トライアスロン(パラトライアスロン)は2016年のリオパラリンピックから正式競技となった比較的新しい競技。下肢に障がいがあり車いすを使用する「PTWCクラス」、切断やまひなど肢体不自由の立位の選手が出場する「PTSクラス」、視覚障がいの選手…

トライアスロン(パラトライアスロン)は2016年のリオパラリンピックから正式競技となった比較的新しい競技。下肢に障がいがあり車いすを使用する「PTWCクラス」、切断やまひなど肢体不自由の立位の選手が出場する「PTSクラス」、視覚障がいの選手による「PTVIクラス」に大きく分かれており、異なる障がいの選手が一緒に競技をすることが特徴のひとつだ。PTWCクラスの選手はハンドサイクルや車いすレーサーを使用し、PTSクラスでは義足やクラッチ(杖)を使用する選手も。PTVIクラスでは2人乗りタンデム自転車を使用するなど、機材も異なる。

PTVIクラスの選手はバイクパートではタンデム自転車を使用する
サポートする側も一緒に作っていく競技

もう1つの特徴は、選手のサポート役として、多くの健常者が共に競技を作っているところ。例えば、視覚障がいのPTVIクラスでは、晴眼の「ガイド」が一緒に競技を行う。ランではお互いにロープを持って走り、バイク(自転車)ではタンデム自転車で走行。それもガイドは途中で交代することはなく、すべてのパートを選手と一緒にこなすので、高い競技力や判断力が求められる。オリンピックのメダリストが、パラリンピックでガイドを務めることもあるほどだ。日本トライアスロン連合(JTU)でも選手だけでなくガイドの育成にも力を入れており、公式Webサイトでも公募が行われている。

PTVIクラスのスイムでは、ガイドが横を泳いでサポート

スイム、バイク、ランの3種目で競われるトライアスロンだが、種目間のトランジションと呼ばれる過程も重要な意味を持つ。ウェットスーツを脱いだり、靴を履いたりと次の種目の準備をするのだが、その間のタイムも競技時間に加算され「第4の種目」と呼ばれる重要なパートだ。そのトランジションをサポートするのが「ハンドラー」。車いすを使用する選手など、比較的障がいの重い選手のウェットスーツの着脱やハンドサイクル、車いすレーサーへの乗り移りなどをサポートする。障がいのある選手と支える人が一緒になって1分1秒を争う競技であるところもパラトライアスロンの特色だ。

ウェットスーツの着脱や機材の乗り換えなどを補助するハンドラー(写真はリオパラリンピック)
競技をサポートする「SEA」にも注目

「ガイド」や「ハンドラー」は選手の側が用意するサポート役だが、競技の主催者が用意するサポート要員も重要な役割を果たす。「スイムイグジットアシスタント(SEA)」と呼ばれる人たちは、スイムの競技区間を終了した選手を水から引き上げ、トランジションエリアへの移動をサポートする。ここでの時間も競技時間に加算されるため、タイムにも影響する大切な役割だ。8月にお台場で開催された東京2020大会トライアスロン競技のテストイベントで、SEAを務める予定だったのが、世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会で5年に渡って活躍している「Team S.E.A. Japan」。当日は残念ながらスイムが中止となってしまったため、活躍の場はなかったが、東京2020パラリンピック本番でもSEAを務める見込みだ。

リオ2016パラリンピックでSEAと一緒に海から上がる日本の秦由加子選手

異なる障がいの選手が参加するパラトライアスロンでは、それぞれの選手に合わせたサポートをする必要がある。例えば、視覚障がいのPTVIの選手は手を引いて、PTSクラスの選手は肩を貸すようにしてトランジションエリアへ誘導。両足に障がいのあるPTWCクラスの選手のトランジションは、2人で抱え上げるようにサポートする。パラトライアスロンでは一目でその選手の障がいがわかるようにキャップで色分けがされているが、SEAは泳ぎ終えた選手のキャップを見分けてサポートする。適切な判断力や経験が問われるが、当初はすべてが手探りの状態だったという。

「Team S.E.A Japan」代表でJTU第1種公認審判員の資格も持つ陣川氏

2014年からSEAを始めた陣川学士氏は「サポートの必要がない上肢障がいの選手を抱え上げようとしてしまったり、不慣れな部分もありました」と当時を振り返る。選手のほうも慣れていない部分があり、どこまでサポートしてもらえばいいのか戸惑ってしまうこともあったようだ。「そこで、まず”安全第一”という点を確認し、そのためには我々がリラックスしてサポートする必要があると考えました。そして、リラックスするためには笑顔でサポートしようと、チームで話し合いました」と陣川氏。翌年以降は笑顔でサポートするシーンが見られるようになったという。

さらに、SEAのための練習会もスタート。当初は会議室などで行われていたが、途中からは実際にプールを使って練習を重ねるようになっていった。また、2018年からは理学療法士なども練習会に招き、より安全にサポートするためのスキルを磨くように。「人を抱え上げるということは、我々も腰を痛めるなどのリスクもあります。そこで専門家の人にも意見を伺い、スキルを高めていきました」(陣川氏)。

スリングを選手のお尻の下に入れ、両脇を抱え上げる。3人目が足を持つという形が陣川氏らが研究を重ねた安定して抱え上げるための手法

その甲斐もあって8月のテストイベントの際には海外選手から「君たち横浜のときのメンバーだよね? それなら安心だ」との言葉をかけられるほど、陣川氏のチームは信頼を集めている。2016年からはアジア選手権にも派遣されているほか、SEAのスキルをまとめたマニュアルを作るなど、人材の育成にも余念がない。選手を交えた練習会なども開催しているという。

SEAとして活動してきた5年間を振り返り、陣川氏は「私1人の力ではなく、チームとしてやってきたことの成果」と語る。東京パラリンピック本番も「通過点」と認識しているとし、今後は増えていくパラトライアスロンの大会に対応するため「SEAの経験者を増やすことが必要。興味を持ってくれる人がいたら、ぜひ一緒にできれば」と締めくくった。

自然体でパラを支えてきたトライアスロンならではの歴史
パラトライアスロンミーティングで閉会の挨拶をするJTUの大塚眞一郎専務理事

JTUの大塚眞一郎専務理事が「パラトライアスロンは競技が生まれたときから障がい者と健常者が一緒に競技をしてきた。トライアスロンに取り組む競技者が、自然体でパラトライアスロンを支える姿があった」と話すように、パラトライアスロンとトライアスロンは同じ組織でどちらの大会もオーガナイズされてきた。トライアスリートも、パラトライアスリートも。そして、競技者だけではなく、関わる人たちも笑顔で楽しむ。東京パラリンピックでもそんな姿を目にすることができそうだ。

※本記事は、2019年12月7日、東京で行われた「JTUパラトライアスロンミーティング」から構成しました。

2019年12月に行われたJTUパラトライアスロンミーティング

text by TEAM A

photo by Yoshio Kato,X-1