見つけた野球の素晴らしさ

 「天国と地獄を見られる場ですね」。4年間過ごした早大野球部を、加藤雅樹(社=東京・早実)は淡々とした表情でこう振り返る。かつて甲子園を沸かせ、周囲からの期待を背負い入学した加藤だったが、そこからの日々は険しいものだった。重圧に立ち向かい、挫折や苦悩の果てにつかんだものは何だったのか。『4番主将』としてチームを引っ張ってきた加藤の、4年間を追う。

 1年時の東京六大学春季リーグ戦(春季リーグ戦)からメンバー入りを果たしてチームに貢献するが、直後の夏に左太ももを負傷。柳町達(慶大)ら同世代の活躍を脇目に、けがをした自分へのいら立ち、ふがいなさに苦しむ日々を過ごした。だが、この悔しさが加藤を突き動かす。強みである長打力に磨きをかけるため、体の『軸』を意識したトレーニングを導入。さらに、食生活や睡眠など、あらゆる視点から自身のパフォーマンスを向上させようと心掛けた。打者としての技術をより伸ばすため、徹底的に自分と向き合い続けたのだ。その努力が奏功し、復帰直後の2年春には4番を任されると、3割7分5厘、4本塁打、13打点を記録。見事首位打者とベストナインを獲得し、一気にその名を知らしめた。

 だが、その後は打撃成績が低迷し、加藤にとってどん底とも言える、苦しい時間が続く。2年秋は打率を大きく落とし、チームは最下位に転落。その後復調の兆しを見せるが、3年秋には思うような結果が出ずにスタメン落ちも経験した。圧倒的な成績を残したいという思いがある反面、満足のいく成績を残すことができない。それに加え、注目度が高いだけに痛烈な批判を浴びることも多かった。「気にしてはいけない」と頭ではわかっていてもTwitterなどのSNS上で自分の名前を調べてしまう。その度に目にした批判の言葉が加藤の胸を否応なく突き刺した。厳しいマークと活躍への期待の中で、自責の念に囚われてしまった加藤。楽しかった野球に対しても、次第に恐怖を覚えるようになっていた。主将に就任して臨んだ4年春はベストナインに返り咲いたが、秋は開幕から不調に陥る。プロ野球ドラフト会議では早大の看板選手として注目されたものの、最後まで名前を呼ばれることはなかった。しかし、ドラフトの重圧から解放されて迎えた早慶戦では、要所で安打を放つ活躍を見せ、チームは逆転勝利。「本当に最高の試合でした」と振り返る加藤の表情には一切のよどみもない。その気持ちの中には、誰よりもチームと向き合い、勝利の難しさを知っている加藤だからこそつかんだ喜びと幸せがあった。苦しくても前進してきた日々が実を結び、最後は最高のかたちで幕を下ろしたのだ。


4年秋の早慶戦終了後、慶大主将の郡司裕也(奥)と抱擁を交わす加藤

 

 責任感の強い加藤にとって、『4番主将』という看板は重いものだった。苦しい状況でも主将として常に前を向いて選手を鼓舞し、ひと度グラウンドに立てば4番として、プレーでチームを引っ張っていかなければならない。どうしたら優勝に導くことができるか。「自分の背中がチームの姿」という言葉通り、加藤はどんな時でも下を向かず、チームの勝利のためにするべきことをいつも考えてきた。だが、時には壁にぶち当たることもあった。「一人でできることには限界がある」。一人の力だけではなく、選手それぞれの力の結集がなければ勝利をつかめないのが野球というスポーツだ。加藤の主将としての意識は、1年間で徐々に変わっていく。責任感やリーダーシップだけではなく、自分の力を出すことに集中することが大切なのではないか。この野球部がチームメイト全員の志を遂げられる場所になれたらいい。それからの加藤は、勝利至上主義ではない、様々な意見を受け入れられるチームづくりを目指した。「人間として大きく成長できたなと思います」。リーダーとは何かを自問自答し、4番打者として結果を求め続けた歳月は、技術だけでなく人間としても着実にステップアップさせたのである。

 生まれ変わっても野球がしたいですか、という問いに加藤はすぐさま「やりますね」とにこやかに答えた。時には批判にさらされながらも、勝利に向けて走ってきた4年間で見つけたものは『野球の素晴らしさ』なのだという。一本の安打が遠い、一勝が遠い、その中で諦めずにグラウンドに立ち続けた先には心震える瞬間が待っている。結果を恐れて迷いに囚われてしまったこともあった。でもそれを乗り越えて打てるようになりたい、このチームで最高の景色を見たいという思いが、加藤を学生随一のスラッガーまで押し上げた。この『打ちたい』『勝ちたい』という純粋な気持ちこそ、どんな時でも野球を投げ出さずに邁進(まいしん)してきた加藤の原動力だったのだ。卒業後は社会人野球・東京ガスへの入団が決まっているが、もちろん目指すはその先のプロ野球界。チームを勝たせる打者になるための挑戦はまだ終わらない。自分という壁に立ち向かい、早実高時代から7年間早稲田を引っ張ってきた加藤は、これからさらなる飛躍を遂げてくれるに違いない。この大学生活で見つけた『野球の素晴らしさ』を胸に、きょうも夢を追いかける。

(記事 小山亜美、写真 望月優樹氏)