グランドスラムに楽な相手、簡単な試合など存在しないが、それにしても初戦で当たるには嫌な選手だったと言えるだろう。 マリエ・ブズコワ(チェコ)はこの1年間でトップ10選手を3人破り、ランキングを60以上も駆け上がった21歳。豊作の世代のフロ…

 グランドスラムに楽な相手、簡単な試合など存在しないが、それにしても初戦で当たるには嫌な選手だったと言えるだろう。

 マリエ・ブズコワ(チェコ)はこの1年間でトップ10選手を3人破り、ランキングを60以上も駆け上がった21歳。豊作の世代のフロントランナーだった2014年全米オープン・ジュニア優勝者は、先をゆく同世代に追いつこうと、高いモチベーションで今シーズンを迎えていた。



試合中に笑みをこぼす余裕もあった大坂なおみ

 そのような状況を、大坂なおみは「とても難しかった」と認める。

「彼女とは初対戦だし、初戦はいつだって他の試合とは異なる緊張感に襲われるから」

 それに……と彼女は続ける。

「最近では、ほとんどの選手は私と対戦する時、いつもと違うプレーをするの。大概は普段より、攻撃的なプレーをしてくる。

 だから大切なのは、試合のなかで常に対処法を見つけていくこと。事前にインターネットや動画で見た相手のプレーは、あまり参考にならないから」

 自分に対しては、相手は違うプレーをしてくる--。

 これらはセリーナ・ウィリアムズ(アメリカ)やマリア・シャラポワ(ロシア)ら、歴代女王が口にしてきた言葉でもある。

 誰からも標的にされるという「追われる者の宿命」を背負いながら、ディフェンディング・チャンピオンは大会のオープニングマッチとなるセンターコートに立っていた。

 実際にブズコワは、大坂が覚悟していたとおり、失う者のない強みで世界3位に向かっていた。オフシーズンに高地トレーニングで鍛えたというフィジカルにも、かなりの自信があったのだろう。左右に振られても大坂の強打に食らいつき、第4ゲームではブレークポイントも手にした。

 ただ、互いを左右に振り合う激しい打ち合いを続けるなかで、むしろ大坂の硬さはほぐれ、エンジンに火が入った感がある。

 2度のデュースのあとに連続ウイナーでこのゲームをキープすると、続くゲームも立ち上がりからフォアで3連続ウイナーを叩きこむ。食い下がる相手を突き放してこのゲームをブレークすると、「オオサカ」コールに笑みを返す余裕も見せ、連続ブレークで第1セットを奪い去った。

 前年優勝者に第1セットをあっさり奪われたブズコワだが、闘志が減退する気配はない。第2セットも打つごとに声を上げ、ポイントを取るたびにガッツポ-ズで己を鼓舞する。

 対する大坂は、風が強まるなか、ややタイミングが取りにくかったか、第6ゲームではフォアの打球を大きくふかしてブレークを許した。

 この場面で大坂は、「相手はまだ、試合をあきらめていない。2セットで試合を終わらせなければ」と自分に言い聞かせる。

 はたして集中力を高め、リターンで攻めて即座にブレークバックすると、そこからは4ゲーム連取の電車道。終わってみれば6-2、6-4、試合時間1時間20分で危なげなく勝利を手にした。

 試合中に笑みもこぼした訳を、そして終始冷静だった理由を、彼女は「不思議な感じではあるけれど、とてもハッピーで、『タイトルを守らなくては』と感じてはいない」と明かす。

 同時にそれは、矛盾するようだが「初戦では完璧なプレーはできない」「どの試合も難しいものになる」という、ある種の諦観に根ざす境地でもあるようだ。

 大切なのは「試合を重ねるごとにレベルを上げ、心地よくプレーできるようになること」。そして、そのような思考法こそが、彼女が世界1位や前年優勝者という地位に身を置いたこの1年間で学んだ「最大の教訓」だという。

 なお、2回戦で対戦するのは、試合巧者の鄭賽賽(ジェン・サイサイ)。「トリッキーな選手」と警戒するその相手には、「安定したプレーで試合を支配し、フラストレーションがたまるような瞬間があっても、いかにポジティブな精神状態を保てるか」がカギだと分析した。

 ディフェンディング・チャンピオンとして挑むグランドスラムを、彼女は登山にたとえ、「初めての時は、それがどれくらい険しい道のりか、わからない。でも、一度辿った道は、その厳しさもわかっている」と言った。

 初戦では緊張すること、対戦相手が攻撃的に向かってくること--。

 それらを踏まえ、パーフェクトでない自分を受け入れたうえでのストレート勝利は、パーフェクトなスタートだと言える。