ONE championshipでの第2戦(2月28日/シンガポール)を控え、秋山成勲はタイにいた。

「ギリギリまでタイにいて、いったん東京へ帰って準備をして、次の日すぐにシンガポールへ発つ予定でスケジュールを組んでます。タイへ来たのはまず気候、すぐ身体が温まるし、ここの街自体がスポーツの街みたいになってるんです。クロスフィットやいろんなジムがあって、プロテインバーだったり、鶏肉メインの飲食店が普通にあって、小っちゃな選手村みたいになってるんです」



プロ格闘家として一時代を築いた秋山成勲は44歳になった

 UFCにも出場するトップファイターをはじめ、充実した練習環境を求めて世界中から選手が集まる「タイガームエタイジム」。秋山は昨年6月のONE第1戦前に続き、ここで調整を行なっていた。

「たぶん世界のトップレベルなんじゃないですかね、ここは。MMAの選手がすごい数で、もう100人ぐらいいるんです。あんまり集まると嫌だから、正直、僕は隠しておきたいぐらいで(笑)。しっかり練習できるし、だからみんなここに来たら、もう1回来る。リピーターも多いと思います」

 そんななかで、午前中は格闘技に特化したコンディショントレーニング、午後にはミット打ちやレスリング、MMAの練習といったメニューを消化。44歳となった秋山だが、1日に2部練から3部練を行なっている。だが、一見して年齢離れした肉体を持っているとはいえ、年相応の疲れや回復の遅れを感じることはないのだろうか。

「やっているうちに、その身体になってくるんです。ただ、第1戦(2019年6月)の時は準備期間も少し短かったので、戦う身体が作れるか不安があって、結局、それができる前に試合が来てしまいました。

 見てくれはまあまあ出来上がったと思うんですけど、実際、自分で動けるかと言ったら五分五分ぐらいでした。そこでやっぱり年というか、作るのに時間がかかることを目の当たりにしたので、今回は時間があったし、前の部分からの貯金もあったので、やっぱり上がってくるスピードも前と全然違います。そういった意味でも44という年齢は、今はあまり気にならないです」

 コンタクトが常で、相手にダメージを与えることを目的とする格闘技で、44歳は決して若くはない。気にしないと語る秋山だが、逆の面で意識することがある。

「ONEで自分が一番年上らしいんです。最年長ファイターなのはうれしいし、余計がんばらないとなって思います」

 では、サッカーの三浦知良(横浜FC)のような存在を目指すのか? そんなふうに水を向けてみる。

「いやあ、それだと50まで行かなくちゃならないじゃないですか(笑)。行けたら行きたいですけど、自分が試合をしたくても『契約は終わり』って言われたらそれで終わりですし、自分もONEが終わったらほかへ行くつもりもないです。

 なので、まず契約のある47までがんばって、そこで自分にまだ商品価値があって、観客を集められるだけの選手なのであれば、また契約という話になると思います。でも、50って言われて一瞬戸惑いますけど、がんばれるのであればがんばりたいし、気持ちとしてはあるっていうことでしょうね」

 柔道で五輪出場の夢が絶たれ、秋山がプロ格闘家に転向したのが2004年大晦日。2006年末には物議を醸し処罰を受けた桜庭和志戦があり、2009年7月からはUFCを主戦場とする。

 UFCでは、大会ベストバウトとなる「ファイト・オブ・ザ・ナイト」を3試合連続で獲得する激闘男ぶりも発揮。2015年11月に行なわれたUFC初の韓国大会でも、メインカードに名を連ねた。しかし、そこから戦線離脱し、昨年6月、ONEでのアギラン・ターニ戦が実に3年7カ月ぶりの実戦となった(判定負け)。

 格闘家と並行して芸能活動を行なっている秋山は韓国で複数のCMに出演し、長女も子役タレントとして人気を博するなど、もはや格闘技に執着する必要はない。危険が不可避なこの競技を、なぜ今も続けているのか。そして、なぜ長いブランクのあとで戻ってきたのか。

「結局、格闘技に勝るものが今のところないんだと思ってます。芸能関係だったり、ほかの仕事も自分が好きなことをやっているのは事実なんですけど、格闘技より面白いことが見つかっていないんでしょうね。アスリートとしてやっている準備期間や考え、人との出会いであったり、それが何より居心地いいっていうか。それは本当に現役だからこそわかることだと思うし、ありがたいことだと思ってます」

 自身を語る時、秋山は「ファイター」よりも「アスリート」という言葉を好んで使う。多くの選手が戦いを通じ、成功することを目指して試合へ向かうが、試合以外の場で成功を収めた秋山には、アスリートとして最も基本的なひとつの思いが残った。

「モチベーションとしては、もう至ってシンプルに”勝ちたい”--それだけなんです。正直、今は自分が勝ったところで、あるいは負けたところで、何か仕事に大きく影響したり変わることってないんです。そうなると、もう自分の気持ちひとつなんです。だからただ単に”負けるのがイヤ”“勝ちたい”、もうほんとそれだけです」

 ONEシンガポール大会での対戦相手はエジプトのシェリフ・モハメド。今回はウェルター級(83.9㎏以下)での一戦となるが、1階級上のミドル級(93㎏以下)でも戦い、”ザ・シャーク”の異名を持つ。

「力強い感じの選手なので、あんまり自分も調子に乗って力と力でぶつかってもなぁと思いつつ、正面衝突したいタイプなので、たぶんそういうふうになっちゃうんじゃないかなと正直、思ってます。試合をしっかり味わいたいです」

 やはり、これに勝るものはないですか?

 最後に再びそのように聞くと、秋山は「そうだなぁ……」としばらく考えたあと、「今のところはないですね。正直、本当にないです」と答えを返した。

 思えば「正面衝突」する戦いだからこそ、UFCで3度もファイト・オブ・ザ・ナイトを獲得できたのだろう。そしてそれこそが、秋山が何より格闘技を味わうことができるやり方なのかもしれない。