第2のスケート人生を歩み始めた髙橋大輔(写真は昨年のメダリストオンアイス) 1月10日に初日を迎えたアイスショー、「アイス エクスプロージョン2020」の初回公演後だった。「エク、エスプレ……エクスプロージョン! めっちゃ言いにくくて。自分…



第2のスケート人生を歩み始めた髙橋大輔(写真は昨年のメダリストオンアイス)

 1月10日に初日を迎えたアイスショー、「アイス エクスプロージョン2020」の初回公演後だった。

「エク、エスプレ……エクスプロージョン! めっちゃ言いにくくて。自分で考えたんですけどね」

 髙橋大輔(33歳)は髪をくしゃっと撫でると、おどけるように言った。その人柄のおかげで、ほのぼのとした空気になる。公演で、すべての力を一度使い切ったのだろう。他にも言い回しが出てこず、困った顔で目じりを下げた。隣で会見したバイオリニストの宮本笑里に助けられ、「頭が働かないです!」と面映ゆい笑顔を作った。

 しかし演技そのものは、スケーターとしての気迫に満ちたものだった。

「リハーサルから美しさや輝きに圧倒されていましたが。髙橋さんは、ものすごく目力があって。アイコンタクトした瞬間、ぐっと引き寄せられるものがありました」

 共演した宮本が、感嘆するほどのパフォーマンスだった。

 2020年も、スケーターとしての髙橋は光彩を放っていた。

 2020年から、髙橋は村元哉中と組んでアイスダンサーとしてスタートを切ることになった。

 シングルスケーターとしては、2019年12月の全日本選手権で幕を閉じた。日本人男子スケーターとして、初の五輪メダリスト、世界選手権王者になっている。膝のケガは過酷な運命だったが、それも乗り越えた。そして4年ぶりの復帰で、全日本では2位になった。その競技人生は、伝説的な記録と記憶に満ちたのものだ。

 そして髙橋はアイスダンサーとして、もうひとつの世界を開拓する人生を選んでいる。

「初めて(村元とカップルを)組んでのスタートで。なるべく早く、カップルになれるように。まだまだバラバラなところがあるので、少しでもマッチするように頑張ります」

 そう語った髙橋は、この日のアイスショーで村元とアイスダンスを滑っている。ただ、本人が「どうなるか、まだ想像もできない」と話すように、新たな世界に入る扉のノブに手をかけたところだろう。本格的なトレーニングは、アメリカで2月からだ。

「(アイスダンスは)課題しかないです」

 髙橋は小さく息を洩らした。

「たぶん、まだアイスダンスに慣れていないです。シングルの癖も抜けきっていない。ユニゾンも全然合っていないし。ダンスの足さばきもできていません。足のラインだったり……。色々これからですね。これからアメリカのコーチのアドバイスを聞いたり、もちろん哉中ちゃんもアイスダンスでは先輩なので。できる範囲で、精いっぱいやっていきたいです」

 一からのスタートだ。

「今までひとりでやってきたので。自分の思いだけでなく、ふたりでやっていく、という気持ちの面でまず違う。まずは、そこから変えていく必要があると思います。誰かと気持ちをすり合わせる……。日々を一緒に過ごして物事を進めた経験もほとんどないので。メンタルのところからですね。そのうえで、テクニックや表現を。まずはお互いをよく知ることが、最初の段階になるかなと」

 髙橋は律儀に説明した。

「(ショーでは世界的アイスダンサーとの共演で)めちゃくちゃアドバイスはもらえました! チャーリー(・ホワイト)、メリル(・デイビス)からはテクニックのこと、腕の組み方や力の伝え方、ベン(・アゴスト)からはしゃがんでやるところのコツとか、細かいところをたくさん教えてもらって」

 髙橋は、楽しそうに言った。アイスダンスに真剣に向き合うことで、新天地を作り出すだろう。彼はいつだって、全力だ。

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 昨年のインタビューでそんな質問を投げた時、髙橋は真剣に考えこんでから、こう答えていた。

「いや、うーん……、たぶん、それはまだ見えていないですね。たぶん、失速して終わっていくんでしょうけど(笑)。もう、これでお金をもらえない、と思ったら、やめるかな。この演技じゃ、お金をもらえない、価値がない、そう思ったら、やめます。スケートを」

 アイスショーのアリーナは超満員で、大勢の立ち見も出ていた。髙橋はそれに応えるため、昼夜なく調整を続けてきたと言う。一切、手を抜くことができない。それ故、彼が作るものは競技であれ、ショーであれ、本物なのだ。

「僕は、(アイスダンスに関しては)まだ周りが見えていないので。焦りから、スピードをつけすぎてしまうこともあります。(アイスショー開演)前日にも、ほかのカップルとぶつかりそうになったり、気を付けないと」

 髙橋は、好奇心と不安と希望がないまぜになった表情で言った。冒険家のような境地だろうか。慎重さはあっても、暗さはない。

 アイスダンサーとしての一歩目を、髙橋は真っ直ぐに踏み出した。