魂がふるえる。木漏れ日のごとく、柔らかい冬の陽射しが降り注ぐ中、創部101年目、優勝した時にしか歌えない早稲田大学の第二部歌「荒ぶる」が新たな国立競技場の大屋根に響き渡った。11年ぶりの大学日本一。50歳の相良南海夫監督は大声で歌った。「…

 魂がふるえる。木漏れ日のごとく、柔らかい冬の陽射しが降り注ぐ中、創部101年目、優勝した時にしか歌えない早稲田大学の第二部歌「荒ぶる」が新たな国立競技場の大屋根に響き渡った。11年ぶりの大学日本一。50歳の相良南海夫監督は大声で歌った。



「荒ぶる」を歌う早稲田大学の相良監督と選手たち

「最高の気分でしたね」

 相良監督は大学2年時の89年度に優勝を経験したが、4年時の主将の年には決勝にすら進めなかった。それが、次男の1年生FL(フランカー)昌彦を擁しての王座奪回。

「自分は卒業するときに歌えなかったんで…。まあ、感無量というか、本当にいいものだなと思いました」

 11日、ラグビーの全国大学選手権決勝。新国立ということもあってか、伝統の一戦に5万7千345人が詰めかけた。40日前の早明戦では大敗(7−36)していた早大が、FW(フォワード)、バックスがワンチームとなって、45−35で宿敵明治大学に雪辱を果たした。
 
「勝ちポジ」。40日間、早大の選手が練習で意識してきたことだ。勝てるポジション、強いポジション、つまりはストロングポジションである。タックルでもアタックでも、挑みかかる気概を体現する姿勢か。

 優勝の瞬間、左手を突き上げたSH(スクラムハーフ)齋藤直人主将は泣いていた。「ほっとしました」。その主将が説明する。

「タックルに入る前の姿勢の部分などを、自分たちは”勝ちポジ”と呼んでいるんですけど、ディフェンスでも、アタックでも、(12月1日の)早明戦以降の練習の最初から最後まで意識してきました。今日の試合、80分間とは言わないですけど、前半の40分はできたのかなと思います」

 早大にとっては、最高のゲームの入りだった。明大の左右の展開を厳しいディフェンスで止め、相手のミスを誘った。前に出る鋭いタックルで明大をパニック状態に陥れた。前回の早明戦との一番の違いは、接点の部分だった。前回は毎回、明大の選手にゲインラインの裏に出られた。でも、この日は逆にコンタクトして一歩、前に出た。つまりは当たり勝った。

 今季、春先から重視してきたディフェンスに勢いがつく。明大に重圧をかける。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)でも優位にたった。前回の早明戦は故障欠場し、準決勝から復帰していた大型CTB(センター)の中野将伍が攻めの基点となった。タックルでも体を張った。「勝ちポジ」と言った。

「棒立ちではなく、しっかり、いつでもスタートポジションをとって前に出られるような体勢でセットし続ける。自分たちのディフェンスを、面を崩さずにできました」

 前半12分、ラインアウトから左へ展開し、ラックから右へ回した。CTB中野が相手をひきつけ、外のナンバー8丸尾祟真にパス。快足を飛ばし、丸尾が右隅に飛び込んだ。中野が「いい感じでボールをもらえて、つなげられました」と笑えば、丸尾は「立ち上がりのいい流れは予想外でした」と明かし、続けた。

「まあ、いいディフェンスができていたから、流れがきたのかなと思います。”勝ちポジ”って、すぐに立ち上がるのは大前提で、きつい場面でもヨコとつながり続けることが大事なんです」

 加えて、前回の早明戦との違いはFWの健闘だろう。前回はFW戦で圧倒され、SHの齋藤主将に試合後、「あまりアタックした覚えがない」と嘆かせた。だが、この日は、FWがラインアウトを制圧し、前半34分にはラインアウトからのモールを押し込み、バックス4人も加わり、エンジと黒のジャージの塊がインゴールになだれ込んだ。

 明大のお株を奪うパワー攻撃だった。前半の4トライのうち、3本はラインアウトからの展開だった。スクラムにしても、前回の早明戦から修正され、フロントロー3人の結束が強まっていた。今回はスクラムの強い左PR(プロップ)久保優が先発したこともあろうが、精度も高まっていた。
 
 時折、明大に押されながらも、マイボールを失うほど、崩されはしなかった。後半序盤には、相手ボールのスクラムを逆に押し込んでターンオーバー(ボール奪回)まで奪った。FWが効果的なボールを出せば、才能あふれるバックスが威力を発揮する。SH齋藤とSO(スタンドオフ)岸岡智樹のハーフ団のリードも冴えた。
 
 勝負のポイントでいえば、後半34分、明大の3連続トライで追い上げられたあとのWTB(ウイング)桑山淳生のトライが大きかった。PRが交代した直後の早大ボールのスクラム。ナンバー8丸尾が「エイタン(8単)」、つまりダイレクトフッキングから右サイドに素早く持ち出し、大幅ゲインして、外の桑山にパスした。
 
 丸尾は「僕の判断でした」と胸を張った。「試合の流れが悪かったので…。ダイレクトを使ってなかったので、うまくいけば、いけるなと思った。すぐにパスする予定だったんですが、前が空いていたので走りました」
 
 もうひとつ、前回の早明戦との違いをいえば、1年生の相良の存在だろう。父と同じFLの次男は攻守に活躍し、相良監督に「いいプレーヤーですね」と言わせた。
 
 親子で優勝ですが、と振られれば、実直な相良は「すごくうれしいです」と漏らした。

「試合前に”親子で初の優勝なるか”という記事を読んで、できたらいいなと思っていました。これで父も喜んでくれるんじゃないかな、って。大学1年目で優勝できたので、そこは父を超えられたかなと思います」

 でも、と苦笑しながら言葉を足した。

「トライをしたときに右手の指(人差し指)を上げちゃって、父からガラ悪いなって言われました」

 1918年創部。荒ぶるを歌えた年も、歌えなかった年も、レギュラーになった選手も、なれなかった控え選手も、学生は大学日本一を目指して一緒に日々、鍛錬してきた。そうやって伝統が築かれ、最多16度目の優勝を飾った。全国各地からラグビーを愛するいろんな学生が集い、優れたコーチ陣がキメ細かい指導を続けた結果である。

 今季は部員127人。その中には、ほぼ耳の聞こえないFLの岸野楓(かえで)もいた。1年から試合に出場した齊藤、岸岡、中野と同じ4年生。”アカクロ”のジャージを着ることはできなかったが、他の部員と等しく、練習に打ち込んできた。周りも特別扱いしなかった。それが本人を人間として成長させた。

 夜の都内のホテルでの祝勝会。携帯で岸野と筆談した。「どんな気分ですか?」と書くと、難聴FLは顔をくしゃくしゃにしながら一気に文字を打った。

「生まれた時から耳が聞こえなくて、その中で、小さい時から見ていた強い早稲田と荒ぶるを歌っている姿に憧れて入部して、4年間、個人的に大変な道のりでしたが、いまこうして、荒ぶるを掴むことができました。感慨深いです」

 今季のチームスローガンが『For One』だった。何事にも勝つこと、一番になること、そのためには一人ひとりが考え、全力を出すという意味が込められていた。いろんな人の地道な努力が実った、まさにワンチームの”荒ぶる”である。