キャンプ午前中の打撃練習を見て、根尾昂の体が高校時代よりもひと回り大きく、たくましくなったことを感じた。それから約7時間後、夕方までみっちりと練習に明け暮れた本人にその印象を伝えると、ユニークな反応が返ってきた。「今はちょっとしぼんでいま…

 キャンプ午前中の打撃練習を見て、根尾昂の体が高校時代よりもひと回り大きく、たくましくなったことを感じた。それから約7時間後、夕方までみっちりと練習に明け暮れた本人にその印象を伝えると、ユニークな反応が返ってきた。

「今はちょっとしぼんでいます」

 どういうことか尋ねると、根尾はその心を語ってくれた。

「一日練習したあとなので。今はすごく食べ物を欲している状態なので、大きくなったことが伝わらないかもしれないです」



今季から外野にも挑戦している中日・根尾昂

 普通のことを話しているはずなのに、不思議と理知的に聞こえる。高校時代から根尾の取材時の受け答えを聞いているが、その点はプロ2年目になっても変わらない。そして、丸一日練習して一時的にしぼんだとしても、体が強く、大きくなったことは確かなようだ。

「朝起きたときの感覚とか、体の調子は去年とはまるで違います。トレーニングの成果が出ていますし、それは冬から継続していることなので、いい芽が出ているかなと思います」

 プロ1年目は雌伏の年だった。2018年ドラフト会議で4球団から1位指名を受け、大きな期待を受けて中日に入団したが、スタートからつまずいた。

1月は新人合同自主トレで右ふくらはぎを肉離れして離脱。その後も左手人差し指や右ヒジを痛めるなど、故障が続いた。ファームでは打率.210、2本塁打、127三振。守備でもプロの壁に当たり、ウエスタン・リーグ108試合で遊撃のポジションにつき、24失策を喫した。シーズン最終盤に一軍を経験したものの、2打席2三振に終わった。

 高卒ルーキーが年間を通してファームで経験を積めたと考えれば上出来にも思える。だが、根尾は「去年はやりたいことがまったくできなかった」と総括する。もっとも痛感したことは、「体の弱さ」だった。ケガをしたこと以外にも、打球の質を含めてプロとしての強さが足りないと感じたという。

 今年の春季キャンプ、打撃練習では時折、バットで背中を叩かんばかりのフルスイングでライトスタンドを軽々と越える大飛球を放った。その一方で、外角のボールを逆らわずにレフト方向へライナーで弾き返すなど、ボールごとに打撃を柔軟に変えていることがうかがえた。ところが、本人に言わせると「全部フルスイングしているんです」という。

「ボールによって多少変わりますけど、基本的にはフルで振りにいきます。外野を守っていても、やっぱり振る選手はいやですし、詰まったとしても外野手がスタートを切りづらいので。フルスイングはプラスの材料が多いと思います」

 昨季途中から、根尾はメディアに”福留打法”に変えたと報じられてきた。釣り糸を垂らすようにバットヘッドを三塁側に傾け、リストを柔らかく揺らして構える。それが福留孝介(阪神)の構えによく似ていたためだ。だが、”福留打法”について聞くと、根尾は苦笑を浮かべながら「まったくマネはしていません」と断言した。

「似ていると言われていることに関しては、すっごくうれしいです。でも、勝手に言われているだけで、高校時代からもともとそんな打ち方なので。そもそも、似せにいって似せられる人ではありませんから」

 キャンプでの根尾の打撃練習を見ていると、タイミングをとる際の下半身の使い方を重点的にチェックしていた。打撃ケージに入っていないときも、右打者の石川駿や武田健吾の隣についてタイミングのとり方をなぞるようにマネすることもあった。

 だが、確固たるタイミングのとり方は見つかっていないようだ。18日に北谷公園野球場で行なわれたロッテとの練習試合、根尾は1番・センターで出場した。1安打を記録したが、それはタイミングを崩されて当てにいったボテボテのゴロが内野安打になったもの。中途半端なハーフスイングでの空振り三振や、チャンスでジャストミートできなかったライトフライなど、全般的にタイミングが合っていなかった。

 試合後、与田剛監督は2点適時三塁打を放つなど快打を連発した溝脇隼人について、「パンチ力がついてきたし、タイミングを合わせるのが非常にうまくなってきました」と称賛した。そんな与田監督に、タイミングをとり切れなかった根尾について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「根尾に関してはいいバッティングをしている時もありますから。うまくいかないときもあるでしょうが、プロは実戦が続くなかでいかに修正していくか。原因がわからないのでは困りますが、そんなにダメとは思っていません。これからオープン戦に入っていくなかで、そこが課題になるでしょうね」

 能力の高さは誰もが認めるうえに、ドラマ性も申し分ない。少年時代にはNPB12球団ジュニアトーナメントの中日ジュニアに選出され、小学生にして中日のユニホームを着た。中学時代にはスキー男子回転で全国優勝を果たし、両親は医師で自身も成績優秀、頭脳明晰。もし漫画の主人公にここまでの設定を盛り込んだら、「やりすぎ」と批判されるだろう。

 その一方で、根尾の類まれな思考力が「諸刃の剣」になっている可能性はないだろうか。事実、首脳陣からは「根尾は考えすぎている」という辛口評も耳にする。

 そこで、根尾に「1から10まで考えてからプレーに移すのですか?」と聞いてみると、意外な反応があった。

「あまり考えていないですよ。試合に向けて考えて準備はしますけど、いざ試合になったら一瞬のことなので、考えている時間もないですから」

 練習で考え、試合では無心。それが根尾の基本スタンスだという。根尾は「実戦中に考えてしまうと、頭に血がいってしまうので、体が動かなくなります」と、また独特な表現で語った。

 首脳陣から「考えすぎ」と見られることに対しては、「そうやって周りから見られているなら、僕が言うより正しいことだと思います。評価は周りが決めてくれることなので」と殊勝に受け止める。その受け答え自体が根尾のクレバーさの象徴のように感じられた。

 話を聞いた翌日、根尾は2打席連続三塁打を放って挽回した。与田監督のいう「修正」を1つクリアしたともいえる。

 そのニュースを目にした瞬間、私は最後に根尾が語った言葉を思い出した。

「去年は自分の野球がまったくできなかったので、自分のやり方で去年の冬からやってきました。そのやり方で今年もやれるんじゃないかなと思います」

 自分の野球とは何か。根尾は「うーん、雰囲気なんで……」と珍しく言葉に詰まった。「『オレが根尾昂だ!』という感じですか?」と聞くと、「いや、そこまでは言わないんですけど」と笑って、こう続けた。

「自分のスタイルというか、自分の感じを積極的に出していきたいと思います」

“根尾スタイル”を貫いたその先で、心身ともに一回り大きくなった根尾昂の新たな幕が上がるはずだ。