669日ぶり、比嘉大吾(白井・具志堅スポーツ)がリングに帰ってきた。

 満員の東京・後楽園ホール。前売りチケットは完売し、50枚用意された当日券も、瞬く間に売り切れた。沖縄からも約250人の応援団が駆けつけ、この日を待ちわびたファンたちが、リングに向かい花道を歩く比嘉に声を振り絞る。



見事なTKO勝利で復帰戦を飾った比嘉大吾

「おかえり、大吾!」

 しかし序盤、会場の熱狂とは裏腹に、比嘉のパンチは何度も空を切った。2年近いブランクの影響を、比嘉自身が「ボクシングはそんなに甘くない」と、誰よりもわかっていた。

 それでも、15試合連続KO勝利の日本記録を生んだ拳は、錆びついてはいない。6回、右ボディーで最初のダウンを奪うと、直後に再び右ボディーでジェイソン・ブエナオブラ(フィリピン)をキャンバスに沈める。プロ15戦のフィリピン人ボクサーは立ち上がることができず、キャリア初のTKO負けを喫した。

 2018年4月、比嘉はWBC世界フライ級3度目の防衛戦の前日計量で、リミットの50.8キロを900グラム超過し失格。王座を剥奪され、ボクサーライセンス無期限停止処分を受けていた。

 その処分は2019年9月に解除されていたものの、ここまで復帰が伸びた理由のひとつは、比嘉が”闘う理由”を探していたからだった。

 この日の試合後、比嘉は「18歳で東京に出てきて、世界王者になろうと思った気持ちは薄れている。自分のためにがんばろう、やりたいという意思はなかった」と告白している。

 プロを志した瞬間から、ボクサーは世界チャンピオンになることを夢見る。しかし、その夢を叶えた瞬間、新たな夢を見つけなくてはいけない。

 王者として防衛を続ける最中ならば、余勢を駆ることもできるだろう。しかし、一度王座から陥落すれば、返り咲くために自身を奮い立たせることは困難を極める。

 世界チャンピオンになるよりも、世界チャンピオンに返り咲くほうが難易度は高いと言ってもいい。空白の期間、比嘉はモチベーションを、闘う理由を探し続けた。

 1年10カ月、試合から遠ざかっていた比嘉が、口癖のように、そして少し寂しそうに言っていたことがある。

「人って面白いですね」

 誰かの陰口を、比嘉は言わない。しかし、王者陥落と同時に離れていった人がいた。比嘉大吾だから付き合っていると思っていた人物が、チャンピオンだから付き合っていたのだとわかったこともあった。

 味方は誰だ? 仲間はどこだ?

 リング上の野性味あふれる姿とは裏腹に、一度リングから降りた比嘉のハートは繊細だった。

「応援してくれるファンのために、もう一度がんばります」。そう言うにとどめるのが、無難だったはずだ。

 しかし、まっすぐで本音を隠すことができない比嘉は、今年1月の再起会見で、より範囲を限定してこう言った。

「2年間、離れないでいてくれた人、計量失敗しても見捨てないで応援してくれた後援会、スポンサーのためだけに戦います」

 ベルトを失い何者でもなくなった自分を、それでも近くで支えてくれた人たちのためだけに闘おうと、比嘉は決めた。

 たとえば、元世界チャンピオンの長谷川穂積。長谷川は解説などの仕事で関西から上京するたびに、復帰を決めかねる比嘉を幾度となく食事に誘った。

「困ったことがあれば、相談にのるから」

 たとえば、元世界チャンピオンの内山高志。内山は、練習を再開したものの、なかなかモチベーションが上がらずくすぶる比嘉を、豪快に笑い飛ばした。

「焦る必要はない。俺が世界チャンピオンになったのが30歳。大吾は24歳!? 焦らなくても世界チャンピオン100回防衛できるよ」

 また、以前から親交のあった、小出義雄は亡くなる数日前にこう言った。

「比嘉くんはもう1度、世界チャンピオンにならなければダメだ」

 そうして紆余曲折の果て、669日ぶりにたどり着いた復帰戦のリングだった。

 試合後、記者に今後について聞かれると、不器用すぎる比嘉は本音を隠そうとはしなかった。

「2年休んで、またかと思われるかもしれませんが、ここでちゃんと一回、気持ちを整理しておかないと。このまま続けても、チャンピオンにはなれない。ただ、どこかで自分に期待していない自分もいる。今後、モチベーションが上がらなかったら辞めようとも思っている」

 支えてくれた人のためだけに立った復帰戦のリング。この先の進むべき道は、ほかの誰でもない、比嘉自身が決めるしかない。だが、どんな道を選ぼうと、君は君で君だ。

 それでも、後楽園ホールだけではない、ハードパンチャーの復帰を669日待ち望んだ、全国に散らばる多くのファンの声を代弁しておきたい。

 おかえりなさい、比嘉大吾。