2月16日の日本選手権20km競歩は、日本陸連が設定した東京五輪代表の派遣設定記録(1時間20分00秒)を突破したうえで、優勝をすると即内定が与えられる選考大会だった。

 しかし、新たな代表内定は出なかった。昨年の世界選手権で優勝を果たし、すでに五輪代表に内定している山西利和(愛知製鋼)が優勝したからだ。



後半も競る展開を見せていた3人。左から山西利和、池田向希、高橋英輝

 雨の中スタートしたレースは、ペルセウス・カールストローム(スウェーデン/19年世界選手権3位)が序盤から先頭に立つと、2周目(1周1km)からは世界記録(1時間16分36秒)も狙える1周3分50秒にペースを上げる展開になった。そのなかで山西は、ペースが落ちないように500m毎にある折り返しで回るタイミングで意識的にペースアップする積極的なレース運びをした。

「カールストローム選手が世界記録へのチャレンジも公言していたから、ハイペースは想定していた。僕もなるべく休まないようにして、後半の勝負に持ち込む段階で削り合っていくことが自分の持ち味を一番生かせるパターンだと思ったので、ペースが落ちないように気をつけました。カールストローム選手と一緒に、記録にチャレンジできればいいと考えていました」

 ところが9km手前からカールストロームが遅れ出し、優勝は山西と高橋英輝(えいき/富士通)、世界選手権6位の池田向希(東洋大)の3人に絞られた。その後、11kmから山西がペースを一気に3分40秒に上げてふたりを突き放し、2位の高橋に10秒差をつけた。

「英輝さんに警告カードが2枚出ていたタイミング(今回から警告カード3枚で、2分間ペナルティゾーンで待機して再スタート。4枚目で失格)だったことと、池田がしんどそうだったので、1回仕掛けてみてもいいかなと思ってチャレンジしました」

 後に、この時点での高橋の警告カードは1枚のみで、2枚だったのは掲示の誤りだったことが判明したが、東京五輪代表を狙う高橋も気持ちを切らさず、3分50秒台のペースに落ちた山西を追いかけ、山西の動きが少し硬くなった14km過ぎには追いついてきた。

 これで6連覇と五輪内定を狙う高橋と山西の一騎打ちになった。

「15km前後では苦しかったタイミングがあって、ペースを上げた反動で動きが固まりつつあった。そこで仕切り直す必要もあるかなと思ったので、英輝さんが追いついてくれたタイミングで後ろにつかせてもらい、整えさせてもらったという感じです」

 こう振り返った山西は、そのあとのレース展開をこう考えていた。

「自分がそれまでに1回仕掛けているので、英輝さんの警告の枚数とにらめっこしながら……。もし2枚のままだったらどこかで勝負しないといけないけれど、自分が消耗している分、予定していた距離より短くなったところでスパートしてもいいかなとか、でも残りが短すぎたら英輝さんの得意な範囲に落ち込んでいってしまうので、どうしようかなと考えていました。そうしたら英輝さんに3枚目が出たという感じです」

 高橋の警告カードは16km通過前に3枚目が出たが、そこで前の1枚が誤りと判明して2枚に戻った。だが18kmを過ぎたところで再び3枚目が掲示され、ラスト1周に入る前に2分間のペナルティが与えられた。

 その結果、山西が1時間17分36秒で優勝。高橋は1時間19分53秒で3位になった。

「ラストの怖さを持つ英輝さんと競り合いになっていたら、どうなっていたかはわからないですが、チャレンジする余力はあったと思います。でも結局、勝負を仕掛けたのではなく、警告の枚数で決まってしまった。最後の競り合いで勝ち切れたわけでもなく、勝負の方はパッとしなくて残念でした」

 こう話す山西だが、1時間17分36秒という記録については、こう評価する。

「去年の能美大会で出した自己ベスト(1時間17分15秒)に比べると少し落ちるけど、今の状態でこのタイムを出せたのは、昨年からの1年間の取り組みのベースが効いている。地力がついてきているから、ピカイチとは言えない状態でもこういうタイムが出せたのだと思います」

 歩型をジャッジする審判員は主任1名のほか8名いるが、この大会には五輪を担当する海外の国際審判員が5人来ていた。さらに、これまでの2km周回から1km周回になったことで、歩型を見る回数は単純計算で2倍。高橋だけではなく2位でゴールした野田明宏(自衛隊体育学校)にも、ゴール直前3枚目の警告カードが出ていることを考えると、警告の枚数がこれまでよりも多く、全体的に判定は厳しくなっていた。

 そんななかでも、山西は警告カードが1枚、その前段階である注意のカードは1、2名の審判に出されただけ。このジャッジは山西に自信を与えた。

「注意を4、5回出されていればフォームが悪いということだが、1、2回なら問題ないと思う」

 昨年の世界選手権で優勝はしたが、2位とは15秒差で、「本当はラスト3周を3分40秒で歩いて圧倒的な勝ちかたをしたかったので、悔しい。自分としては理想を追いかけたいので……」と、フィニッシュした瞬間にも笑顔を見せなかった山西。

 さらに、もし東京五輪で金メダルが獲れたとしても満足しないだろうと話す。

「東京五輪で優勝することで何が見えるかというより、勝つために取り組みを進めていく中で何を思って見るかですね。そのプロセスにいろんな色とか幅を出していきたい。もちろん結果は一番大きいからこそ、プロセスにこだわる必要があると思います。東京は中間地点。自分が先々追っていこうとしている方向に、永遠にゴールはないと思います」

 そうやって競技を続ける理由については、「どこかにあるかもしれない、きれいなものに向かって進んでいるのが好きなんだと思います」と微笑みながら話していた。

 そんな西山が、日本選手権初制覇でその道をまた一歩進んだのは確かだ。

 今回決まらなかった東京五輪の2枠目と3枠目は、3月15日に行なわれる全日本競歩能美大会に持ち越されることになりそうだ。そこには、昨年の世界選手権50㎞で優勝して、すでに同種目の東京五輪内定を取っている鈴木雄介(富士通)も出場予定だ。

 鈴木は20㎞世界記録保持者というプライドもあり、優勝を狙っている。そんな鈴木を相手に、今回悔しい思いをした高橋や、山西の仕掛けに対応しきれなかった池田がどんな戦いを見せるか。

 東京五輪で”金メダル獲得”の可能性がある層の厚さを誇る競技だからこそ、山西に続く選手たちの充実も必要になる。複数メダルの可能性もあるだけに、国内の激しい競り合いに期待せずにはいられない。