「これまでは自分より大きな相手と戦ってきたが、今では適したウェイト(=バンタム級)に落とした。これからモンスター・ハンティング(怪物狩り)に臨みたい。場所はどこでも構わない。私は2014年の大晦日に日本で戦った経験もある」 現地時間2月…

「これまでは自分より大きな相手と戦ってきたが、今では適したウェイト(=バンタム級)に落とした。これからモンスター・ハンティング(怪物狩り)に臨みたい。場所はどこでも構わない。私は2014年の大晦日に日本で戦った経験もある」

 現地時間2月8日、アメリカのペンシルバニア州アレンタウンで開催されたWBA世界バンタム級タイトル戦で、リボリオ・ソリス(ベネズエラ)に判定勝ちしたギジェルモ・リゴンドー (キューバ)は、試合後にそうまくし立てた。




WBSSを制して米国に本格進出し、さらに注目度が増した井上尚弥

 この日のリゴンドーは、初回にソリスの左フックでダメージを受けるシーンはあったものの、2回以降は得意のアウトボクシングでペースを掌握。ジャッジの採点は2-1ながら判定勝利を収め、階級を下げての2階級制覇を達成し、バンタム級戦線への本格参入を果たした。そのあとに標的として挙げた”モンスター”とは、WBAスーパー、IBF王者の井上尚弥(大橋ジム)にほかならない。

 井上への不敵な挑戦状は、日本メディアへのリップサービスではない。筆者はソリス戦後の会見で井上に関する質問をぶつけようと考えていたが、こちらから尋ねる必要はなかった。会見の半ばでは、現地メディアから井上に関する質問ばかりが飛び、しまいにはその話一色になったのだ。

「井上との対戦も期待されているが?」「井上の印象は?」「昨年11月の井上vsノニト・ドネア(フィリピン)戦をどう思ったか?」「井上がボブ・アラム率いるトップランク社と契約したことが、対戦交渉を難しくすると思うか?」

 この一件は、本格的な米国進出が決まった井上への現地メディアの興味の大きさを示している。同時に、どこかミステリアスな魅力を持つキューバの達人、リゴンドーへのリスペクトを物語っているとも言えるかもしれない。

 稀有な技術を持ちながら、試合が単調になりがち。そんな特徴ゆえに毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいリゴンドーだが、独特のカリスマ性に惹かれているメディアはアメリカにも少なくない。

 井上の米国内での評価の高さは周知のとおりだが、39歳にしてハイレベルのスキルを保ったリゴンドーなら、モンスターを苦しめるかもしれない。タイプの違う新旧王者の対決を見てみたい。ソリス戦後の会見での混乱からは、米メディアのそんな昂りが感じられた。

 もっとも、井上vsリゴンドーの早期実現の可能性は高くない。井上は4月25日、ラスベガスのマンダレイベイ・イベンツセンターでWBO王者ジョン・リエル・カシメロ(フィリピン)との統一戦を控えている。この試合をクリアして3団体統一を果たせば、その後はWBC王者との最終統一戦を目指すか、IBFから義務付けられている指名戦をこなさねばならない。

 WBAからスーパー王者に認定されている井上には、いわゆる”セカンダリータイトル”を保持する選手と戦う義務はない。ほかに優先事項があるのであれば、リゴンドーとの早めの対戦に動く理由もないだろう。

 加えて、井上のアメリカでのプロモーターとなったトップランク社のボブ・アラムが、リゴンドーを毛嫌いしていることも忘れてはいけない。2010年代前半にアラムと契約していたリゴンドーは、トップランク社の興行で凡戦を連発。百戦錬磨のアラムをして、「客を喜ばせる気がない選手はプロモートのしようがない」とよく嘆いていた。

 さらに2013年には、トップランク社が軽量級のスターに育て上げたドネアとの対決で、リゴンドーは完勝してしまった。手塩にかけていたフィリピンの雄に黒星をつけられ、アラムが地団駄を踏んだのは言うまでもない。ソリス戦後、リゴンドー は「アラムは、自分の選手を私と対戦させたら何が起こるか、もうわかっているはずだ」と挑発していたが、その言葉にはそんな背景があったのだ。

 2017年、新たにトップランク社のエースになったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)がリゴンドーに完勝し、アラムはようやく溜飲を下げた。それでもこのキューバ人ボクサーに対する苦々しい思いは消えてないはずだ。

 リゴンドーは、今ではトップランク社のライバルプロモーターであるPBCと契約しているが、代理人のアル・ヘイモンが、39歳のバンタム級選手のレンタルを執拗に拒むとは思えない。それでもトップランク社は、これから新スターに育てようという井上に、仇敵をわざわざぶつけようとは思わないだろう。

 ただ、井上vsリゴンドーというカードに心惹かれるのは、一部の米メディアだけではないはず。アマチュア時代から英雄的なキャリアを過ごしてきた”キューバンマスター”は、井上の過去の対戦相手とは毛色の違う技量を持っているからだ。 

 最新のソリス戦は苦戦とも言える内容ではあったが、2回以降に示した距離感、ジャブ、確立されたスタイルは健在。スピードこそやや落ちたとしても、かつてドネアをも打ち負かしたカウンターの左ストレートは脅威で、打ちにかかったときの連打には迫力があった。

 バンタム級が本当に適したウェイトであるなら、リゴンドー はこの階級の多くの強豪にとって厄介な存在になる可能性を秘めている。井上は前戦で、同じく階級を下げてきたベテランのドネアに予想外の苦戦を強いられており、さまざまな意味で興味深い対戦ではある。

「(井上は)総合力に優れた選手で、すばらしいファイターだ。彼は試合が始まったら多くのことに適応してくる。しかしそれは、私が得意とすることでもある」

 リゴンドー自身がそう認めたとおり、井上も引き出しの多さでは負けていない。リゴンドーの打たれ弱さを考えれば、日本のモンスターがあっさり倒してしまってもおかしくはない。ただ、キューバ人の徹底したアウトボクシングに対して距離がつかめなかった場合、井上が左カウンターに苦しむこともありえる。

 激しい打ち合いになることは考え難いが、緊張感溢れるペース争いが展開されるかもしれない、ポテンシャルを秘めたファイト。前述どおり、早期実現の線は薄くても、リゴンドーがまだ力を残している間に見てみたいカードだ。

 トップランク社のアラムがリゴンドー起用を気に入らないなら、日本で開催される年末の興行プランにリゴンドー戦を組み入れてもいいだろう。4団体統一戦の交渉が難航した場合のバックアッププランにする手もある。

 年末は世界的に”興行枯れ”の時期だけに、日本開催でもワールドワイドな注目度は高くなる。そんな舞台で、ファンとアンチが多い厄介なディフェンスマスターを完全KOできれば、井上への称賛も大きくなるはずだ。