四大陸選手権で初優勝した羽生結弦

 韓国のソウルで行なわれた四大陸選手権の最終日、男子公式練習で4番目の曲かけ練習だった羽生結弦は、曲かけを行なわずに開始15分後にリンクから上がった。体のキレもよく、気力もあふれ出して好調さを感じさせた。

 羽生は4回転トーループ+1オイラー+3回転サルコウを難なく決め、4回転サルコウもきれいに決めると、その後はトリプルアクセルから3回転フリップも跳び、フライングキャメルスピンまで続けた。

 ジャージを脱いでからは3回転ルッツを2回跳び、そのあとは冒頭に予定している4回転ルッツにトライ。6回目にきれいに決め、そのまま次の4回転サルコウまでつなげた。その後再びジャージを着ると、4回転トーループ+3回転トーループと、4回転ルッツに入るコースを確認してリンクを後にした。

 この日の男子フリーは11時30分から開始。22番滑走の羽生の出番は午後3時00ごろのため、一度ホテルに戻ってから午後1時半には出発しなければいけないことを考えれば、練習をフルにやると2時間弱しか休めない。そんなスケジュールだからこそ、体力温存を考えて曲かけ練習を回避したのだろう。

 羽生は本番前の6分間練習でも好調で、4回転トーループ+3回転トーループと4回転サルコウを決めると、ルッツの入りを確認して3回転を跳んだあとに4回転ルッツもきれいに決め、あとはコースを確認するだけにとどめていた。

 4分に短縮した『SEIMEI』の冒頭のジャンプを4回転ループから4回転ルッツに変えたのは、昨季から悩まされていた氷のコンディションに対応するためだ。羽生は昨季の世界選手権で「エッジ系のジャンプは氷の状態の影響を受けやすい。それが少ないトー系のジャンプを入れることを考えなければいけない」と話していたが、今季も前半戦はループで苦しんでいた。

 新たな『SEIMEI』を完璧なものにするためにも、「やっている年数はルッツとループは違うし、経験値の差はあまりにも大きいので、そこを埋めていかなければいけないと思いますが、体が動けばある程度は跳べるジャンプでもある」と考え、経験値より可能性を選んだ。

 四大陸選手権はそんな『SEIMEI』を披露する場だったが、羽生は思わぬアクシデントに惑わされた。前のチャ・ジュンファン(韓国)の演技が終わってリンクに上がった羽生は、フェンス際の氷の状態を見てから右手をあげてアピールして審判席に向かった。

「氷に穴が開いて下のコンクリートが見えているのに気がついた。一瞬、どうしようか考えてからレフリーに伝えました。そこでちょっと迷って気が散った状態で入っちゃったかなというのが残念です。ルッツに集中しようという気持ちで入っていけていれば、また違ったと思う」

 そんな状態で臨んだ最初の4回転ルッツは、尻が下がって手を付く着氷で3.78点減点に。それでも、その後の4回転サルコウとトリプルアクセルは3.88点と3.66点のGOE(出来ばえ点)加点をもらい、3回転フリップはエッジがクリアでないと判定されたものの立て直したかに見えた。

 だが、ステップを終えて後半に入ってから崩れてしまった。

「最初の出来事もいい経験になりましたし、これだけ崩されるような状況になったとしても、ルッツはあそこまで行けるんだよという感触にはなったので、収穫でもあると思います。ただ後半に関しては、そこで集中しなきゃということもあったし、頭を使ったというのはあります。体力というより頭かなと思います」

 こう話す羽生は、連続ジャンプにする予定だった最初の4回転トーループで着氷を乱すと、1オイラーを付けてから3回転サルコウを跳ぶ3連続ジャンプにした。だが、そこでリズムが狂ったのだろう。次の4回転トーループを連続ジャンプにしようという意識が強すぎたのか、転倒。その後、トリプルアクセルに2回転トーループではなく3回転を付けてリカバリーし、2.74点の加点をもらうジャンプにした。

 そんな乱れもあって演技構成点は91.28点。合計を299.42点にして勝ち切ったが、ショートプログラム(SP)のように納得の結果ではなかった。

 今回、四大陸選手権を初制覇したことで、ジュニアとシニアを通じた主要国際大会のすべてで優勝する”スーパースラム”を達成した感想を求められると、羽生は苦笑いを浮かべながらこう話した。

「この大会は16歳の時にいい演技をして銀メダルで、それからなかなか勝てないなと思いながらやっていたので、やっと獲れてよかったなと思います。とりあえず今回は、フリーのことは忘れて……(笑)。ショートがよかったうえでのスーパースラムだと思うので、総合的には『とりあえずよかったな』というところですね。あとはホッとしているのがいちばんです。本当はたぶん、世界選手権や五輪がいちばん最後に獲るべきものだったかもしれないですけど。今シーズンはスケートカナダ(で未勝利)の呪縛が(初優勝して)解けた。昨シーズンはグランプリシリーズ1戦目(に勝てないこと)の呪縛だとか、そういうものを少しずつ晴らしていけているので、そういった意味でも何かホッとしています」

 また、羽生は、『バラード第1番ト短調』と『SEIMEI』に再び挑戦する意味について自らの考えも述べた。

「フィギュアスケートは毎年毎年新しいプログラムをやったり、続けても2年くらいだったりするじゃないですか。でもそれが本当の真理なのかな?と、自分の中では思っていて。たとえば伝統芸能とか……。『SEIMEI』は特にその要素が入っていますけど、何か語り継がれるものというのは、何回も何回もやっているじゃないですか。クラシックバレエにしてもオペラにしても。だから自分も何か、そういう道に行ってもいいんじゃないかなって。もっと究められるものもあるのでは、と思うんです。

 むしろ同じものをやるって、メチャメチャ怖いんですよ。評価の対象が(過去の)自分で、しかも最高の状態の自分と比べられてしまうので、すごく怖い。でもそれよりも上に行けるようにと常に考えているから、それもまたひとつの形なんじゃないかなと。『Origin』と『Otonal(秋によせて)』を通してここまで来たからこそ思います」

 その怖さについて、羽生は平昌五輪シーズンを『バラード第1番ト短調』と『SEIMEI』で行くと決めた時も話していた。「ジャッジや観客にどう評価されるか怖い」と。そのため、SPは、前シーズンの『レッツ・ゴー・クレイジー』を続行しようか迷っていた。だが、平昌ではそのプログラムが受け入れられ、評価され、五輪を制することができた。そんな経験もしてきたからこその、今回のプログラム変更なのだろう。

 1カ月後の世界選手権へ向けては、4回転アクセルを入れられるように努力はするが、基本的には「今やっていることを突き詰める」と語った羽生。

「フリーに関しては点数を出し切れていないけど、方向性は間違っていないと思うし、この方向で自分はスケートをやりたいと思えるので、それが評価されるのであればうれしいし、評価されないのであればしょうがないという気持ちです。ルールは自分で変えられるものではないので、それをジャッジや観客が劣っていると思われれば、それが僕の実力だと思います」

 こう話す羽生だが、大きな手応えを感じているのは確かだ。今回、SPではいろいろな経験を積んだからこそできる演技や表現が高い評価を受けた。そしてそれは、フリーの『SEIMEI』でも同じはずだ。羽生は今、世界選手権で現在の自分の演技と表現が、どこまで通用するかを楽しみにしているようだ。