四大陸選手権SPで首位発進の羽生結弦

 2014年の平昌五輪以来、2年ぶりの『バラード第1番ト短調』--。2月7日にソウルで開催された四大陸選手権の男子ショートプログラム(SP)で、羽生結弦はあの頃とはまた一味違う、バラード第1番を見せてくれた。

 ジャンプ構成は最初に4回転サルコウを跳び、続いて4回転トーループ+3回転トーループ。そしてフライングキャメルスピンを入れた後にトリプルアクセルと、最大の得点源である連続ジャンプを基礎点が1.1倍になる後半に入れなかった。

 その意図を羽生はこう説明する。

「今回前半に4回転を2本入れたのは、それがいちばん自分を表現しきれるプログラムであって、今のこのGOEの幅が増えたという現状では、いちばん点数が安定して取れるんじゃないかということもあってこの構成にしました。でも正直言ってしまうと、はっきり言って点数とかはどうでもいいなと思っているので…。何よりも自分が、このプログラムで何を表現したいのか、どういう風に曲を感じたいかということをいちばん大事に、このプログラムのこの構成を選びました」

 最初の4回転サルコウは昼の公式練習の曲かけでは転倒し、直前の6分間練習でも一度きれいに決めたあとにパンクして2回転。終了46秒前に再度挑戦して成功させたように、若干の不安もあった。だが本番ではきれいに決めた。羽生は「やっぱり何か、本番になったらたぶん、音と跳べるフォームを一緒に記憶しているんだなという風に思って。とにかく自分は曲もプログラムも信じて跳んだというのが大きいと思います」と話した。

 自分のジャンプを信じて跳んだという言葉は、平昌五輪のSPのあとにも口にしていた。ギリギリの状態で何とか間に合わせた大会では、冷静過ぎるほど冷静に、無駄が一切ないシンプルな動きできれいなジャンプをすべて決めていた。その時は「もう何年も付き合ってきたジャンプだからこそ、自分の体が覚えていると信じていた」と話していた羽生。その時とは違い、今回はジャンプだけではなくプログラムそのものも信じていたのだ。

「平昌と今回は少し違っていますね。平昌の方がもうちょっと(点数を)狙っていたかもしれない。やっぱり後半に4回転+3回転があるというので、スピンはちょっと回転速度も遅くしたりして、目が回り過ぎないようにとかいろいろコントロールしていたんですけど、今回は後半がトリプルアクセルだけなので、思い切って全部をできているというか。これはアイスショーではできないですし。競技プログラムとして競技をやっている中でこれをできるというのは、本当に幸せだなと思います」

 こう話す羽生のジャンプは完璧だった。静かな流れの中で跳んだ最初の4回転サルコウは、9人のジャッジの5人がGOE(出来ばえ)加点5を付けてほかは4で4.43点の加点。さらに音が高まったなかで力強さも見せながら跳んだ4回転トーループ+3回転トーループは4人が5点を付けて4.21点の加点にした。そして音が静まる中でフワッと軽やかに決めたトリプルアクセルは、6人が5点を付ける3.77点の加点と、3本とも完璧なジャンプ。さらにチェンジフットシットスピンも、めまぐるしく手の置き方を変えて表現力を存分に発揮する、羽生ならではと言えるスピードのある滑りだった。

 さらに演技構成点も、すべてのジャッジが5項目すべてで9.50点から10.00点を並べる高い評価で48.40点を獲得。合計は世界最高得点を上回る111.82点と、納得できるものだった。

 羽生は「できれば112点までいけるようにと思っていましたが、あと0.2点というのは誤差というか、ついたりつかなかったりする点数だと、自分の中では今回は思っているので。いつでもその0.2点を超えられるような、いい演技をできる準備をしていきたいなと思います」と話す。

「とにかくいちばん良かったなと思うのは、ジャンプとかステップなどで、『ここは何回回って』とか『ここを注意して』というのが全然なかったこと。自分の中ではもう、何の雑音もなく滑り切れたし、最後に音が終わって手を下ろすまでつなげられたというのが、いちばん心地よかったな、という気持ちでいます」

「こんなに気持ちよく滑れたのは久しぶりです。本当にこれまでのバラード第1番の中で、いちばん良かったんじゃないかなと自分で思っています」と言う自身の言葉どおり、これまで以上に静かなピアノの音に敏感に反応してそれをそのままジャンプや滑りで表現し、曲調が高まる中ではそれに自分の感情を乗せるような圧巻の滑りだった。

「やっぱり『オトナル(秋によせて)』をやったからこその表現の仕方とか、深みもとれたと思いますし、何より曲を感じることをしながらも、すごくクオリティの高いジャンプを跳べたということは、何かこのプログラムならでは、という感じもします」

 羽生は平昌五輪の前のシーズンに『レッツ・ゴー・クレイジー』と『ホープ&レガシー』を演じた時には、「ミュージシャンのライブのように、その時々に感じている感情や思いを乗せて滑る、その時だけの一期一会のような演技をしたい」と話していた。そういう面では今回の『バラード第1番ト短調』も、五輪後に経験した気持ちの揺れも含め、そのすべての要素が積み上げられた今だからできる演技だったのだろう。

 フリーへ向けて羽生は「今日バラード第1番をやってみて思いましたが、『SEIMEI』もやっぱり違うものになると思っています。やっぱりあのころとは経験値が違いますし、音の感じ方とか間の取り方とか…、あとはどういう風に表現していくかというのも全然違うので。だからまた違ったものにしたいなという気持ちでいます」と話す。

 今回、バラード第1番を滑り「やっと自分にストンと戻ってきた感じがする」と話した羽生は、「ワインやチーズと同じで滑れば滑るほど、時間をかければかけるほど熟成して、いろんな深みが出るプログラムだなと思った」とも言う。そう話しながら見せていた、自分の世界にやっと戻ってきた安堵感をうかがわせるような笑みが印象的だった。