写真:新井宇輝/撮影:佐藤主祥

小学校時代に卓球で団体日本一を経験し、中学は名門・愛工大名電に進学した新井宇輝(たかき)は、右肘の怪我で競技人生を中学で終えた。打って変わって現在は、eスポーツへと活躍の舞台を移し、プロプレイヤーとして新たな人生を歩んでいる。

新井は、eBASEBALLプロプレイヤーとして、元卓球選手として、将来的に何を見据えているのだろうか。もがき苦しんだ2019シーズンを振り返ってもらいながら、本人に現在の心境を訊いた。

母校・愛工大名電卓球部の先輩からの応援




写真:「eBASEBALL プロリーグ」の風景/提供:©️Nippon Professional Baseball / ©️Konami Digital Entertainment

2018年から始まった「eBASEBALL プロリーグ」では、1チーム4名のうち、3名が出場し、それぞれ1試合ずつ対戦する(2018シーズンは3人制、2019シーズンより4人制)。対戦オーダーは試合3日前に発表され、そこから戦略を練ることになる。

新井は高校3年生で、当時は受験シーズン真っ只中。勉強に時間を費やさなければいけないため、パワプロの練習時間は1日わずか1時間しか取れなかった。

「もともと卓球に人生をかけていたので、競技に力を注いでいる分、勉強は疎かにしていて(笑)。もう大学に受かるために毎日必死でした」と二足のわらじを履く苦労を明かした。

自身の初戦となった11月10日の試合前には、母校・愛工大名電の先輩から応援の言葉をかけられた。現在、Tリーグの琉球アスティーダで活躍する木造勇人もその一人だ。

「中学生の頃は、よく木造さんの洗濯物を洗っていましたね(笑)。当時からすごい選手でしたが、今はもっとすごい。卓球は辞めても、今でもこうして仲良くさせてもらえることは本当に嬉しいですね」。

「守り」から「攻め」へ。連敗止め逆転CSへ踏みとどまった“涙の1勝”

だが、新井は初戦を勝利で飾ることは叶わず、チームとしてもなかなか白星を掴むことができないまま、シーズン序盤は苦しい日々が続いた。

連敗時の苦しい心境を新井は吐露する。「負ける度に、『勝ちたい、勝ちたい』という気持ちが強くなっていって。それが逆に逃げ腰になってしまい、攻める試合をすることができなくなっていたんです」。

迎えた12月8日の第3節、1カードで行われる3試合で全敗すれば、2020年1月開催のコカ・コーラ eクライマックスシリーズ進出が厳しくなる、、後がない崖っぷちの状況だった。

試合は、中日の主将・菅原翔太と新井がともに敗北。3試合目の脇直希が敗れれば4位以下がほぼ決まる場面だったが、見事に勝利を挙げ、チームの連敗を7でストップ。新井にとっても「本当に嬉しかった」と、涙が溢れるほどの1勝だった。

「やはり僕は(セ・パ両リーグ合わせて)48人中最下位のレベル。そんな選手が守りに入っていたら、勝つことなんて絶対にできません。だから開き直って、試合を楽しもうと切り替えました。僕自身負けはしましたが、それがチームとしてもいい方向に向かったんだと思います」と新井の攻めの姿勢がチームを連敗脱出へと導いた。

「守り」から「攻め」へとスタイルを変え、さらに試合を楽しむ気持ちも持てた新井。この1勝によってチームの雰囲気も明るくなり、彼ら”本来の野球”の姿を取り戻すことに成功した。

プロになって感じる「周りの支えの大きさ」。胸に秘める感謝の気持ち




写真:「eBASEBALL プロリーグ」の風景/提供:©️Konami Digital Entertainment

勢いに乗り始めた中日は、新井は出場しなかったものの、12月15日の試合でチームは初の3連勝を収め、「コカ・コーラ eクライマックスシリーズ」進出への可能性を繋いだ。

「今回、僕は控えだったので、もう野球のベンチばりに全力で応援していました。だから僕が一番喜んでいたと思います(笑)」と顔をほころばせる。その後、7戦負けなしで全員で襷を繋ぎ、コカ・コーラ eクライマックスシリーズに進出を決めた。




写真:新井宇輝/撮影:佐藤主祥

卓球で得たものは、eスポーツにも生きている部分が多々あると語る。「eBASEBALLは、めちゃくちゃ分析する能力が必要な競技。団体戦でのオーダー決めのように、相手を分析した上での起用する選手の決定、順番の選択というのは卓球選手時代は当たり前のようにやっていたので、その考える力はかなり生きていると思います」。

eBASEBALLは、選手の調子を見極め、相手の特徴、配球も分析しながら起用する選手や打順を決めなくてはならない。それをオーダー発表から2日間で行う必要があるため、つねに分析的思考を巡らせる能力が求められる。

そういった厳しい世界の中で勝利し、結果を出し続けなければ、第一線から振り落とされてしまう。eBASEBALLは、ただのゲームではない。紛れもない一つのプロ競技なのだ。

卓球から離れてもなお、一流の選手が集う世界で戦えることに、新井は感謝の気持ちを忘れたことはない。

「eBASEBALLは報酬制なので、ある意味アルバイト。だから本来なら高校では認められないけど、先生方が何度も話し合ってくださって、僕のプロ活動を承諾してくれた。中学時代、愛工大名電に最後まで居させてくれた監督やコーチもそうですし、僕の人生は周りの方のサポート無くしては成り立たない。本当に、皆さんには感謝しかないんです」。

だがそれは、新井の人を想う心、その人柄に周りが惚れているからこそだ。卓球でも、eスポーツでも、つねにチームのことを考え、感謝の気持ちを忘れない。だからこそ、人は新井の周りに集まり、手を差し伸べてくれるのだろう。

卓球界とeスポーツ界の架け橋となるために。新井が掲げた「夢」への決意




写真:新井宇輝/撮影:佐藤主祥

高校3年生の新井は、次の進路は関西大学への進学が決まっている。その中で、新井は「ある決断」を下したと話す。

「はじめは経済学部に行こうとしていたんです。けど、なんか違うなって。だから急遽、人間健康学部に変更しました。ここなら、僕の経験を全部活かせると思ったんです。eスポーツ、eBASEBALLの研究の他にも、僕のように故障を抱えるアスリートが、引退せざるを得ない状況を防ぐために、研究して論文を出したい。卓球界だけじゃなく、スポーツ界全体のために、少しでも力になりたいんです」。

卓球選手として人生を全うする覚悟を決めていたアスリートが、わずか14歳にして、ラケットを置く決断をした。目標を見失い、大きな挫折を味わった。そんな想いを、もう誰にもして欲しくない。新井は、つねに周りのことを第一に考えてきたからこそ、大学でも人のために動く決心をした。それが、新井宇輝という人間なのだ。

それに加え、今後はさらにeBASEBALLの認知拡大にも尽力していく。

「この競技はまだできて間もない。プロ野球の人気が高いのは当たり前ですが、eBASEBALLもプロ野球と同じように楽しく、盛り上がれるスポーツです。だからこの競技をもっと知ってもらえるよう、eBASEBALL界を盛り上げたいと思います」。

選手時代に日本一も経験した“卓球人”が、今度はプロプレイヤーとして新たな夢を掲げ、第2の人生を歩み始めた。新井の活躍は、今後の卓球界とeスポーツ界の架け橋となるだろう。その瞬間を見届けるために、彼の人生のロードを、今後も追いかけ続けていきたい。

取材・文:佐藤主祥