平石洋介インタビュー(後編)「期待よりも不安が大きい」と、平石洋介は淀みなく答えた。 今年からソフトバンクの一軍打撃…
平石洋介インタビュー(後編)
「期待よりも不安が大きい」と、平石洋介は淀みなく答えた。
今年からソフトバンクの一軍打撃兼野手総合コーチとして新たな指導者生活をスタートさせた平石が、胸の内を明かしてくれた。
「これはもう、正直な気持ちです。不安のほうが大きいですよ。楽天に15年もお世話になったっていうのもありますし。誰だってそうじゃないですかね? 新たな環境に足を踏み入れる時って、ものすごく勇気がいることじゃないですか。これは、ホークスだからとかじゃなくて、どこに行くことになっても同じことが言えると思うんですよね」

打撃指導をするソフトバンク・平石洋介打撃兼野手総合コーチ(写真左)
不安──思えば、昨年10月に楽天を退団した時から、平石の心の奥底には常にその感情が住み着いていた。
ソフトバンクからコーチ就任のオファーが来るまで、平石は本気で「一度、現場を離れて野球を見てみよう」と考えていた。
理由はいくつかあった。
まず、レギュラーシーズン終了後の10月に楽天がクライマックスシリーズ(CS)を戦っていたことで、すでにチーム編成に着手している他球団が触手を伸ばしづらいのではないかと考えていたこと。そして、平石自身が一軍監督としてシーズンを戦い抜いたことによって、心身ともに疲弊していたこともあった。平石が当時の胸中を述べる。
「表現は適切じゃないかもしれないですけど、疲れていたのは事実。そんな状況でほかの球団からオファーがあって、指導者として再スタートできたとしても『心のスイッチが入らないんじゃないか?』って……。
仮に1年間、現場を離れて、『また戻りたい』と僕が思ったところで声がかかるほど、プロ野球は甘い世界じゃないのもわかっています。声がかからなかったらかからなかったでしょうがないと割り切ったうえで、現場を離れようと考えていたんです」
現場を離れ、評論家として外から野球を見る。このプランは安易に選択していたわけではなかった。同志社大時代のチームメイトであり、現在、自身が所属するマネジメント会社の代表を務める澤井芳信から、楽天の退団を報告した際に提案を受けていた経緯があったからだ。
澤井が状況を説明する。
「9月に監督退任の報道が出た時から、平石もそうですけど、僕も覚悟していました。すぐに営業をかけたわけではないですけど、心の準備とすぐに動ける体制は整えていました。なので、実際に平石が球団を辞めると決めた段階で本人にその話ができましたし、すぐにアクションを起こすことができたんです」
平石をサポートすることは、澤井にとって責務のようなものだ。
2011年に平石が現役を引退する際に「お前は将来、絶対に監督になる男だ!」と、指導者としての前途を祝福した。そして、2013年にマネジメント会社を立ち上げてからは、澤井は本気ながらも、冗談めかしながら平石にラブコールを送り続けた。
「監督になったら、うちでマネジメントさせてもらうからな」
「なんやお前、俺が監督にならんかったらマネジメントしてくれへんのか?」
「そんなん言うてへんやん! 監督にならんでも、現場離れた時には俺にできることならなんぼでも手伝うって」
楽天の監督となった2019年、平石と澤井は大学を卒業して以来、17年ぶりに”チームメイト”となった。この強い結びつきがあるからこそ、平石が現場を離れるとなれば、澤井は「なんぼでも手伝う」わけである。
「興味あるな」
平石から前向きな回答をもらった澤井は、楽天のシーズン終了後に動いた。ソフトバンクと巨人の日本シリーズ中からスポーツ番組やインターネットサイトでの解説の仕事を入れるなど、まだ正式に野球評論家として再スタートすることを表明していない平石の露出が、瞬く間に増えていった。
じつは「ソフトバンクからコーチのオファーがあるかもしれない」と、先に情報を仕入れたのも澤井のほうだった。
「まだ正式な話じゃないみたいやけど、おそらくはオファーが来る。球団の意志で平石に『来てくれ』と言ってくれるんやったら、俺は行くべきやと思う」
澤井曰く、その報告をした際の平石は「ウソ……」と目を丸くして驚いていたという。
平石からすれば、楽天がCSに進んだことで「時期的にほかの球団からオファーはないだろう」と割り切っていた。それが、楽天時代から興味を抱き続けていたソフトバンクからコーチの要請が舞い降りたため、少しだけ現実を受け入れるのに時間がかかったのだ。
一軍監督経験者が他球団でコーチになるケースは珍しくない。しかし、監督退任翌年に、ライバルチームのコーチに就任するのは稀である。マスコミで報道された際にも「異例」という文言が踊ったくらいだ。
ただ、そういった前例は、平石にとってはまったく意味を成さない。「いちばんの決め手は興味があったから」。それに尽きると言わんばかりに、平石がソフトバンクからのコーチ就任要請を受諾した真意を明かす。
「毎年のように安定して結果を出しているチームを見てみたいというところですよね。ホークスは千賀(滉大)や(甲斐)拓也とか、育成から支配下に上がって活躍している選手が多いじゃないですか。一軍から三軍まであって、周りは『育成がすごい』って言いますし、あれだけの大所帯をどうやってまとめ上げているのか……っていうのは、実際に中に入って見ないとわからないんでね。そういう意味も含めて、ずっと興味がありました」
この10年でリーグ優勝5回、日本一は現在の3連覇を含め6回。プロ野球屈指の「常勝軍団」の強さを、平石は楽天時代からまざまざと見せつけられていた。代表的な要素のひとつに、試合前の全体練習でのウォーミングアップがある。
選手たちの隊列が整い、大きく張りのある声も揃っている。そして、一つひとつの動きにキレがあり、無駄もない。楽天の監督時代から、チームに「戦う集団たれ」と、試合前のウォーミングアップやシートノックから集中するようにと滾々と説いてきた男は、それまでの楽天になかったものをソフトバンクに見ていたのである。
平石の言葉に熱がこもる。
「前の日に勝っていようが負けていようが、誰の目から見ても選手たちに疲れが溜まっている時期ってあるじゃないですか。それでも変わらないのがホークスなんです。プロ野球選手って、自主トレとかで自分が契約しているトレーナーがつくったメニューを一生懸命にやるんです。じゃあ、なんで球団のトレーニングコーチがつくった全体メニューを適当にやる選手が多いんだろうって。
それって、『プロとして絶対におかしいやろ!』と。だって、球団の人間のほうが責任重大じゃないですか。全員を見ているわけだから。『選手にいい準備をして試合に臨んでもらいたい』『絶対にケガをさせないように』って考えてくれているわけだから、本当ならしっかりやるべきなんです。だから僕は、楽天でそこを言い続けてきたわけです」
平石がコーチに就任し、宮崎での秋季キャンプに合流したのは昨年の11月11日だった。
最初に驚かされたのは、トレーナーやトレーニングコーチ、用具係など裏方の数だった。「ヤバ! めっちゃ多いな……早く覚えな」と。一軍から三軍まであるとはいえ、あまりの大所帯に平石は面食らった。それと同時に、この人数がチーム力にも比例しているのだろうと、第一印象から感じることもできた。
本音を言えば、自身が参加したわずか10日間でチームの骨格が見えたかと問われれば、「ほとんど見えなかった」と平石は話す。それでも大きな収穫はあった。チームの理念、強者のメンタリティを感じられたことだ。
球団幹部やチームの首脳陣は、3年連続で日本一になった事実以上に、2年連続でリーグ優勝を逃した現実を、誰もが口にしていたのだという。平石は指導者として、あらためて背筋を伸ばした。
「とにかく『リーグ優勝しての日本一にならないとダメだ!』ってチームの想いが、ひしひしと伝わってきましたからね。それを理解したうえで『何連覇もしたい』って意欲が消えないのがホークスなんです」
自分にできることをしっかりやろう──平石は、そう固く誓ったのである。
ソフトバンクのコーチ就任にあたって、会見で「まずは選手を知る。コミュニケーションを図っていきたい」と話した。
それは、「指導者・平石」の身上である。楽天時代は相手の機微も見逃さない鋭い観察眼と熱のこもった対話で、青山浩二や藤田一也、銀次ら主力選手たちから、「チームの勝利はもちろんだけど、平石監督のためにも貢献したい」と言わしめるほど、厚い信頼関係を築いてきた。
そのモチベーターたる所以を探れば、選手時代から15年も見続けたチームというものあるだろう。だからこそ、より平石の持ち味が活かされたと言えなくもない。
ソフトバンクでは、選手と一からコミュニケーションを図り、信頼関係を築いていかなければならない。そのことを平石に向けると、「たしかにね」と頷きながらも、新たな選手と対話を重ねることでの可能性を、すでに見出していた。
「それがマイナスだとは思いませんね。長く見続けたことでいい面もあれば、新しい場所だからこそ新鮮に見える面もある。他球団の人間としてホークスの選手のプレーは映像で見たりはしていましたけど、『どういう取り組みをしているのか?』『どうやって体を使っているんだろう?』とかは、実際に見たり、話さないとわからないじゃないですか。
そういうコミュニケーションのなかで相手の性格もだんだんわかってくるだろうし。人から聞いた印象を真に受けて、その選手と接するようなことだけは絶対にしたくないんです。だから、コミュニケーションはどんどん取っていきたいですね」
まだ不安を払拭し切れていないだろう。それでも平石は、楽天時代から選手に言い続けてきた「勇気を持って戦う」姿勢を、指導以前のコミュニケーションの段階から強く打ち出そうとしている。
ソフトバンクの強さの根源に数多く触れられる一方で、「もっと改革が必要なんじゃないか」と感じる部分もきっと出てくるだろう。プラスとマイナス。そのすべてを掛け合わせても、平石は「ホークスに来たことは絶対に無駄にはならないし、しませんよ」と、力強く決意を表明する。
「今はホークスのため、選手のために何ができるのか。そのことだけを考えて、いろんなことにトライしていきたい。その気持ちしかありませんね」
東北の犬鷲が、福岡の鷹へと変貌を遂げ、新たな戦いに身を投じた。
ホークスのために──そう誓った平石が、古巣の楽天と初めて対峙するのは3月27日の福岡での試合だ。仙台での初対戦は4月21日となる。
「どんな感じになるのか、自分でも楽しみですね。とくに仙台での試合は」
そう笑みを浮かべながら平石は語った。しかしその眼は、鷹のごとく鋭く光っていた。