本田圭佑がボタフォゴにやって来るかもしれない。ブラジルでそのニュースが流れると、ボタフォゴサポーターは大いに盛り上がっ…
本田圭佑がボタフォゴにやって来るかもしれない。ブラジルでそのニュースが流れると、ボタフォゴサポーターは大いに盛り上がった。
ボタフォゴはリオデジャネイロの4大チームのひとつだ(他はフラメンゴ、フルミネンセ、バスコ・ダ・ガマ)。1894年に創立された歴史あるチームで、ブラジルのサッカー史上三本の指に入る選手、ガリンシャがプレーしたチームでもある。そして何より、サポーターの数が多く、熱いことで知られている。
しかし、最近のボタフォゴの成績はパッとしない。2部リーグに降格しないための戦いを強いられている。昨シーズンもカンピオナート・ブラジレイロ(ブラジル全国選手権)で20チーム中15位。サポーターはチームを大きく変えるような出来事を望んでいた。

リオデジャネイロのショップに並ぶ本田圭佑のユニフォーム
本田加入の可能性が流れると、ボタフォゴサポーターはSNSを中心に一気に盛り上がった。ポルトガルや英語のみならず、日本語でも本田を歓迎する投稿が相次いだ。ボタフォゴの年間シートはこの5日間で3500増加。チームは本田の到着に合わせて特別なユニフォームを作ると発表した。すでに本田の背番号「4」のユニフォームは売り出されており、リオ中心部にあるボタフォゴのオフィシャルショップでは売り切れになっている。
おそらく本田にとって、ボタフォゴは一番行きたいチームではなかっただろう。ボタフォゴからオファーを受けたとされるこの1月24日には「自分はまだヨーロッパでプレーしたい」という趣旨の発言をしている。しかしこのサポーターの予想以上の盛り上がりが、最終的な決断に悩んでいた本田を動かしたのではないかと私は思う。
かつてボタフォゴではオランダ人のクラレンス・セードルフがプレーしていた(彼は本田のミラン時代の監督でもあった)。セードルフはブラジルサッカー史上最高の外国人選手と言われている。本田もボタフォゴが今シーズン参戦する3つの戦い--カンピオナート・カリオカ(リオ州選手権)、カンピオナート・ブラジレイロ、コパ・ド・ブラジル(ブラジル杯)において、非ブラジル人で一番有名な選手となるはずだ。かつてCSKAモスクワ、そしてミランでプレーしたキャリアは無視できない。
だがもちろん、ポジティブな反応だけではない。ブラジルのメディアはどちらかというと懐疑的だ。
「この元ミランの選手はどこから移籍してくるんだ?」「フィテッセでは何が起こった? なんでたった4試合でやめてしまったんだ?」……。本田が昨年、マンチェスター・ユナイテッドやミランにTwitterを通して逆オファーしたことも、笑い話のように伝えている。
また、カンボジアの代表監督のようなことを務め、オーストリアではクラブチームを経営していた本田の心は、100%自分のプレーには向かっていないと、ブラジルのサッカー関係者からは見られている。
いい意味でも悪い意味でも、本田が注目を集めているのは確かだ。彼の一挙手一投足は、祈るような数多くのサポーターと、あわよくば叩いてやろうというメディアの目を集めるだろう。一試合一試合が重要なものとなるはずで、これは大きなプレッシャーとなってのしかかるはずだ。
だが、このプレッシャーを本田は歓迎するのではないか。彼はそういった選手であるような気がする。彼は単なるチームの一員になりに来たわけではない。本田はチームを率いる存在になろうとしている。
中盤でゲームを作り、チームを指揮するにはそれなりの頭脳が必要だ。本田はそんな頭脳の持ち主なのか。その疑問に答えてくれたのが、かつて本田と一緒に仕事をしたことのある監督、ネルシーニョ・バティスタだ。
「本田とは、彼が学校を出てプロになりたての頃に名古屋グランパスで一緒に仕事をした」
ネルシーニョは語る。
「多くの強みと資質を持った少年だったことを覚えているよ。私はまず彼を試しに使い、その後すぐにレギュラーにした。信頼できるプレーヤーだということがわかったからだ。優れたプレーのビジョンを持ち、長短どちらのパスもすばらしく、優秀なプレースキッカーでもあった」
若いころから、どこか他とは違う選手だったとネルシーニョは言う。
「本田は数いる若手の中でも私の注意をひいた。彼は年上の選手に対しても決して卑屈にはならなかった。本田は彼らの目を見て対等に話をしたし、自分が正しいと思う時には絶対に引かなかった。ボールを持った時には、何をしていいか知っていて、アイデアにあふれていて、すぐにそれを行動に移すことができた。そしてなにより努力を惜しまなかった」
今回の移籍は、ボタフォゴ、本田双方にとってウィンウィンの取引だった気がする。
本田の年俸は高くない、サラリーベースは他のブラジル人選手と同じで、それ以外はゴールや勝利による出来高制だ。さらに本田は財政危機のチームに新たなスポンサーをもたらしてくれるかもしれないし、アジアでのマーケットも広がるだろう。もちろんサポーターも喜んでいる。ボタフォゴにとって得るものはあっても、失うものはない。
一方、本田は東京オリンピックに向けてアピールもできるし、このビッグチームをサッカー人生の花道にすることもできる。サッカー大国ブラジルとのパイプは、彼が行なっているビジネスにも役立つことだろう。
1980年代の終わり頃まで「お前は日本人のようにプレーする」というのはブラジルでは悪口のひとつだった。「サッカーを知らないヤツ」ということだ。しかし時は移り、多くの日本人が海外の重要なリーグでプレーするようになった。人々の考えは変わり、ついにカズ・ミウラから何十年かぶりで、日本人がブラジルのビッグクラブでプレーするようになる。
あとは本田がどんなプレーをボタフォゴで見せてくれるか、だ。本田が失敗すれば、また日本人への門戸が閉ざされる可能性もある。今後の彼のプレーには、多くのものがかかっている。