東海大・駅伝戦記 第77回 箱根駅伝往路が終わり、両角速監督の表情は落ち着いていた。5区終了時点でトップ青学大との差は3分22秒。逆転可能なタイム差を70秒に設定していたが、それは復路に強い青学大以外ならなんとかなるという考えだった。だが、…

東海大・駅伝戦記 第77回

 箱根駅伝往路が終わり、両角速監督の表情は落ち着いていた。5区終了時点でトップ青学大との差は3分22秒。逆転可能なタイム差を70秒に設定していたが、それは復路に強い青学大以外ならなんとかなるという考えだった。だが、青学大とこれだけの差が開くと、”優勝”というミッションは相当厳しくなった。

 それでも「何が起こるかわからない」と、少しばかり自信のある表情を見せたのは、ブレーキになる選手が出る可能性はゼロではなく、往路において何人もの選手が爆発的な走りを見せていたからだ。つまり、東海大にも爆発的な走りをする選手が1〜2人出てくれば、逆転優勝の可能性はあると踏んでいたのだ。



7区・松崎咲人(写真左)から襷を受ける8区の小松陽平

「まず仕切り直しの6区が重要になる」

 両角監督はその6区に、爆発力を秘めた主将の館澤亨次(4年)を当日変更で起用した。そして、その狙いは的中した。

 両角監督は「58分30秒ぐらい」というタイムを想定していたが、館澤は序盤からすばらしい走りを見せた。最初の芦ノ湯ポイントで45秒詰め、その後は下りで落ち着いたが、最終的に59秒縮め、2分21秒差で7区の松崎咲人(1年)に襷を渡した。館澤は57分17秒という驚異的なタイムで区間新を出し、逆転優勝の機運を高めた。

 7区の松崎も、序盤は国学院大の木付琳(きつき・りん/2年)とデッドヒートを繰り広げたが、12キロ過ぎからペースを上げ、2位に浮上。「1分30秒以内で小松(陽平/4年)に渡せば逆転できるぞ」という両角監督の声が飛ぶなか、松崎は2分1秒差まで縮め、昨年のMVP男・小松につないだ。

 6、7区の2区間でタイム差を1分21秒縮め、「いい流れができていた」と両角監督の思惑どおりの展開になった。そして8区で小松が1分程度詰めれば、9区、10区で勝負できる計算が立つ。大きな期待を背に、小松が飛び出していった。

 この時、小松は後半勝負を考えていた。

「感覚的には、最初は7割ぐらいでいって、岩見(秀哉/青学大3年)くんとの差が縮まっていればいいなって思っていたんですけど、逆に離されてしまって……」

 遊行寺の坂(15.6キロ地点)が勝負と考えて、余力を残して入っていったが、最初の茅ヶ崎ポイント(6.7キロ地点)で青学大とのタイム差は、2分1秒から2分10秒に広がった。

 両角監督や沿道のファンからも「離されているぞ」と声がかかった。小松はその声を聞き、「マズいと思って、焦りが出て、冷静さを欠いてしまった」という。

 その後、ペースを上げて懸命に前を追ったが、昨年はスイスイと上がれた遊行寺の坂も今年はきつく感じた。それでも「青学の3年生には負けられない」と、2年連続区間賞の走りを見せた。

 ただ、タイムは1秒しか詰められなかった。小松はすばらしい走りを見せたが、青学大の岩見もそれに匹敵する好走だった。8区は両角監督が最も期待し、タイム差を縮める最大のチャンス区間だと想定していたが、岩見が好走したことでその芽は摘まれた。昨年は8区で逆転劇を演じた東海大だったが、今回はその8区で青学大に強さを見せつけられた。

 9区では松尾淳之介(4年)が懸命に追ったが、青学大・神林勇太(3年)が区間賞の走りを見せ、3分42秒と大差をつけられた。ここで勝敗は決した。

 分厚い選手層を誇り、優勝候補筆頭だった東海大はなぜ連覇を逸したのか。

 振り返っても、東海大は全区間を通して走りが悪かったわけではない。大きなミスも大崩れもなかったが、もったいなかったのは往路終了時のタイム差だ。青学大相手に3分22秒差は、やはり相当なハンデになった。レース後、両角監督は「決定的な差を往路でつけられたのが敗因。復路で悪あがきできたけど、それでも追いつけなかった」と語った。

 とはいえ、選手はそれぞれの仕事をまっとうした。たとえば、3区の西川雄一朗(4年)は「もっと攻めていれば……」とレース後に悔し涙を見せたが、昨年と同じ3区を走ったタイムよりも41秒も縮めている。

 高校駅伝、ニューイヤー駅伝と、軒並み記録ラッシュが続いた流れで、今回の箱根駅伝も各区間のタイムが上がることは予想されていた。だが、戦前の予想をはるかに超える区間新ラッシュとなり、東海大でその流れに乗れたのは館澤だけだった。

「うちは爆発力が足りなかった」と両角監督は語ったが、たとえば青学大の4区を走った吉田祐也(4年)が前年に東洋大の相澤晃(現4年)がつくった区間記録を破ったように、往路で東海大にひとりでもそういう選手が出ていれば、レース展開はまったく違ったものになっていただろう。

 青学大に対して、両角監督は「力負け」と語った。

「青学大はある区間で突出したいい走りをしていたし、区間賞を逃しても、それに近いタイムとか、平均していいタイムで走っていた」

 たしかに、優勝した青学大は全体のレベルが非常に高かった。青学大の区間順位は、1区:7位、2区:5位、3区:4位、4区:1位、5区:2位、6区:3位、7区:4位、8区:2位、9区:1位、10区:5位だった。このうち区間賞は4区と9区のみだが、両角監督が言うように平均していい走りを見せ、昨年4区で失った首位の座を、今年はその4区で奪い、最後まで明け渡すことはなかった。昨年の反省を生かして、区間配置にも綿密な戦略が練られていた。

 一方の東海大は、1区:4位、2区:7位、3区:6位、4区:2位、5区:7位、6区:1位、7区:3位、8区:1位、9区:8位、10区:3位だった。復路は6区と8区で区間賞を獲るなど、ほぼ完璧なレース展開を見せた。

 往路は4位だったが、1区の鬼塚翔太(4年)から4区の名取燎太(3年)まで、昨年優勝した時のタイムを4人ともクリアし、ほぼ設定したタイム内の走りを見せた。このように、各選手がそれぞれの役割を果たし、安定したレースを見せたが、高速駅伝に引っ張られ、戦いを乱された。

 青学大の原晋(すすむ)監督が「覚悟を見せる」と語ったように、捨て身で挑んできたのに対して、東海大は「ミスなくつなごう」が合言葉だった。どちらがいい悪いとかではなく、今回に限って言えば、王者・東海大が青学大の勢いに対して、受け身になってしまったところがあったのかもしれない。

 さらに、体調不良で区間7位に沈んだ5区・西田壮志(3年)や、黄金世代の主力である阪口竜平や關颯人(ともに4年)のコンディションが上がらずに起用できなかった不運もあった。

 それでもあきらめずに逆転の可能性を信じ続け、復路優勝を果たして青学大の完全優勝を阻んだ走りは、次につながるに違いない。

 来年の箱根駅伝に向けて、新しいチームづくりは急務になる。駅伝の高速化は昨年の初優勝の時から見えていたが、今回は青学大が大会新記録となる10時間45分23秒というタイムで総合優勝し、超高速化の波は避けられなくなっている。両角監督もその現実をしっかり見据えてチームづくりをしていくと語る。

「高速化の流れは駅伝に限らず、マラソンでもエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)が2時間を切るとか世界的な流れになっていて、これからますます拍車がかかってくる。そこから学んで、駅伝に落とし込んでいく必要があります」

 また東海大に関しては、今回の箱根で6区間を黄金世代と呼ばれる4年生が担ったように、主力が一気に抜ける。今回の箱根を走った塩澤稀夕、名取、西田の3年生が新チームの主軸になるが、新戦力の台頭などチームの底上げは欠かせない。

「黄金世代が卒業しますが、彼らが今の3年生を引き上げてくれた。その3年生を軸にチームをつくっていく。4年生の陰に隠れてチャンスのなかった選手もいたので、そういう選手たちの台頭に期待したいですね。やっぱり負けたことは悔しいので、すぐに取り組まないといけないこともあるし、少し休んでリセットして作戦を練りたい」

 チームは7日の夕方から新体制でスタートするという。勝ち続けることは難しい。だが、負けを知ることで強くなることもできる。今年の青学大はまさにそうだった。

 来年、東海大は”チャレンジャー”として箱根に戻ってくる。黄金世代は抜けるが、新たな強いチームをつくって王者・青学大に挑む覚悟だ。