神野プロジェクト  Road to 2020(42) 3月1日、東京マラソンがスタートする。コロナウィルス感染の拡大を考慮し、「エリート選手」だけの出場になったが、東京五輪の男子マラソン代表の出場権を賭けた重要なレースであることに変わりはな…

神野プロジェクト  Road to 2020(42)

 3月1日、東京マラソンがスタートする。コロナウィルス感染の拡大を考慮し、「エリート選手」だけの出場になったが、東京五輪の男子マラソン代表の出場権を賭けた重要なレースであることに変わりはない。

 神野大地は、昨年12月末にアジアマラソン選手権で優勝したあと、1月7日から1カ月間、ケニアのイテンで合宿を行なった。

「東京マラソンで結果を出すには、ケニアでケガなく計画どおりに練習することが絶対条件だと思っていました。今回で4回目ですが、ケニアに行くと『新しいことやっていますか』とか、『どこが強くなりましたか』って聞かれるんですけど、この1カ月の合宿で急に強くなるとかはないんですよ。もちろん、ケニア人と走ることで日本ではできないタフな練習ができるし、標高2300mという環境もケニアならでは。でも、マラソンは積み重ねですし、一つひとつベースをつくり上げていくことが強くなるための道だと思っています」



昨年9月のMGCでは17位に終わった神野大地

 神野の練習メニューは、基本的にコーチ兼マネージャーの高木聖也が組む。では、ケニアではどんな練習をしていたのだろうか。

「ロングは30キロ1本、40キロ2本です。40キロの1本目は平坦なコースで(1キロ)3分36秒ベース。2本目は大迫(傑)さんと一緒に走りました。アップ&ダウンの多いタフなコースでしたが、1本目と同じくらいのペースでした。その週は2キロ×8本のポイント練習も入れて、結構ハードでした。でも、ケニアでの40キロ走に対して、すごくきついというのがなくなってきたのは大きいです。過去3回の(ケニア合宿の)経験が生きているのかなと思います」

 ユーチューブ(YouTube)でケニア人と18キロを走る動画を配信したが、神野は高地にもかかわらず、ケニア人に負けない走りをしていた。これまでのケニアでの経験もあり、確実に力が上がっているのは間違いない。またインターバルでは、今回、新たな練習に取り組んだという。

「前回は3キロ3本、2キロ2本、1キロ2本をやっていたんですけど、今回は2キロを8本しました。ケニア人はインターバル系のトレーニングで、しっかりと距離を踏むことを大事にしているんです。日本だと、よく400mを10本とかやるんですけど、それだと4キロしか走っていないじゃないですか。でもマラソンを走るなら、400mを40本とか、1000mを15本とか距離を踏む練習が必要ですし、僕はそういう練習をしたほうが体に刺激が入る感じがするんです。

 あと、練習は最後までやり抜くようにしています。今日は動きがはまらないからとか、設定タイムを超えられないからとか……そうした理由で(途中で)やめる人もいますが、そこで逃げたら絶対に壁は越えられない。我慢して追い込んでいくと、次に変わってくるので、ケガをしていない限りはやり切ることを大事にしています」

 綿密に練られた練習メニューを100%こなしていったせいか、ケニアに入った時はいまひとつだったコンディションも徐々に上がっていった。

 さらに、今回の合宿ではほかの選手から刺激を受けることもあったという。ケニアには同時期、ロンドン五輪、リオ五輪の5000m、1万mで2連覇したモハメド・ファラー、ハーフで59分13秒のタイムを持つジュリアン・ワンダース、ニュージーランドのロバートソン兄弟(ジェイクとゼーン)、神野が初めてマラソンに挑戦した福岡国際で優勝したソンドレノールスタッド・モーエン、そして大迫も合宿していた。

「大迫さんとは一緒に練習したり、食事したり、いろいろ話ができてよかったです。ためになったのは、メンタルの部分ですね。自分の取り組みは間違っていないと思ってやってきたけど、たまに『これで本当にいいのか』って不安になるんですよ。でも、大迫さんは自分がやっている取り組みが正しくて、一番成長できると自信を持ってやっている。やっぱり、自分に自信がないとマラソンは無理だよなって、あらためて思いました」

 驚かされたのは、大迫のメンタルだけではない。練習の質も高く、「あの練習ができた時に2時間4分、5分台のタイムが狙える域に行けるんだろう」と感じ、刺激を受けたという。

 神野は2月6日にケニアから帰国し、その3日後に唐津10マイルロードレースに参戦し、最後まで優勝争いをするなど、上々の結果を残した。

 その1週間前、香川丸亀国際ハーフマラソンで青学大の同期である小椋裕介が60分フラットの日本記録を更新し、続く別府大分毎日マラソンでは後輩の吉田祐也が2時間8分30秒で日本人トップの3位でゴール。これらのレースでも厚底シューズが話題になり、レースの高速化はその影響が大きいと言われたが、神野はそうした声に釘を刺す。

「レースが高速化になっているのは選手の力が上がって、シューズの性能がマッチしたからだと思います。だから、(高速化は)シューズだけのせいではないと思います。囲からはほかの選手のように『(ナイキの)ヴェイパーを履いたほうがいいよ』って言われるけど、僕はニューバランスのトップアスリートなんですよ。プロランナーとして最初に契約してくれたのがニューバランスでしたし、毎回納得できるシューズを提供してくれる。にもかかわらず、結果を出せていないことに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。サポートしてくれるニューバランスとこれからも一緒に頑張っていきたいと思っています」

 レースの高速化の波は、東京マラソンも飲み込みそうな気配だ。今回のレースで派遣設定記録(2時間5分49秒)を破らないと五輪への切符がつかめないため、序盤から高速レースになると言われている。大迫をはじめ、設楽悠太(Honda)、井上大仁(MHPS)らがハイペースで走る可能性は少なくない。だが神野は、マラソンという競技の特性上、ハイペースのまま進むとは思っていない。

「ハーフだとハイペースのままいくこともありますが、マラソンはそんなに甘くないですよ。5分台、6分台が続出するようなことは起きないと思います。レースが高速化しているからといって、マラソンも同じような感覚でいってしまうと終わりです。個人的には、みんなが高速でいってくれたほうがいいかなと。そうなったら、おそらく35キロぐらいからみんなを拾っていけると思うので……。今回の東京マラソンは、速いペースに流されず、現実を見て走ることが大事だと思っています」

 東京マラソンにおける神野の目標は、これまで言い続けてきたように2時間8分台を出すことだ。そこにブレはない。コンディションや調子がよくても、「あわよくば……」という邪念はないようだ。

「確実に8分台を出したいので、そういう走りをします。ハーフを63分45秒から64分台ぐらいでいければいいし、そういう準備をしてきました。東京五輪の最後の1枠がかかっているし、あきらめるなよって思われるかもしれないけど、2時間5分台の難しさはわかっています。昨年のMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)で17位になって現実を思い知ったし、僕はまだそのレベルじゃない。僕のマラソン人生が東京五輪で終わるなら狙いにいくけど、これからも競技人生は続くし、次につなげるためには自分が狙える目標を達成するほうが大事。一つひとつの目標をクリアした先に、世界陸上や五輪が見えてくると思うんです」

 そう決めた神野にとって、東京マラソンは2時間8分台という絶対的なノルマを課した自分と戦うタフなレースになるだろう。