その時点で、試合はほぼ決していた。だが、その試合でおそらく最大の見せ場は、最後の最後にやってきた。

 時計は残り数秒--。ジェフ・ギブス(宇都宮ブレックス)はフロントコートのサイドライン際を走る折茂武彦(レバンガ北海道)の姿を認め、すかさず長いパスを送った。

 ボールを受け取った折茂は、時計に目をやりながらドリブルをふたつ、3つ突いてトップ・オブ・ザ・キー付近まで来ると、体勢が十全に整わないなかでスリーポイントシュートを放った。



自身最後のオールスターでMVPに選出された折茂武彦

 ボールがリングに吸い込まれることはなかった。同時にブザーが鳴り、折茂のB.BLACKがB.WHITEを123-117で破って、北海道開催のBリーグオールスターは幕を閉じた。

 ここのところ、レギュラーシーズンでは出ても5分程度、出場しないこともままあった。日本のバスケットボール史上最高のスコアラーで30年近いキャリアがあっても、試合勘のなさが、決まってもおかしくないショットを決めさせてくれなかった。

「最後、ちょっと見ちゃったんですよ、秒数を」

 折茂は試合後、そう話した。

「持ってなかったですね」

 今季でユニフォームを脱ぐ49歳は、照れたような笑顔でそう言葉を紡いだ。

 実業団のトヨタ自動車(現・アルバルク東京)時代から現在所属するレバンガ北海道まで、15年間、同じチームで苦楽をともにしてきた桜井良太の目には、そうは映らなかった。

 ファン投票で選出されてB.BLACKチームの先発メンバーとして出場した折茂は、周囲の多大な期待のなかで試合開始直後、いきなり柔らかなジャンプショットを沈め、コートに計17分43秒立ち、14得点を挙げた。得意のスリーポイントは10本の試投で2本しか決められなかったが、ファンは”レジェンド”が華麗なショットを打つ姿を見られただけでも幸福感を覚えたはずだ。

 同じB.BLACKのライアン・ロシター(宇都宮)がトリプルダブル(30得点・17リバウンド・10アシスト)と活躍したが、SNSによるファン投票によるMVP決定方式では、地元のヒーローが賞をもらわないはずはなかった。4選手を対象とした投票で、折茂は79パーセントもの支持を得た。

 そんな折茂を、桜井は「やっぱり持っている人」と表現した。

 今季でトップリーグ在籍、27シーズン目。Bリーグ以前は、JBL(日本バスケットボールリーグ)やNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)でプレーしてきた折茂は、過去のオールスターゲームで実に8度もMVPを手中にしている。今回はさらにひとつ、トロフィーを加えた。「持っている」のだ。

 2018年末に北海道でのオールスター開催が発表され、2019-2020年シーズン前に折茂は「現役最後のシーズンになる」と表明した。今回のイベントが「折茂のオールスター」になるのは必然だったが、本当にそうなった。

 ただ日本バスケットボール界に名を残す優れた選手だったから、というだけではない。

 2007年、トヨタという大企業のチームを離れて縁のない北海道へとやってきて、財政危機からチームの存続が危ぶまれたあとも選手兼社長という形で苦労を重ながら支えてきた姿を、ファンはみんな知っている。そんな折茂には、いつしか人を惹き付ける”磁力”が生まれていた。

 今回のオールスター、折茂以外で気持ちを高ぶらせていた選手のひとりが、竹内公輔(宇都宮)だ。クラブでチームメイトになったことはないが、2006年に日本で開催された世界選手権(現ワールドカップ)など、日本代表では折茂にずいぶんと「かわいがって」もらっていたようだ。

 試合中、タイムアウト明けで折茂と竹内は、何か話し合っているように見えた。てっきり、プレー再開後にどうするかを話し合っていたのかと思いきや、どうやらそうではなかった。

「ほんと、しょうもないことです」

 笑いながら、竹内はそう話した。

「折茂さんに対して素の自分を出せるのは、僕と(双子の弟の)譲次と良太くらいしかいなかったので。下(若手)は気を遣っちゃうから」

 そのコート上での会話の内容は失念してしまっていたが、ベンチでは普段以上に気持ちの入ったプレーをする折茂に対して、「リバウンドとかディフェンスとかがんばって、あんなの見たことないですよ。めっちゃがんばってますやん」と、いじっていたそうだ。

 折茂の最後のオールスターで、「何としても勝ちたい気持ちがあった」という竹内。終わってみれば「今年のオールスターが一番、楽しかったです」と、安堵と充実感の混じったような表情でそう語った。

 オールスターゲーム前のスキルズチャレンジに参加したベテランPG(ポイントガード)の五十嵐圭(新潟アルビレックスBB)にとっても、折茂は世界選手権時の日本代表でともに日の丸を背負った同志であり、年齢的にも「ずっと背中を追い続けてきた先輩」だった。

 五十嵐も39歳と、”大”が付くベテラン選手。10歳上の折茂が去ると、今度は自身が最年長の部類となる。

 折茂が今季限りでいなくなることについて、「少し寂しい」と五十嵐。社長を兼務する折茂とは立ち位置は違うものの、「自分自身も折茂さんの年齢までとは言わないですけど、今度は自分もそういう立場になれれば」と話した。

 MVPを獲得し、大団円で最後となるオールスターを終えた折茂。実質、自身の球宴となったことについて、ファンや関係者に何度も感謝の意を口にしたが、感傷的に見えた場面はほとんど見受けられなかった。

 メディアは得てして現金なものだから、引退のなかば花道となる折茂のオールスター出場を、あるいは感傷的なテイストで伝えようとしていたところもあったかもしれない。しかし折茂の口調に、重苦しさは一切なかった。

「いやあ、なんですかね。そんなに感じるものはないですね」

 最後のオールスターを終えて、これからリーグ戦の後半戦に入り、引退の日が近づいていくことについて問われると、淡々とそう答えた。

「たぶんね、バスケットを辞めたことがないから、わからない。だから、辞めないとわからないものだと思います。辞めた時に、その答えが見つかるものだろうと思います」

 事前から「自分ひとりのためのオールスターではない」と強調していた折茂は、富樫勇樹(千葉ジェッツふなばし)や田渡凌(横浜ビー・コルセアーズ)といった、息子ほども年齢の離れた選手のいる「現在バリバリの選手たち」とのイベントを楽しんだ。

 ただ最後、MVPを受賞して挨拶をした折茂は、自身は今季限りコートを去るが、これからも若い選手たちの活躍するBリーグへの変わらない応援をファンに懇願するスピーチをした。

 Bリーグが始まって4年。人気は年々上がり、日本代表の強化も着実に進んでいる。以前はリーグの理事も務め、引退後もレバンガの社長業は続けると思われる折茂は、しかし、「全然盤石じゃない。まだ始まったばかり」と、日本のバスケットボール界とBリーグの今後を憂う。

 オールスターゲームの前日、折茂はBリーグの社会貢献プログラムである「B. HOPE」の活動で、ほかの出場選手らとともに札幌市内の特別支援学校での活動に参加し、知的障害のある少年少女らと交流した。その際も、こういった活動なくしては「プロではない」と言った。

 自身が実業団時代に経験している「ただバスケットボールだけをしていればいい」のでは、競技とクラブの発展はないと明言する。北海道に来て以来、選手の域を出たスポーツシンボルとなった折茂らしい発言だった。

 ただ、今回の北海道のオールスターはやはり、「折茂のオールスター」だった。1981年にNBAのドラフトにかかった岡山恭崇氏も、「ミスターバスケットボール」佐古賢一氏も、そのほか歴代のスター選手たちも、引退時にこれだけの脚光を浴びていない。そう考えれば、折茂はやはり幸福な選手だ。

 今日、今すぐ引退をするわけではないが、今回のオールスターは折茂武彦という選手の特別な存在感をあらためて感じさせるそれだった。