スポーツ、そしてアスリートに注目が集まる中、企業とアスリートの関係にも変化が生まれている。双方にとってメリットのある関係を築くために、何が必要なのだろうか? 選手やスポーツ事業を支えている企業…

2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、スポーツ、そしてアスリートに注目が集まる中、企業とアスリートの関係にも変化が生まれている。双方にとってメリットのある関係を築くために、何が必要なのだろうか? 選手やスポーツ事業を支えている企業人に話を聞いていく。

今回は、大手電機メーカーで東京2020のゴールドパートナーでもある『富士通』。強化運動部として、陸上競技部、アメリカンフットボール部、女子バスケットボールが部あり、各競技でトップクラスの選手が在籍。

2014年までアメリカンフットボール部 富士通フロンティアーズの主力選手として活躍し、引退後も企業スポーツ推進室に勤務する白木栄次さんに、富士通がアスリートを社員として雇用し続けている理由を聞いた。

取材・文/佐藤主祥

※スポーツ庁委託事業「スポーツキャリアサポート戦略における{アスリートと企業等とのマッチング支援}」の取材にご協力いただきました。

強化運動部を3つ抱える富士通は、2018年から様々な新しい試みを実施している。特に同社がこだわったのは、富士通スポーツが目指す“ビジョン”と“ミッション”の策定であった。

この2つは、企業スポーツ推進室のメンバーや各部のGM・部長が半年以上にわたって議論を重ね、富士通スポーツは“何を目指し”、“何に対して貢献していくべきなのか”。そのあり方そのものを見直し、導き出したもの。このビジョンはまさに、富士通スポーツの存在意義そのものといえる。

ビジョンは『挑戦に終わりはない。』日本一・世界一を目指しながらも勝利の追求だけではなく、従来の企業スポーツの枠を越え、持続的にスポーツの価値を高めていく。そんな願いが込められている。

そして、ミッションは『ビジネス貢献』・『健康経営への寄与』・『選手のデュアルキャリア』の3つ。特にデュアルキャリアにおいては、アスリート社員が選手と会社員の両立を図る上で重要な意味を持っている。白木さんは、

「継続的にアスリートを採用できている理由の一つとして、引退しても必ず仕事に専念できる環境があることが挙げられます。というのも、プロはもちろんですが、企業スポーツの中にも現役中競技に専念していたことで、ビジネススキルを学ぶ機会がなく、引退したらそのまま所属会社も退職することが往々としてあると感じています。しかし弊社では、全選手必ず部署に所属し、応援してくれる職場や仕事に触れてもらうようにしています。

アメリカンフットボール部員はフルタイムで仕事をしており、試合の翌日も出社して、職場の方々に応援のお礼をする文化があります。陸上競技部員の選手は午前中に働いて、午後に練習。女子バスケットボール部員は練習に専念していますが、引退者は約1カ月間のリカレント教育を受講し、会社に残って働けるよう引退後のフォローも始めました。それと同時に、現役中からできるだけパソコンやビジネススキルに触れさせたり、毎月の振り返りや目標に関するレポートを作成し、職場の上司にプレゼンを行ったりと、徐々にデュアルキャリアの体制を整えています」

どんなアスリートでも、競技に専念できるプロに憧れを抱くことはあるだろう。しかし、誰しもいつかは現役から退く時がくる。そこからすぐに会社員のフィールドにシフトすることができる富士通は、選手にとってはありがたい環境。そう感じているからこそ、アスリート社員たちは率先して仕事と向き合おうとしている。 白木さんも以前、アメリカンフットボール選手として在籍していた富士通フロンティアーズは、昨年12月16日に東京ドームで行われた、日本社会人選手権『JAPAN X BOWL』でパナソニックインパルスを破り、4年連続5度目の優勝。東京ドームは観客で埋め尽くされ、白熱した試合展開に会場は大いに盛り上がっていた。

「僕も現役時代に経験しましたが、あれだけの観客の中でプレーできると、『やっぱりいいな』って感じます。それが企業スポーツの良さですし、同じ所属先の選手を応援したいという気持ちが芽生え、選手もその思いに応えようと頑張る。そのサイクルが、企業に一体感を生み出します。選手が職場に顔を出して、一般の社員たちと共に働くことにはすごく意義がある。絶対にプロ化がいいとかではなく、アスリートの働き方は色々あっていいと考えています」

富士通の陸上競技部に所属している中村匠吾さんも、仕事をしながら2020年東京五輪マラソン代表の内定を勝ち取った。“プロ”か“企業”。どちらかに絞るのではなく、多くの選択肢や可能性を残し、それぞれの選手に合ったスタイルで競技生活を歩んでいく。それが、本当の“アスリート・ファースト”ではないだろうか。

また試合会場に入る際、スマホの電子チケットで入場するファンが見られた。これは近年、各競技のプロチームが乗り出している手法だ。それについて白木さんに問うと、驚きの答えが返ってきた。

「実はこれ、選手の入社前に行ったアスリートプログラムの研修で、受講生から出たアイデアが具現化したものです。研修の最終日に『富士通スポーツが今後さらに応援されるためには?』をテーマにプレゼンしてもらうのですが、あるグループから“アプリを作る”という案が出たんです。

そして昨年、社内実践としてスポーツICT部門と連携し、試合の電子チケット機能も含めた、フロンティアーズ公式アプリをリリースしました。これはアメリカンフットボール界では初の試みで、今後もアプリ内のサービスを順次拡大し、女子バスケットボールにも応用していこうと考えています」

新たに生まれたビジネスを、社内で実践し、改善・進化を試みる。これは、スポーツチームを保有する企業だからこそ生まれたもの。そこからは、企業がアスリートを雇用するメリットだけでなく、チームを持つメリットも伺える。

「正直、強いチームであり続けることは難しいと思うんです。だからこそ、勝利以外の価値を生み出すことが、重要なテーマです。選手たちが引退後もビジネスの世界で活躍し、さらにスポーツ界を盛り上げる人材になっていく。そういうアスリート社員が増え、ビジネスを回していくようになれば、さらなる価値を創出できるようになるはずです」

選手のデュアルキャリアを重要視した働き方の多様性は、スポーツビジネスに貢献できると同時に、アスリートの可能性を広げることにも繋がる。この“富士通マインド”は、今後の企業スポーツがあるべき姿そのものを映し出している。

(プロフィール)
白木栄次(しらき・えいじ)
1984年3月生まれ、大阪府出身。近畿大学卒業後、富士通へ。入社後は、社会人チームの富士通フロンティアーズでプレーし、2014年にチーム史上初の日本一に貢献。同年に現役を引退。16年4月に青山学院大学大学院青山ビジネススクールに入学し、18年3月に修了(MBA取得)。現在は、富士通の企業スポーツ推進室にて、企業スポーツのマネジメント業務やアスリートの教育プログラムの作成に携わる。それに加えて、スポーツ界を中心とした教育現場の改革を志しNPO法人Shape the Dreamを立ち上げ、学生アスリートを対象に、キャリア教育を行っている。

※データは2020年3月13日時点