2000年生まれの女子卓球「黄金世代」のライバル2人と遜色ない、底知れぬ才能が開花した。 全日本卓球女子シングルスで、伊藤美誠、石川佳純の東京五輪シングルス内定組を破り、早田ひなが初の栄冠を手にした。試合後、伊藤が「実力は出せたと思ってい…

 2000年生まれの女子卓球「黄金世代」のライバル2人と遜色ない、底知れぬ才能が開花した。

 全日本卓球女子シングルスで、伊藤美誠、石川佳純の東京五輪シングルス内定組を破り、早田ひなが初の栄冠を手にした。試合後、伊藤が「実力は出せたと思っているので、実力負けだと思う。早田選手が上回っていたということ」とコメントを残せば、石川は「ずっと向こうのペースだった」と新女王を称えた。大会を通して好調をキープしていた伊藤、石川を真っ向からねじ伏せたことも、優勝の価値をさらに高めたと言えるだろう。




伊藤、石川を破って全日本シングルスを制した早田

 早田は同世代の伊藤、平野美宇も手にした全日本シングルスのタイトルを、10代の最後に獲得した。早田の好調時のパフォーマンスは、中国選手すら凌駕するインパクトを残すが、焦りからのミスも多くどこか詰めが甘い--。素質は誰もが認めるところだが、ライバルであり、親友でもある伊藤や平野ほどの成績を残してきたわけではない。”未完の大器”と呼ばれることもあったが、出色の内容で女子卓球の頂きに登りつめた。

「これまで苦しいことだったり、頑張っても、頑張っても結果が出ないことがすごく多くて。それでも常にたくさんの人が、『ひなちゃんがんばれ』って応援してくれたので、結果として恩返しできてよかったと思います」

 大会後の早田の何気ない言葉が、彼女の進化の過程を物語っているようで強く印象に残った。

 昨年6月に筆者は、早田が4歳の頃から在籍する福岡県の石田卓球クラブを訪ねた。幼少期から慣れ親しんだ卓球場でのインタビューは、早田の1年間を振り返るものだった。当初の予定時間をオーバーしても真摯に質問に答えてくれた早田は、そこでこんなことを話していた。

「私の性格的に、責任感が強く出る団体戦は合っているんですけど、最後は自分との戦いになるシングルスで”燃えきれない”のが課題なんです……」

 早田にとって東京五輪の選考イヤーだった昨年は、決して満足のいく1年ではなかったはずだ。世界選手権の選考会ではあと1点が取れず、五輪選考に関わるほかの大会でも、あと1勝、あと1歩が届かないという結果が続いた。ライバルたちは何よりもツアーの結果を最優先に、過酷なスケジュールを戦い抜いていく。そんな選考レースの最中に漏れた早田の言葉は、アスリートとして、また勝負師としては”優しすぎる”性格を象徴しているように思えた。

 一方で早田は、世界選手権の選考に漏れたあとのTリーグファイナルでMVPに輝き、東京五輪メンバー発表後の今回の全日本でもシングルスで優勝。大きな挫折のあとにスイッチが入り、好パフォーマンスを披露している。優勝後の「頑張っても、頑張っても結果が出なかった」というコメントからも、自身と向き合うことで変化を求め、苦しい時間を過ごし成長につなげた早田の苦悩が感じ取れた。

「試合の中で迷ってしまうところがあり、悩みながらプレーしすぎることがある」
「大事な局面でも振り抜くのではなく、入れにいってしまうことが多々あり、それを後悔することがありました」

 昨年の取材時に、本人がそう話した課題は、今大会では一切見られなかった。選考ポイント6番手で代表選考に漏れ、自分を追い込み集中して練習に臨めたという早田のプレーは、これまでとは見違えるほどだった。プレー中の迷いが消え、そこに判断力も伴ったことが優勝につながったのだろう。完全に吹っ切れた早田は、これほどの選手になるのかと驚かされた。

 大会を通して進化が見えたのは、昨年から強化に取り組んだというサーブとレシーブだ。サーブに関しては、ロングサーブを随所で見せる度胸もさることながら、ゲーム毎にパターンを変えるなどバリエーションの豊富さも目立った。

 さらに、「自分のサーブからの3球目と5球目。レシーブからの2球目と4球目の攻撃を意識的に変えていった。結果として、そこからの展開や駆け引き、広がりが変わりました」と本人が話すように、サーブとレシーブを起点に攻撃につなげる組み立てを意識し、得点を重ねた。

 また、持ち味である両サイドからの強打に頼りすぎない冷静な試合運びも、これまでにはあまり見られなかった部分だ。準決勝の伊藤戦では、これまでの早田であれば100%の力で打ちにいき、アウトになっていたような場面でも、冷静にコースに打ち分けてラリーを制する場面が多々あった。伊藤にとって早田はダブルス世界一も経験したペアのパートナーだが、この日の早田のラリーに伊藤は対応しきれなかった。

 もちろん、最大の強みである強打と、長いリーチを活かした持ち前のアグレッシブなスタイルも健在。「サウスポー対決」となった石川との決勝でも、バックハンド同士の打ち合いでは早田がほぼポイントを奪っていた。両ハンドからの強打は石川にチャンスボールを与えず、ラリーでも後陣で耐え抜いて強烈なドライブで攻めに出た。台を離れた位置からでも、驚異的な身体能力で攻撃に転じる早田の卓球は、世界でも類似する選手が浮かびにくい。多くの日本人選手と同じように、早田もなかなか石川の壁を破れなかったが、決勝ではその石川を圧倒してみせた。

 長年コーチを勤める石田大輔氏は、早田のスタイルに関してこんなことを話していた。

「攻めの姿勢を崩さないというのが、ひなのスタイル。攻めることはリスクもありますが、中国選手に勝つにはかわすのではなく、攻めきらないと勝てない。攻めきるというのは難しくて、試行錯誤した時期もありました。ただ、小さい頃から中国に勝つということを目標にやってきたので、ひなの強みである攻めの卓球で上を目指してほしい」

 もちろん、今回のようなプレーをシングルスの試合で継続できるか、という課題は残っているだろう。しかし攻撃卓球のスタイルを貫きながらも冷静さを保ち、全日本のタイトルを獲得したことで自信を深めた早田には、さらなる進化が期待できる。

「平野選手が優勝して、伊藤選手が優勝して、そこに私も続きたい気持ちはやっぱりあった。なので、準決勝で伊藤選手、決勝で石川選手に勝って優勝することができたのはすごく自信になりました」

 悩み抜いた1年を経て大きな成長を遂げた、”遅れてきたヒロイン”。早田の存在は、今後の黄金世代の争いをより激化させるだろう。彼女たちが高いレベルで競いあうことで、打倒・中国という目標は現実味を帯びてくるはずだ。